第14話
大学の正門付近でウロウロしていると、大介の言った通り武装した九人が近づいてきた。
九人全員が黒づくめの服に身を包んでおり、ヘルメットで頭部を保護している。さらに目にはゴーグルをつけ、口元はネックウォーマーのようなもので隠れているため、一人として顔が分からない状態である。上半身には防弾チョッキと見られるものも装着しており、全員がライフルのような武器を構えている。手には黒い手袋をしており、素肌を一切出していない。その姿はさながら警察の特殊部隊のようであった。
全員が銃を里莉たちの方に向けつつ慎重に近づいてくる。里莉たちは両手をあげ、敵意がないことを示す。
九人の中で一番体格のいい、リーダーらしき人物が銃を下げたが、残りのメンバーは武器をしっかりと持ったまま、いつでも攻撃できるように待機していた。
「君たちはここで暮らしている人間か?」
リーダーらしき人物が話しかける。ヘルメットやゴーグルを外し、顔が分かるようにしたその男は、左頬に火傷の痕があり、見た目は三、四十代くらいであった。
里莉たちと武装した九人が向かい合ったまま、話を続ける。
「いえ、私たちは一昨日くらいにここに来たんです」
代表して里莉が答える。里莉たちも手は下ろしている。
「ではここで暮らしている人間に会わなかったか?」
「会ってないですね。代わりにここで暮らしていたと思われる人たちの死体なら見つけましたけど」
里莉の発言に九人の動きが少しだけ固まった。少々意外だったようだ。
「死体?それは怪物にでもやられたのか?」
「そういう死体もありましたけど、明らかな他殺体もありましたよ」
「何人見つけたんだ?」
「十人の死体を見つけましたよ」
「十人か……ところでここにいるのは君らで全員か?壁の外に車が二台あったが」
「私たちのグループはこれで全員です。でも、『加護を授かりし者たち』の人たちが八人来てます。その二台の車は『加護を授かりし者たち』の方たちのものだと思います」
リーダーらしき男は『加護を授かりし者たち』の名前を聞き、少しだけ顔をしかめた。
「そうか、加護のやつらがいるのか……」
そして男は思い出したかのように、
「ああ、そういやまだ名乗ってなかったな。俺たちは『SSS』の第三エリア捜索部隊だ。そして俺はこの部隊隊長の25番だ」
と名乗った。『SSS』の組織の特徴として、組織の中である一定以上の地位にいる者は番号で呼ばれる。そしてその番号が小さいほど組織の中で上の立場にいるとされる。
「あ、どうも里莉と言います。……あの、別にこちらには敵意はないので、武器を下ろしてもらえると助かるんですけど。何かの拍子に暴発とかされても困るというか……」
「ん?ああ、すまないね。一応俺が大丈夫だと判断するまではこのままでいさせてくれ」
謝罪の言葉は述べるものの、あまり悪いと思ってはいないような口ぶりだった。
「こいつらも訓練はしているから、銃を暴発させるようなやつはいないから安心してくれ」
「はあ……念のため伝えておきますけど、武器とかも持ってないですし、あなたたちに対抗できるような力も持ってないので」
「確かにそうかもしれないが、右端の彼とかガタイも良いし、戦闘とかもできるようにも見えるぞ」
「彼は体がデカいだけですよ」
指さされた大介ではなく、里莉が代わりにそう答える。
「それに君は特殊体質の人間じゃないか」
25番は里莉の左手の甲の模様を見る。
里莉は肩をすくめ、
「確かに私は特殊体質の人間ですけど、能力は死者の死因が分かるっていう使い勝手の悪い能力ですよ。怪物どころか人間相手にもどうこうできませんよ」
「それはまた変わった能力だな。ま、特殊体質のことを全く隠す様子もないから、案外本当のことを言ってるかもしれないけどな。とりあえず、ここから移動するか。加護のやつらがどこにいるのかは分かるのか?」
という25番の質問に里莉は首を振り、
「分かんないです。完全に別行動をとってるんで」
「そうか。ちなみに加護のやつらの中で特殊体質の人間はどれだけいたか分かるか?」
「三人いましたよ」
「……君らが寝泊まりしてるのはあの建物か?」
「ええ。大学の建物で昨日一昨日と寝泊まりしてました」
「それじゃあ、君らが寝泊まりしている場所まで案内してもらおうか」
里莉を先頭に大学の敷地内を歩いていく。『SSS』のメンバーは銃を里莉たちに向けてはいないが、何かあったらすぐに対応できるよう、注意深く様子を見ていることはわかった。
「A棟からD棟までの四つの建物があって、あの土壁のせいで、建物同士の行き来をする場合はこの今歩いている遊歩道を通ってから別の建物に移動するか、屋上から土壁の上を通って隣の建物に移動するしかないです」
「ふーん……なかなか面倒な造りになってるんだな」
「それで、私たちが寝泊まりしてるのはD棟にある食堂です」
北西の橋を渡りつつ里莉は説明を続ける。橋の中央にある銅像をチラリと見る『SSS』のメンバーに、
「さっき大学内の地図で見たと思いますけど、こんな橋が四つあって、この鳥の銅像がある橋はD棟につながってます」
四つの橋とそれにつながる橋の説明もしておく。
「それと、四つの建物全部なんですけど、土壁に大部分が覆われているせいで一階の出入り口が一箇所ずつしかありません」
と、里莉がD棟の一階にある唯一の出入り口である職員用の扉を指さすと、タイミングよく扉が開かられた。中から冬華、真里、誠太の三人が出てきた。
三人は武器を携えた団体に驚き、身構える。25番はそんなことを気にする様子もなく、
「あんたたちが加護の人間だな。ちょいとお願いがあるが聞いてくれるか?」
「銃を向けたままのお願いとはずいぶんと乱暴な方々ですね。別に脅さなくてもお話はお聞きしますよ」
銃を突きつけられているものの、冬華は全く恐れる様子もなく堂々と応対する。
「すまないね。ついこないだも俺らの組織とあんたら加護のメンバーと衝突したばっかりだからな。……それで、とりあえずここにいるあんたらの仲間全員を集めて欲しいんだが」
有無を言わさないように25番は話を進めていく。冬華は少し苦々しい表情を浮かべたものの、
「分かりました。一応私がここにいるメンバーのリーダーを務めていますので、私が代表して呼びに行きます」
と名乗り出た。
「じゃあ頼もうかな。彼女以外の人らは俺達と一緒に待ってもらおうか。くれぐれも余計なことはしないでくれよ。出来る限り銃の弾丸とかは温存しておきたいんでね」
里莉たちに向けられた銃を冬華は冷静に見つめ、
「ええ、分かっています。そちらもくれぐれも軽率な行動はしないでくださいね」
と言い残し、冬華は残りのメンバーを呼びに離れた。その後ろ姿を見届けた25番は、
「ふっ……なかなか気の強い女性だね」
と苦笑いを浮かべる。
里莉たちは『SSS』のメンバーに追い立てられるように食堂へと移動する。
「へえ、結構綺麗なんだな」
建物の中に入り食堂を見た25番がそう呟いた。
「あんたらは加護のメンバーじゃないって言ってたけど、ここで会っただけなのか?」
食堂の椅子に座り少しくつろいだ25番は里莉たちの方を見てそう聞いた。25番以外の『SSS』のメンバーは里莉たちを囲むように立っている。食堂に入った里莉たちは流れで簡単に自己紹介をする。それを聞いた25番がしたのが先ほどの質問だった。
「そうですよ。私たちが先にここに到着して、昨日『加護を授かりし者たち』の人たちが来たんですよね」
里莉の言葉に真里がうなずく。
「そうか。で、あんたたちはどっかのグループに所属してるのか?」
「いえ、私たちはどのコミュニティにも所属してませんよ。ここにいるだけのメンバーしかいませんよ」
「今時珍しいな。それでここまで旅してきたのか」
「はい。まあこれからも色んな場所を旅していくつもりですけどね」
「別に生活の拠点を探しているっていう訳じゃないのか」
「ええ、そうですよ」
そこから25番は里莉からこれまでどういった旅をしてきたのかなどを聞いていった。旅の目的で名探偵になりたいと聞いた時はさすがに25番も困惑したものの、面白がっているようだった。
十数分後。冬華は『加護を授かりし者たち』の残りのメンバーを連れてきた。そのメンバーを座らせると、
「さて、この後のことについて話し合いましょうか」
と25番は話し出した。
「まず俺たちは『SSS』第三エリア捜索部隊隊長の25番だ。それでこいつがこの隊の副隊長の107番」
25番の斜め後ろに立つ人物に指さす。107番と呼ばれた人物は軽く会釈する。
「それで、こっちから308番、309番、310番、311番、312番、313番、314番だ」
25番は一列に等間隔に並ぶ残りのメンバーをそう紹介した。食堂の入口に近い所にいるのが308番で、出入口から遠い場所にいるのが314番だということは、とりあえず分かるが、25番以外のメンバーはいまだ顔を完全に隠した状態であるため、区別がつきにくい。308番から314番は体格も似ており、持っている武器も同じにしか見えないため、後で別の番号で紹介されたとしても気づけないだろう。というより、男か女かどうかも定まっていない。よく見れば、手首のところにミサンガのようなものをそれぞれ巻いており、色が違うため、そこで識別するしかないようだ。
強いていうなら、107番の持っている武器のグレードや着けている装備品が他の308番から314番に比べて少し高級感があるため、そこで区別がついた。
「さて、里莉たちの方は名前を聞いたが、あんたたち加護のメンバーの名前でも聞いておこうか」
「あなた方の情報は番号しか聞いてませんけどね。……まあ、いいです」
と、冬華はチクリと毒を吐き、自身を含めた八人の紹介をする。
「話し合うと言いましたが、あなた方はここを占領するつもりなのでは?」
紹介を終えた冬華はその流れで25番に問い返す。言葉は丁寧な言葉遣いであるが、里莉とかに対する話し方よりだいぶ棘のある口調で話す。
「占領……ね。随分と強い言い方だけど、まあ間違ってはないか。確かにここの土地一体は我々『SSS』の新たな土地にしたいとは考えている。君たちもここを新たな拠点にするつもりかい?」
「そのつもりでした」
「でした……過去形ということは、俺たちに譲ってくれるのかい?」
少し意外そうな25番。
「不本意ではありますが、武装したあなたたちに無理に対抗して争おうとは思っていません。ただ、そのうち私たちの仲間がやって来るので、その際どうするかは別かもしれません」
「それで言ったら我々の仲間も明日くらいには到着するだろうね。だから、我々の仲間の方が先に着いちゃうけどね」
と、不敵な笑みを浮かべる25番。
「あら、なぜそんなふうに言えるのですか」
「一応君たちの支部がどの辺りにあるかは把握しているからな」
「……そうですか。それで、ここを占領するとして、私たちのことはどうするおつもりで?その銃ですぐに処分でもしますか?」
どことなく挑発するかのように言葉を発する冬華。25番はそんな冬華に対してどこ吹く風といった様子だ。
「そんな物騒なことはしないよ。せいぜい我々の仲間がやってくるまで、おとなしくここで待っててもらうだけだ。そして、我々の仲間がここまでくれば、すぐにここからお帰りいただくよ」
という25番の発言に納得していないのか、
「なるほど、言いたいことは分かりました。しかし、なぜ今すぐここから追い出さないのでしょうか?別にそれでも構わないのでは?」
と冬華は問い詰める。
「そりゃ特殊体質の能力のことを考えているからだよ。今すぐここから追い出したとして、俺らの目の届かない場所から能力で何かされたら対応できないからな。それなら、まだ俺たちの目の届く範囲に置いておいた方がマシなんだよ」
という25番の発言から、自分たちが近くにいれば、たとえ特殊体質の能力があったとしても、やられることなく対処できるという自信があることを感じ取れる。また、『SSS』の仲間が来てしまえば、遠くから能力の干渉があったとしても大丈夫だとも取れる発言であった。
「そうですか。てっきり、私たちを捕らえてあなた方のアジトに連行するために仲間を待つものだと思っておりました」
澄ました顔をしてそのように発言する冬華に対し、
「ふふ、どうやら我々の組織についてだいぶ偏った印象を持ってるらしいね」
と、25番は笑みを浮かべながらそう言った。
「偏った印象っていうか本当のことなんじゃないの?強引に人を攫って無理矢理働かせたりしてるって聞くけど?」
真里は銃を持った相手にも全く臆することなく、強気に出ている。
「こうして武装していて、武力で脅すような対応はするけど、別に残虐非道なことばっかしてる訳じゃないぜ。組織には別に俺らみたいなのがたくさんいるだけじゃなく、普通の一般人もたくさんいるし、そいつらは普通に協力しながら暮らしているぞ」
「どうかしらね。あなたたち『SSS』から逃げ出して来た人を保護する事があるけど、それは何なのかしらね」
はなから真里は25番の話を信じるつもりはないようだった。
「逃げ出したねぇ……」
25番はどこか含みを持たせたような言い方をする。
「ま、俺たちの組織もルールや決まりを守れないようなやつを追放することがあるし、そういうやつらが俺たちの組織についてあることないこと言ってるんだろうな。あんたらの団体の理念は能力者も一般人も等しく尊い存在である、っていうのだからな。多少問題児でも受け入れざるを得ないだろうから、そっちの方が大変そうではあるな」
ニヤニヤとした顔を冬華たち『加護を授かりし者たち』の方に向ける。
「あなたたちは自分たちの都合のいい人だけを選んでるんでしょ?労働力として見込めなくなった高齢者とかを容赦なく組織から追い出してるんだったね」
正確な実態は分からないが、『SSS』にいる人々の年代に偏りがあるのは、外部の里莉たちも聞いたことがあった。
「別にそんなことはないけどな。組織の中枢で頑張ってるじいちゃんとか普通にいるぜ。それに年をとって若い人に比べて労働できないのは当たり前のことだ。それだけで追放なんてことはしない。ただ、文句だけいって何もしないようなやつらを追い出してるのは本当だな。たまたまそのメンツに年寄りが多いってだけで。俺らの組織だって助けを求めた人がいれば誰でも受け入れているぞ。その中で、義務は果たさないくせに自分の権利だけ主張したりするような、調和を乱すようなやつは容赦なく追放するのが俺たちの基本的な考えだ」
「そういって子どもとかも無理矢理従わせているのかしら?」
「子どもか?子どもこそ大事な存在じゃないか。俺なんかよりもずっと」
チラリと向けられた視線に気づいた25番は、心外だと言わんばかりの表情で答える。
「大事な未来を担う宝だからな。なんなら組織の幹部よりも良い暮らしをしているぜ。十分な教育だって提供している。なんなら、怪物が現れる前よりも暮らしやすくなってるんじゃないか?」
「それも結局は自分たちの将来を見据えて子どもたちを洗脳してるだけなんじゃないかしらね」
と苦々しく言ってのける真里。その横に座る晶子は不安そうに25番と真里を交互に見ている。冬華は特に発言はしないものの、冷静に場を見ており、他のメンバーは触らぬ神に祟りなし、といった感じで、成り行きに身を任せているといったところだ。里莉に対して当たりの強かった浩文も今は静かに黙っているだけだった。
「あなた方『SSS』のお仲間が来たら私たちは解放してもらえると信じるとして、それまではどうするつもりなんですか?拘束してどこかに閉じ込めておきますか?」
会話が途切れたところを見計らい里莉が25番にそう質問した。
「別に縄で縛ろうとは思ってないけどな。とりあえず、この建物の中にいてもらおうかと思っているが……」
と25番は近くにいる107番に耳打ちで何かを伝える。何らかの指示を受けた107番は308番から311番までのメンバーに指示を出す。308番から311番のメンバーはそのまま食堂から出て行き、107番は食堂奥の調理場の方に入っていった。
「とりあえずこの建物の造りを見てからにはなるが、基本的にこのD棟からでなけりゃ自由にしてもらって構わない。建物の出入り口は見張らせてもらうがな。ただその前に……ちょっといいか?」
そう言って25番は半ば強引に冬華の左手をとり、冬華が何か言う前に手の甲から何かをはがした。
「とりあえずこのシールは剥いでもらおうか」
と少し嫌味な笑みを浮かべる25番の手には、特殊体質の人間の左手に現れる、模様の描かれたシールがあった。
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