第11話「友人と許嫁①」

 次の日も僕は炎天下の中、自転車を漕いで図書館に向かった。

 昨日よりも暑さが増している気がする。

 少し外に出ただけで汗が吹き出してしまう。


 昨日より少し早い時間に図書館に着いた。

 とは言ってもせいぜい5分ほど早くなっただけで、やっぱり片桐さんは入口の前で僕を待っていた。


「遅いですよ。女の子を待たせるなんてダメじゃないですか」

「君が早すぎるんだよ。何分に来たの?」

「9時半ですが?」

「うん、やっぱり早すぎる」


 どっと溜息をついて、僕は片桐さんの隣に立つ。

 今日の彼女は黒一色だ。

 黒いミニスカートに、全体的にフリルが付いた黒いシャツ。

 いわゆる地雷系、と言うやつなのかもしれない。

 僕はあまり好みの部類ではないけれど、そういうファッションが好きな男性も一定数いるだろう。

 ……ひょっとして。


「まさか、朝帰りなんてこと」

「そんなわけないでしょう? これから誰かと会うのに、そんな失礼なことしないですよ」

「夏休みに僕と初めて会ったときは朝帰りだったけどね」

「あれは……忘れてください」


 忘れられるわけないだろ、あんな出来事。

 まあ真夜中え出くわすよりはマシなのかな、なんて思ってしまう。


 開館時間になり、僕たちは図書館に入る。

 クーラーが効いていて気持ちいい。

 汗でシャツがべったり濡れてしまったから、寒く感じるけれど。


 昨日とお同じように、僕たちはテーブルで向かい合い、勉強会を始める。

 昨日と違うところをもう一つ挙げるとするならば、片桐さんが眼鏡をかけている、というところだ。


「眼鏡、かけるんだ」

「そういう気分です」

「気分でかけるものなの?」

「裸眼でも十分見えますから。それにこれ、伊達眼鏡ですし」


 肩透かしを食らった気分だ。

 ああ、そう、という返事しかできない。

 もう片桐さんのファッションには気にしないことにした。

 そもそも、地雷系の眼鏡というのが少しツボだ。


「……地雷系の眼鏡ってなんだよ」

「新しい開拓です」


 心に思っていたことがどうやら言葉として漏れ出してしまったみたいだ。

 しかし片桐さんはなぜか誇らしげにふふん、と胸を張る。

 全身を黒で固めているから、身体の凹凸がいつも以上にはっきりと出ていた。


「早く勉強しよう」

「あなたにそれを言われるのは心外です」


 少し口を尖らせて、また彼女はペンを走らせる。

 僕も社会科の課題を黙々と説き進めた。

 数学ほどではないけれど、一人でもなんとかなる。


 勉強会を始めて大体30分が経過した頃だろうか。

 僕が何気なしに壁時計を確認したタイミングで、彼はやってきた。


「お、珍しい組み合わせだな」


 聞きなじみのある声だった。

 声のする方に目線をやると、ニヤニヤとした様子で僕たちを眺める須藤雄介すどうゆうすけが、彼女である藤堂祈里とうどういのりを引き連れてやってきた。

 彼とは中学の頃からの付き合いで、多分僕が「友達」と胸を張って言える数少ない人物だ。

 顔つきもよくて、スポーツ万能。勉強は普通だが、持ち前の明るさと社交性で片桐さんと同様クラスのカースト上位に君臨している。

 一時期片桐さんと付き合っているのでは、と言う噂が流れたが、本命である藤堂さんの存在が明らかになってからはその噂も一気に鎮火された。


 しかし学校では真っ黒だった髪が、明るい金髪になっていたから驚いた。

 確かうちの校則は髪染めは禁止されていたはずだ。


「何やってんだよお前ら」

「勉強会ですよ。よかったらどうですか?」


 僕の代わりに片桐さんが答える。

 へえ、と含みのある相槌を打った須藤は、僕の方をチラリと一瞥した。


「お前にもついに春が来たか……」

「そういうんじゃない。これは……成り行きだ」

「どういう成り行きか、アタシ、知りたいなー」


 須藤と同じような顔を藤堂さんも見せた。

 やはりこの彼氏にしてこの彼女あり、と言う感じだ。


 片桐さんほどではないけれど、藤堂さんもクラスでは人気がある。

 明るくて運動神経に長けていて、スポーツの分野だけに限れば片桐さんよりも能力は上だろう。

 おまけに顔がいい。


 そんな須藤と藤堂さんは許嫁の関係にあるらしい。

 2人とも地元では名の知れた名家の出身で、幼少期の頃からそう言われていたそうだ。

 僕がそれを知ったのは中学2年の頃で、最初は「政治のために利用されるなんてかわいそうに」なんて思っていたけれど、どうやら2人はただの許嫁と言う関係ではなく、本物の恋人として成立しているらしい。


 やっぱりお似合いだよ、と皮肉めいた言葉を内に秘め、僕は藤堂さんを無視しながら課題に取り掛かる。

 答えたくなかった、というのあるけれど、答えられるものでもない。


 無視しないでよ、と口を尖らせながら、藤堂さんは片桐さんの隣に座った。

 僕の隣には須藤が座り、なぜか4人で勉強会を始めることになった。


「どうしてこうなったんだ」

「いいじゃねえか。こういうのは人数が多い方が楽しいもんだぜ」

「そうそう。それにアタシたちだけじゃ不安だもん。片桐さんがいてくれると助かるなー」

「お役に立てるなら、なんだってやりますよ」


 ふん、と片桐さんは両腕を曲げ、ふん、とマッスルポーズをする。

 その仕草が可愛らしく見えたけれど、単純に利用されているだけなのでは、と少し心配に思った。

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