第8話 休日るーてぃん。え、ドラゴンブレスってサウナみたいで気持ちよくないですか?



「わたしの“休日ルーティン動画”を配信したいと思います!」


 マリアの宣言に、視聴者たちは困惑の反応を示す。


“ダンジョンで、休日ルーティン?”

“どういうことwwww”

“もしかしてモンスター討伐に快楽覚えてるタイプ?w”


 そんなコメントが飛び交う。 視聴者の中では「休日」という言葉と「ダンジョン」という言葉がまったく結びつかなかったのだ。

 しかし、少なくともマリアの中では両者は完璧に結びついていた。


「というわけで、今日は≪災いの洞窟≫に来ています!」


 マリアが片手を広げてダンジョンを紹介する。


“うそだろwwww”

“災いの洞窟wwwwwwwww”

“やばすぎぃぃwwww”

“ボスキャラの社交場って言われてるの知らないのかwww”


 想定外の紹介に、視聴者たちは盛り上がりを見せる。

 ≪災いの洞窟≫は、付近の攻略済ダンジョンの中では最大級のものである。

 その名の通り、災害級のモンスターたちが闊歩している極めて危険なダンジョンであった。


 けれどドMなマリアにとって、危険は最大の喜びであった。


「いや、ここだけの話、すっごい癒しスポットなんですよ!」


 グッと右こぶしを握りしめて、視聴者に言い放つマリア。


“いやいやいやwww”

“癒しとはwwww”

“流石に草”

“この子だめだwwww”

“狂ってるwww”


 マリアは本気で自分の「癒しスポット」を紹介しようとしているが、その目線で配信を見ている視聴者は皆無だということに彼女はまだ気が付いていなかった。


「早速中に入っていきます!」


 マリアはそんな台詞とともにダンジョンへと足を踏み入れる。


 そして暗がりの洞窟を進んでいくと、早速1つ目の『癒し』スポットに遭遇する。


「ここが最高の癒しスポットなんです!」


 と、そんな紹介とともに出現したのは広い空間。

 入口から数歩先は崖になっており、深さ10メートル、直径が数百メートルほどの大きな穴が空いている。


 そして穴の中央には、一匹の巨大なモンスターが鎮座していた。


“やべぇえええwwww”

“ラヴァードラゴンやんwwww”

“さっそくAランクモンスターきたぁぁwwwww”


 ラヴァードラゴン。

 固い鱗に覆われた身体の内側に赤く光る熱源を湛えている。

 その熱は周辺の岩石を溶かし、巨体の周辺にマグマの池を形成していた。

 

 常人であれば近づくことさえ難しく、近づけたところで並の武器や魔法はいとも簡単に溶かしてしまう。

 まごうことなき最強レベルのモンスターだ。


 けれど、マリアの目的はモンスターの討伐ではない。

 なぜなら今日は休日だからだ。


 たまの休日に彼女がやることは決まっていた。


「まずは天然のサウナで整います」


 それが彼女のルーティンだった。

 ラヴァードラゴンの放つ圧倒的な熱気(・・)を利用して、整ってしまおうとしているのであった。


 その意味を理解した視聴者たちは次々にツッコミのコメントを入れる。


“サウナwwwww”

“ガチで癒されようとしてるwwww”

“いやいや死ぬってwwww”

“相手Aランクモンスターやぞwwwwww”

“ドラゴンの火力をサウナ利用はさすがに草”

“狂ってやがるwwwwww”

“【朗報】ドラゴンブレスはサウナだった”


 視聴者たちはてっきりマリアが「お笑い」のつもりなのだと理解し、大盛り上がりである。

 ただ、当の本人は本気で癒されようとしている。


 マリアは崖の淵に座り込み、


「ドラゴンさーん。こっちですよ~」


 ラヴァードラゴンに向かって大声を出して、意識を自分に向けさせた。

 その赤い目がマリアを捉えると、次の瞬間敵と認識して、お得意のドラゴンブレスを放ってきた。


 マリアは両手を広げ、その圧倒的な熱気(・・)を受け止める。


「~~~~ッ!」


 マリアは目をつぶって、至極の瞬間を堪能する。


 結界魔法(ライフバリア)がマリアの身を守っているが、ダメージは着実に結界を削っている。

 そして、結界は痛みを軽減するが万能ではない。その圧倒的な熱気による『苦しさ』は間違いなく彼女の体をむしばむが、それが彼女にとっては最高の瞬間なのであった。


“ドラゴンブレスを喰らって平然としてるwwww”

“防御力どうなってんだよww”

“てか痛みはあるだろ?? なんでこいつ平然としてんのwww”


 ドラゴンブレスは言うまでもなく最強クラスの攻撃だ。

 例えAランク冒険者でも、それを喰らって平然としていることはできないはずだった。


 けれど、マリアはびくともしない。


「あの子は飛べないから、高いところにいれば安全なんです。でもドラゴンブレスだけはちゃんと届くので、整うのに絶好のスポットなんです」


 のんきにそんな「解説」をする。


“これはマジモンや”

“ドM過ぎる”

“「お前の攻撃はそんなもんか?」www”

“やばい(語彙力)”


 ドラゴンブレスを喰らって平然としているという前代未聞の映像に、視聴者たちはただひたすら盛り上がりを見せる。


 ラヴァードラゴンは目の前の少女に攻撃がまったく効いていないことに苛立ち、低いうなり声をあげた。

 だが、まるでそれをあざ笑うように、マリアはある行動に出た。


「もうちょっと熱気が欲しいですね~」


 マリアはポケットから一つのアイテムを取り出す。

 それはいわゆる≪魔石弾≫と言われるものだった。

 中に属性魔法の力が閉じ込められており、相手に投げつけることで爆発して攻撃できるというマジックアイテムである。


「さて、ロウリュしましょう……」


 マリアは水色の魔石弾をラヴァードラゴン向けて投げ入れる。

 それが着弾すると中から氷が飛び散り、ラヴァードラゴンの熱と触れ合うことで水蒸気爆発を起こす。


「グラァァァア!!」


 ラヴァードラゴンにとって爆発のダメージはないに等しいものだったが、マリアにとっては違う。

 その熱量は確実にマリアの結界(ライフ)を奪う。

 だが、それも彼女にとっては至極の瞬間であった。


「~~! やっぱりいいですね……!」


“魔石弾でロウリュwwww”

“ロウリュすなwwww”

“Aランクドラゴンをおちょくるなwwww”

“ラヴァードラゴンが可愛そうになってきたw”


 コメント欄ではそんなツッコミが滝のように流れたが、「整い」を満喫中のマリアにその言葉は届かない。


 そこには本当にサウナに入っているように見える、ただただ脱力した美少女の姿が映っている。

 その衝撃的な映像はさっそく拡散され、瞬く間に同接は伸びていくのであった。

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