第2話 お断りしても? 拒否権ない?

「そうですか、婚約が。……婚約!?」

 

 思わず声が裏返り、勢いよく目の前の男性を凝視した。


 アラン・ウォード。魔石にしか興味のない私でも知っている名前だ。


 魔力持ちウェネーフィカたちの領ロズイドルフを治めている侯爵デュークの爵位を与えられたウォード家の嫡男であり、外見も整っているせいか彼と婚約を結びたがる女性は後を絶たない。


 けれど、彼はそのたびに冷たくあしらうことで有名だとサリーがよく話している。


 付いたあだ名は冷酷侯爵令息、氷の君等々。


 人前で笑うことがないのだという。


 そんな彼が私と婚約だなんて何かの間違いだ。


 そもそも私は誰かと結婚するつもりなんて微塵もない。


 この身は魔石と魔鉱物の研究に一生を捧げると決めている。


 私にはやらなければならないことがあるのだから。


「アラン様、どなたかと勘違いしているのではありませんか? 私と貴方は初対面で、貴族と庶民、魔力持ちウェネーフィカとただの人間アンスロポス。婚約する理由に心当たりがないのですが」


「君がカレナ・ブラックウェルであるならば間違いではない。君の師匠であるルーシー・オーウェンからも承諾は頂いている。彼女からも娘であり、研究馬鹿な弟子を嫁に頼むと言われているが、書面見るか?」


 そう言われた私の脳裏にアイスシルバー色の髪に深い緑色の瞳の三十代後半の女性の顔が浮かんだ。


 不老疑惑のある脳内の師匠ルーシーが満面の笑みで親指を立てていることに少しイラッとしながら私はアランを見上げて引きつった笑みを向ける。


「お断りさせていただいても?」


「君に拒否権はない」


 即答されて私は石畳の上に崩れ落ちた。


 ひんやりとした石畳に両手を付きながらなんとか断る方向へ持っていけないか思案する。


 サリーに助け舟を求めて視線を向けてみるが、彼女はアランの従者と談話している。


 視線をこっちに向けてと念じてみても通じない。


 はて、どうしたものか。


 石畳の上に座り込んだままの私の耳に廊下側から急ぎ足で近づいてくる音が届いた。


 ほどなくして開けっ放しの扉から顔を覗かせたのは腰まであるホワイトブロンドの髪とヘーゼル色の瞳を持つ美少女。


「もう、お兄様! 先に行かないでとあれほど申しましたのにどうして行ってしまうのですか?」


 憤慨している声も愛らしい美少女はこの前魔力暴走を起こしかけて倒れたところを助けてついでに友達になった子だ。名前は


「アリス? なんでここに」


「カレナ、サリー。突然押しかけてごめんなさい。お兄様がカレナに会いに行くと言うから付いてきたの」


「そっか。アリスのお兄様。お兄様!?」


 そう言えば髪の色も瞳の色も、よく見れば整った顔立ちもそっくりだ。さすが兄妹。私みたいにオリーブブラウン色の髪、アイスブルー色の瞳、平均的な顔立ちの一般人とは持って生まれたものが違う。


「ところでお兄様、カレナの返事は?」


「断られて拒否権はないと返したところだ」


「やっぱり。だから私言ったじゃないですか。カレナは研究一筋なのだからただ婚約したと告げてもダメだと」


 アリスに押されてアランは言葉を詰まらせている。表情は崩さなくても妹には弱いのだと分かる。アリスはアランを押しのけて私の前で身を屈めた。







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