出会い

第1話 

 「純平っ」


 声と共に近づいてくる元気な足音。


(やれやれ。相変わらず元気なヤツだ)


 俺は読みかけの本を閉じる。


「何、読んでたんだ?」

「今度のレポートの本だよ。月曜4限の」

「レポート?出てたっけ?」

「お前……一緒に授業出てただろうが。聞いてなかったのか?」

「出てたっけ?おぼえてないなぁ……」

「提出、来週だぞ?」

「来週……って、えっ?!後3日しかないじゃんっ!何もやってないよ、おれっ!どうしよう……」


 オロオロと、本当に困り切った顔。


「ほんとに抜けてるなぁ、公一は。ほれ。これ、貸してやるよ」


 本を渡した途端、パッと顔が輝く。


「え?いいのっ?!サンキューっ!」


(まったく、全然成長がねーなぁ、こいつは)


 溜息と共に、受験の時の、鉛筆事件が脳裏に思い浮かぶ。


 **********


 リラックスのために本を読んでいると、後ろから、コツコツとせわしなく鉛筆で机をつつく音がする。そして、それに混じって、時折溜め息。


(うるさいヤツだな、まったく)


 無視して本を読み続けていると、今度はガシャンと、筆入れごと床に落ちる音。


(何やってんだ、まったく……)


 床を見れば、そのうちの数本が俺の足元にまで転がってきている。

 落とした本人はといえば、方々に散らばった鉛筆を拾い集めていて、俺の足元の鉛筆には気づいてないらしい。


(しょーがねぇな)


 腕を伸ばして鉛筆を拾い上げ、ようやく席に戻ってきた本人に渡す。


「これも、君のだろ?」

「あっ、そうです。どうもすいません」


 すっかり恐縮したそいつは、何故だか顔が強ばっている。見れば手も微かに震えている。


(……緊張してんのか、こいつ?)


「……あ、どうしよう……」


 恐縮顔が、いつの間にか泣き出しそうな顔になっていた。


「どうしたんだ?」


 そいつの心細そうな態度がどうにも放っておけなくて、思わず声をかける。


「芯が、折れちゃったんです……」


 視線の先の鉛筆は、落としたショックで1本をのぞいて全て芯が無くなっていた。


「鉛筆削り、持ってこなかった……」


 この世の終わり、とでも言い出しそうなそいつの前に、俺は自分の鉛筆を2本差し出した。


「……え?」

「使えよ。俺はまだ持ってるから」


 目の前の沈みきった顔が、パッと輝く。


「あ……ありがとうございますっ!」

「君、もう少し落ち着いた方がいいよ。そんなに緊張しないで」

「そ、そうですね。でも……」

「ちなみにその鉛筆、ちゃんと合格祈願してあるからさ。少しは御利益あると思うぞ」


 そいつはしげしげと俺の鉛筆を眺める。


「ここまできたら、もう、どうしようもないだろ?だから、あとは運を天に任せて……」


 ドアが開き、試験官が問題を手に入ってくる。


「落ち着いて、自分の力を出し切れるように。お互い頑張ろうな」


(なにやってんだよ、俺は。人のことなんて構ってる場合じゃないのに)


 そう思いながらもやっぱり俺はそいつのことが気になって、


「はい!」


 その力強い返事を聞き、ようやく前を向いた。


(落ち着いて頑張れよ……って、俺もか)


 **********


(もう、あれから3年も経つのに)


「なぁ、これ、読んで……何書けばいいんだ?」

「公一、お前なぁ」

「純平はもう、どうせ書き終わってんだろ?ちょっと見せてよ」

「今、持ってねぇよ」

「じゃ、家行くからさ。いいだろっ?」


(……成長するどころかひどくなってるかも。ちょっと甘やかしすぎたかな……)


 結局いつも通り、俺は公一を連れて家に帰る事になった。

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