第19話

「動き出したみたいね」

 『加護を授かりし者たち』が動き出し、『SSS』の面々がそれを追いかけていくことを確認した里莉は、隠れていた場所からこっそりと外にでる。

「それじゃあ、霧がすごいけど、予定通り、準備お願いね」

「おう」

 大介は短く返事をし、霧に紛れ行動を開始した。里莉もそれに続くように動き出す。

 十分程すると、里莉が元いた場所に戻ってきた。そしてさらに五分後、大介も戻ってきた。

「言われた通りに準備をしてきたぞ」

「ありがと。結構早かったね」

「まあな。別に俺じゃなくてもそんなに時間はかからなかったと思うぞ。それとは別に問題が」

「もしかして怪物?」

 大介の言いたいことを察した里莉。大介はそれにうなずき、

「そうだ。まだ壁の中には来てないが、その内やってくると思う。もう五分もすれば入ってくるだろう」

「結構な人数がここに集まってるから、やって来るのも時間の問題かなとは思ってたから、想定内ではあるかな。それで、『SSS』とか『加護を授かりし者たち』の他のメンバーがやって来てるとかは分かる?」

 大介は首を横に振り、

「いや、今の時点ではそんな近くには来てないな」

「分かったわ。また動きがあったら教えて。とりあえず、作戦の第一段階といきましょうか」


 壁の穴の近く。

 107番、311番、312番、313番、314番は霧の中なんとか合流していた。

「よし、とりあえず壁の穴付近で逃げ出す奴がいないか気を付けるように。ただし、309番の武器が奪われている上に、何かスタンガンのような武器も携えているはずだから注意するように」

 合流したことを伝えた25番からそのように指示を受ける。

「俺たちが来る前に誰かが通ってきてないな?」

 107番が元々壁の近くで待機していた313番と314番に聞く。

「はい。25番さんの言う通り、穴の中に罠を仕掛けていて、まだ誰もかかっていません」

「そうか。よし、じゃあ二手に別れるか。ただし、霧で姿が確認しにくいため、味方同士で撃ち合わないようにだけ注意するぞ」

「あれ?何か音が……」

 と107番が311番から314番に指示を出していると、312番がある音に気づく。重たい何かが走ってくるような地響きがだんだんと近づいてきた。

「怪物だな。やって来るのは時間の問題だと思っていたけど、今のタイミングで来たのか。……とりあえず、二人以上で固まらずにばらけるぞ」

 107番は他のメンバーに指示を出し、トランシーバーにて25番にも怪物が近づいてきたことを伝える。それを25番は怪物との戦闘は出来るだけ避け、逃げ出したメンバーの確保だけ専念するように伝える。

 その時。どこからか大音量のアラームが聞こえてきた。

「な、なんの音だ?」

 107番たちは急に聞こえてきた音に動揺する。しかし、そのアラーム音につられるように、怪物の近づいてくる音が早まったことを感じた107番は、近くの身を隠せる場所にまで駆け出した。

 その直後、パン、と罠が発動する音が聞こえたかと思うと、何か巨体が壁の穴を通過してきた音が107番のいる所にも聞こえてきた。

 壁の中に入ってきた怪物は、大型トラックほどの大きさがあり、四足歩行で移動していた。足の先には馬のような巨大な蹄を持ち、頭は爬虫類を思わせるような目をしていた。黒い毛を持つ馬のような胴体には不格好なニワトリのような翼がついていた。もちろん、霧のせいで107番がいる場所からその怪物を視認することは出来ないが、何か巨大な怪物がそこを通っているのは感じ取れた。

 その怪物は壁の穴の近くにいる『SSS』の面々には目もくれず、大音量のアラーム音のする方へと駆けていった。それを感じた107番は25番に、

「怪物が一体、壁の中に入ってきました。そして音のする方へと向かって行きました」

 と手短に報告する。


 何か大きな怪物が壁の中に入り、遠ざかっていくのを聞いた311番は、再び壁の穴の近くまで来ていた。怪物がやって来たせいで壊れてしまった罠を再び仕掛ける。

 罠を仕掛け終えた311番は周りに注意しながら、ゆっくりと歩いていく。依然としてアラーム音が聞こえている。そんななか、誰かが歩いてくるような音が聞こえてきた。

「誰だ?」

 311番は音のする方へ銃を向け、声をかける。しかし、何も返事はなかった。

「止まれ。止まらないと撃つぞ」

 そう声をかけるが、砂利を踏んでこちらに近付いてくる音は止まらない。

 そして足音の主が311番にも見える場所までやって来た。

「は?」

 それを見上げて311番は気の抜けたような声を出す。茶色い巨大な昆虫のような見た目をした怪物が311番を見下ろしていた。

 高さ三メートルほどの大きさで、甲虫のような胴体から足が十本生えており、頭の部分にはにょろりと長い首と、カマキリのような頭が生えていた。さらに首元からはするどい鎌のような腕が二本生えており、その腕が311番に狙いを定めて振り下ろされた。


 D棟から出た『加護を授かりし者たち』の七人は二手に分かれており、冬華、真里、邦弘の三人は、ネットカフェのあったビルの近くまで来ていた。そしてこの三人にも大音量のアラームが聞こえてきた。

「ねえ、なにこの音?」

 という真里の問いに答えられる人間はいなかった。

「場所的に……大学の方からかな」

 あらかじめ準備していたが、霧のせいで方向がつかみにくく、ここに来るまでも少し時間がかかってしまっていた。

「で、どうする?」

「少しイレギュラーなことは起こってますが、このまま作戦通りに行きましょう。真里さんと邦弘さんは大学の方へと戻り、まずはD棟を奪い返しましょう。ただ、恐らく入口には何らかの罠が仕掛けてあるそうなので、それに注意しましょう。私は向こうの戦力を分断しつつ、無力化していきます」

「この正体不明のアラーム音はどうするの?」

「はい、それなんですか……これだけの音、怪物が引き寄せられるかもしれませんし、できれば手を打ちたいですね。しかし、『SSS』の罠かもしれません。ですので、できればこの音の原因を探りつつ、可能であれば消してしまいましょう。それともう一つ。これを仕掛けたのが里莉さんたちであることも一応考えておきましょう」 

「里莉ちゃんたちが?」

 その可能性を考慮していなかったと見られる真里が聞き返す。

「はい。『SSS』の面々も、あんな怪物が寄ってくるかもしれない罠を仕掛けるのか、疑問に思いまして。ここを拠点にするつもりのない里莉さんたちであれば、あのようなことを仕掛けてもおかしくはないかもしれません」

「……まあ、あのグループも信用はせずに注意しておこう、ってことだね」

 そうして、真里と邦弘は大学の方へと向かっていく。

 それを見届けた冬華は、309番から奪ったトランシーバーをいじる。しかし、奪われたことに気づいた『SSS』が手を打ったのか、トランシーバーをいくらいじっても作動することはなかった。どうやら遠隔で使用できないようにしたらしい。あわよくば『SSS』のメンバー同士の会話を聞こうと思っていた冬華であったが、諦めるしかなかった。

 少しその場で何かを考えていた冬華であったが、ビルの中へと入っていった。


 大学の正門の所で25番たちが集まっていた。一度大学の敷地からそとに出ていたのだが、突如として聞こえてきたアラーム音のために一度戻って来ていた。

「……どうしますか」

 308番が25番に尋ねる。

「罠の可能性が高いが、怪物にこの建物を狙われたくはないから、早めにこの音を消してしまいたいな。308番と309番はこの音の出どころを探れ。原因を排除したら、その流れで建物に戻り、中で待機しろ。もし何らかの方法で中に戻ってきている奴がいれば、遠慮なく排除しろ。音の出どころの具体的な場所は分からないが、おそらく遊歩道のどこかから聞こえてきている。そして310番は大学の敷地からはそんなに離れず、この辺りを調べろ。おそらく大学に戻ってくるやつらもいるだろうから注意しろ。怪物がやって来ているから、危険ではあるが個人行動をとるように」

 早口で指示を出されると、308番、309番、310番はそれぞれ霧深いなかを進んでいく。

 三人と別れた25番はポケットから端末を取り出し画面を見る。しばらくそれを見つめたあと、25番も霧の中に消えていった。


 314番は半壊してしまった建物の影に隠れていた。

 25番から逃げ出す人を捕まえるように指示を受けていたが、怪物がやって来たため、恐怖で壁から少し離れた所まで来ていた。

 あたりを見渡してみるが、霧のせいで何も見れない。ただ、向こうの方から大音量のアラーム音が聞こえているのだけは確かだった。

 ジャリ、と何者かが道を歩く音が聞こえた。一瞬、声を出そうとした314番であったが、すぐに思いとどまり、建物の瓦礫の山の影に隠れる。

 音からして怪物の様には聞こえなかったが、姿の見えない相手に最大限の注意を向ける。足音は確実に314番のいる方に向かってきているのが分かった。314番の銃を持つ手にも自然に力が入る。霧で遠くは見えないが、二、三メートル程度であれば見渡せる。姿か見える範囲になったら一気に勝負をしかけるしかない、と判断した314番は全神経を集中させ、音のする方へと銃口を向ける。

 音が明らかに314番の目の前から聞こえてきた。しかし依然として何者の姿も見えない。すると、誰もいないはずのところから何かを振りかぶる音が聞こえた。空気を切る音だけを頼りに、314番は瞬間的に体を横にずらす。

「がっ!」

 次の瞬間、肩に強烈な攻撃を受ける。頭に直撃は免れたが、痛みで思わずうずくまってしまう。

 何に殴られたのか分からなかった314番はすぐさま顔を上げる。すると、さっきまでいなかったはずの『加護を授かりし者たち』のメンバーの一人、晶子が目をぎらつかせて314番を見ていた。

「な、い、いつの間に?」

「ああ!」

 狼狽する314番をよそに、晶子は大きな声と共に、電撃銃を打ち込む。

「ぐあああ!」

 314番は大きな悲鳴を上げ気を失った。

 314番の動きが止まったことを確認した晶子は、調理場にあった包丁を取り出し、何度もその体に刺していった。自身にかかる返り血の事なんて全く気にする様子はなかった。


 邦弘は真理とともに正門の近くまで来ていた。しかし、何者かが近づいてくる気配を感じたため、真里がおとりになると言って音のする方へと向かっていた。

 邦弘は作戦通り、大学の中へと入っていく。まずは音の出どころを探りつつ、『SSS』のメンバーに遭遇しないか注意する。音は遊歩道のどこからか聞こえてくることは分かったため、遊歩道を慎重にゆっくりと歩いていく。音が大きすぎるため、かえって音の出どころが分かりにくいが、五分ほど歩いていくと、植え込みから音の出どころを発見した。

「なんだこれ?」

 邦弘が見つけたのは、ラジコンカーのようなものだった。それに取り付けられたスピーカーから音が鳴っていた。どうすればいいか迷った邦弘だったが、足で踏みつけて、無理やり破壊して音を止めた。しかし、まだどこからかアラーム音が聞こえてくる。

「まだもう一個あるのか?」

 と、辺りを見渡す。すると、アラーム音ではなく、何者かが近づいてくる音に邦弘は気づく。少し迷った邦弘であったが、音の出どころを探るのはあきらめ、建物内に侵入することにした。遊歩道から猫の銅像がある橋を渡る。D棟の入口には罠が仕掛けられているだろうと冬華は読んでいたため、それ以外の建物から侵入しようとしていた邦弘にとってはちょうどよかったようだった。

 そして、それぞれの扉の電子錠については、『SSS』が来る前に切っておいたため、そもそも建物に入るための鍵も必要なかった。

 後ろから誰もついて来ていないことを確認した邦弘は、ためらいなく扉を開けた。


 次の瞬間、邦弘の体は爆破によって吹き飛ばされた。

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