第15話

 花梨たちの乗ったバスが大仙公園駐車場に入った。百舌鳥もず古墳群を構成する大仙陵古墳が目の前にドカンとあった。


「ほぇー」「でかいな」「これが古墳?」「ただの森だな」「山だよ」


 それが前方後円墳だと分かっていても、そうは見えない。ただの小山だ。感嘆する生徒がいればしらける者もいた。


 花梨は古墳など無視して森村を捕まえた。


「凛花さんのことが、男子の中で噂になってるって?」


「あぁ、女子、いや花梨には話さないだけだ」


「どうして私だけ?」


「話したら怒るだろう。それに美川に話してしまいそうだと思うからじゃないか?」


 そんな風に見られているんだ。……ちょっと驚いて列の最後尾を歩く凛花を振り返った。森村はバスガイドを追って、どんどん進んでいった。


 一通りの説明を聞き、古墳がどれだけ大きいかをなんとなく受け止めた生徒を乗せたバスは、住吉大社に向かった。




 藍森高校の生徒たちは住吉大社の中をぞろぞろ歩き、所々で足を止めてはバスガイドの周りに集まって説明を聞いた。にやついた男子と真面目な女子は素直に話を聞いたけれど、そうでない生徒は輪の外側で友達としゃべったり、スマホをいじったりしていた。


 花梨は境内の広大さに驚きながら、つまらなそうにしている凛花の姿を目の隅で追っていた。


 バスガイドの解説が終わって生徒の群れが動き出した時、肩をたたく者がいた。見ると友永だ。


「凛花を頼むぞ」


 彼は短く言うと、2組の生徒たちの列に急ぎ足で向かう。


 何で私が?……友永の背中を見送った。


「……あぁ、一宿一飯の恩義があるかぁ」


 古い映画で覚えた台詞が口をついた。花梨は、藍森寮で遊んで遅くなると友永の部屋に泊まることがあった。もちろん、管理人の佐藤夫婦や友人にも内緒だ。友永には女子の部屋に泊めてもらえと言われるのだが、何故か彼の部屋が落ち着くので、そこで眠った。


 それにしても、と思う。凛花のことをどうして2組の担任の友永が気にかけているのだろう? 本来なら1組の担任が声をかけてくるべきではないか?


 その担任は、1組の列の最後尾にあった。凛花もそこにいた。


 花梨は仕方なく、凛花に並んだ。


「行こうか?」


「いいわよ」


 返事はしても彼女は無表情なままだった。けれど2人を見る担任の静佳は微笑んだ。


 ぞろぞろと列は動いた。


「ここ、初めてじゃないんでしょ?」


 のどが強張っているのが分かる。


「3度目かな。初詣で賑わうところなのよ」


「ふーん。3度目ということは、毎年じゃないのね」


「昔から住んでいる人は同じ場所に詣でるようだけれど、うちは違うから。奈良にも神社仏閣は多いし」


 花梨は凛花が家族と初詣で参拝する姿を想像した。父親と母親の間に立つ顔はニコニコと微笑んでいる。そんな彼女に刃物は似合わない。……だれを刺したというのだろう?


「凛花さん、姉妹は?」


「姉がいるわ。優しくて……」一拍、間がある。「……馬鹿な姉なの。止めましょう。家族の話は」


 2人はバスに乗ると、今度は並んで座った。モエが花梨を睨んでいた。




「ここが地上60階、高さ300メートルの展望台になります」


 エレベーターを下りるとバスガイドが言った。阿倍野の超高層ビルでのことだ。


 生徒たちは窓辺に散った。


 下界には碁盤の目のように南北東西に道路が走っていて、連なるビルや住宅の屋根、屋根、屋根……。その先には這いつくばるような低い山。手前に伊丹空港があって、ビルの上空を通り過ぎた旅客機が降りていく。


「すごい!」


 それ以上の言葉が出てこない。


「そう?」


 凛花はそっけない。


「すごいわよ、大阪。お墓から神社まで大きくて、ビルは高くて。昔からすごい街だったのね」


「確かに藍森町とは違うわね」


「藍森町には何もないもの」


 凛花が窓ガラスの際に進むので、花梨も隣に立った。直下を見ると膝が震えた。


「怖い」


 思わず凛花の腕にすがった。小学生のころは東京で暮らしたが、高い場所から町を見た記憶がない。あるのは高いビルを見上げて押しつぶされそうに感じたことだけだった。学校でもそうだ。「お父さんはいないの?」「愛人の子だって?」「妾ってなあに?」そう言う友達は、花梨を押しつぶす存在だった。


 凛花にそっと手を払われる。えっ!……心の中で叫んだ。凛花も小学校のころの友達と同じなのだと感じた。


「ここから飛んだら楽よね」


 感情のない声が聞こえた。


 どうして、と訊けなかった。何故か言葉が声にならない。


 観光客の興奮がぶつかり合う喧噪けんそうのなか、花梨と凛花は玩具のような景色を見つめていた。花梨の場合、実際は呆然と立ち尽くしていただけで、何を見ているのか分からなかった。そんな花梨の肩を町田がたたいた。


「花梨さん」


「町田君……」


 花梨は驚いていた。滅多に言葉を交わさない彼から声をかけられるとは思ってもみなかったからだ。賢い彼は、手の届かない遠い存在なのだ。何故か頬が熱くなるのを感じた。


「集合時間だよ。津久井先生が向こうで怒っている」


 町田が指す方を見ながら、そういうことね、と正気に返った。


「行くよ」


 花梨と凛花は、町田の後を追って修学旅行の集団に合流した。

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