第18話「水族館ダブルデート?③」

 いろんな展示施設を見て回った。

 深海魚のコーナーだったり、アシカやアザラシのコーナーだったり。

 マンボウだけのコーナーは少しシュールだった。


「マンボウって、すごく平べったいんだね。あと意外とデカい」

「野生のマンボウは日光浴もするみたいですよ。海上に寝そべって、表面の寄生虫をカモメに食べてもらったり、日光で殺菌するらしいです」

「へえ。じゃあ、水族館のマンボウってどうやってるんだろう」

「それは……どうにかしてるんじゃないですか?」


 なんだその適当な返しは。

 なんだか締まりのないうんちく話だった。

 でも実際、水族館の魚たちがどういう管理をされて生きているか、ちゃんと考えたことはない。


 ……管理、か。

 そのワードを連想しただけで、水族館の魚たちと少しシンパシーを感じてしまった。

 狭い水槽の中で管理される魚たち。

 母さんからの支配に縛られる僕。

 これを共通項と言い張るのは……さすがに無理があるか。


 散々歩いたのでさすがにお腹が空いた。

 僕の気持に共感するように、ぐうう、と誰かから腹の虫が鳴る。

 こういうことをする奴は誰かなんて、わかりきっている。


「腹減ったな。どっかで飯にするか」


 須藤は恥ずかしがる様子もなく、ポンと一発お腹を叩いた。

 そういうふてぶてしさは僕も見習いたいものだ。


 僕たちは施設内のファミレスへと訪れた。

 やはり夏休みということもあり、家族連れでいっぱいだった。

 あーん、と母親が幼い子供に食べさせる様子をチラリと目にした片桐さんは、どこか羨ましそうだった。


「私もあーん、してあげましょうか?」

「もうそんな歳じゃないから」

「歳なんて関係ないよ。ゆーくん、あーんしてあげる」

「いや、俺も遠慮しておこうかな。人目が多いし……」


 意外と須藤は理性があった。

 腹が減っているから、食事に集中したいだけかもしれない。

 まあ、窓際の席になったことも関係しているだろう。


 ファミレスだから、子供ウケするようなメニューが多かった。

 ラインナップが豊富で、子供ならメニュー表を見ているだけでワクワクするだろう。


「何食べる? 僕はざるそばにするけど」

「私はスパゲティがいいですね。あ、ミートパスタも美味しそうかも」

「アタシも迷うなあ。でもダイエット中だし、海鮮サラダでいいよ」

「俺……そうだな。カツカレー大盛にするか。腹も減ったし」


 みんなバラバラだ。

 統一感がまるでない。

 が、僕含めみんなそんなことに興味なんて抱かなかった。

 各々食べたいものを食べる。

 それだけの話だ。


 家族で訪れたとき、食べたのはオムライスだったっけ。

 確か卵が甘すぎて口に合わなかったのをなんとなく覚えている。

 久しぶりに訪れたから再チャレンジしようかとも考えたのだが、金銭的な余裕がなかったため取りやめた。


 4人の中で一番最初に運ばれてきたのが藤堂さんの海鮮サラダだ。

 青野菜にエビやマグロなどを使った色鮮やかなサラダである。


 そして次にやってきたのが僕のざるそば。

 言うまでもなく、普通のざるそばだ。


 そして片桐さんのスパゲティ、須藤のカツカレーが同時にやってきた。

 匂いだけでも食欲をそそられる。

 僕もカレーにしようか、と少し後悔したけれど、ざるそばが美味しいから別にいい。


 目の前でスパゲティを頬張る片桐さんは、幸せそのものの顔だった。

 僕にはそんな笑顔を振りまくことなんてできそうにない。

 そんなことを考えてしまっただけで、そばを食べるスピードが少し落ちてしまった。


「どうした? 食べないのか?」

「いや、ごめん。考え事してて」

「なんだよ。悩みならいつでも俺たちに相談していいんだぜ?」

「重たくなりそうだからいいよ。みんな楽しんでるんだし」


 この雰囲気の中、僕が「幸せがどう」とか「愛がどう」とか切り出してみたら、確実に空気が重たくなる。

 そんな雰囲気をぶち壊すような真似なんてしたくなかった。

 それに、すぐ答えが見つかるようなものでもない。

 気にしすぎる僕の悪癖が招いたものだ。


 考えすぎないようにしよう。

 そう思いながら僕はそばを啜る。


「カレー、美味しそうだね」

「なんだよ、やらねえぞ」

「いらないよ、君の食べかけなんて」

「なら私のスパゲティをあげましょう」


 僕と須藤の会話に、唐突に片桐さんが入ってきた。

 彼女はフォークにスパゲティを絡め、僕に差し出している。

 まだ「あーん」に拘っているのだろうか。


「だからいらないって」

「その通りです。これは私のものです。だからあげません」

「だったらどうして僕に尋ねたんだ」


 頭が痛くなりそうだ。

 しかし藤堂さんには僕と片桐さんのやり取りがツボだったらしく、発作のような引き笑いを起こしていた。


「2人とも、なんか夫婦漫才みたい。2人でM-1出なよ」

「断じて断る」


 これ以上僕にストレスをかけさせないでくれ。

 それに、僕たちは夫婦でも何でもない。

 息ぴったり、と言う感じでもないだろう。

 やり取りだけで夫婦漫才だと判断するのはやめてほしいものだ。


 相変わらず片桐さんは美味しそうにスパゲティを食べる。

 天然なのだろうか?

 いや、あれも全部打算だと思う。

 そうやって少し抜けている部分を出して、完璧じゃない人間を作り出しているのかもしれない。

 また考えすぎかもしれないけれど、そんな気がした。

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