#02 友達
「ねぇ、あんたって外国人?」
いつものように、オルガンを弾こうと準備をしていたとき。あれから一週間が経ったが、相変わらずわたしの毎日は何も変わらなかった。
しかし違うところが一つだけある。
それは放課後だ。ユキちゃんはなぜか毎日放課後になって誰もいなくなるまで必ず教室に居て、わたしとオルガンの連弾をする。この日もそうだった。
「…えっ?」
突然のユキちゃんの質問に、わたしは戸惑って言葉を失う。
「前にさ、友達の夢ちゃんが『うちのクラスに転校してきた子、外国から来た子なのかな?』って言っててー」
ユキちゃんは特に何事もなさそうな顔で、ズバズバと直球な言葉でわたしにそう話す。
しかしわたしにとっては、あまり触れられたくない話でもあった。心臓がバクバク鳴る。手から、ぬめりとした汗が出てくる。
「じゃけん、あんた日本人じゃないの?もしかして外国から転校してきたん?」
「あ…いや…」
わたしはちらっと鍵盤の上に乗る、自分の手とユキちゃんの手を見比べる。
ユキちゃんはそこそこ茶色に焼けている、一般的で健康的な肌の色だ。
一方わたしは、ほぼ真っ白と言っても過言ではない色だった。どう見ても日本人の平均的な肌の色ではない。
ユキちゃんにそのことを聞かれたのが恥ずかしくて、思わず手を引っ込めた。
「えっ?なんで隠すん?」
ユキちゃんはわたしのその行為が理解出来ないようで、顔を顰めた。
「だって……」
「何?全然聞こえん」
「……だってわたし、変だから…」
わたしは真っ白で不健康そうな自分の手の皮膚を摩りながら、ぼそっと呟く。するとユキちゃんは怪訝そうに「何が?」と首を傾げた。
「だってわたしはみんなと肌の色も違うし、髪の色も違うし、鼻の位置も、目も…」
わたしのママはアメリカのニューヨークで生まれた、所謂『外国人』だ。その国の血は、わたしにも当然流れている。
真っ白で色味のほぼない肌や髪の毛の色。高すぎる鼻に、大きすぎる目。わたしのコンプレックスだ。
みんなと違う自分の見た目が嫌い。恥ずかしい。誰にも見られたくない。
気が付いたときには、自分の中にそんな思いが芽生えていた。
「みんな、こんなおかしいわたしと友達になりたいなんて思わな…」
「何言うてんの?あたしはおかしいなんて思ったことないけど。」
わたしが言葉をすべて話す前に、ユキちゃんはあっけらかんとそう言ってのけた。
「みんなと見た目が違うからおかしいって?そんなこと気にしてるあんたの方がおかしいよ。」
「へ…?」
わたしが呆然としていると、ユキちゃんははぁ、とため息をつき、
「たとえみんなと違った何かがあっても、同じ人間なんだから友達になれるに決まってんじゃん!そんなことも知らないの?」
そう言われても、わたしはよく理解ができなくて、無言でユキちゃんを見つめた。
そんなわたしを見て、ユキちゃんは呆れたように『じゃあもういいよ』と投げやりに言い放った。
「あたしの言うことが信じられないなら、あたしがあんたの友達になるから。」
「えっ?!」
わたしが驚いて大声を上げると、ユキちゃんがまた怪訝そうに眉を潜める。
「嫌なの?」
「いや、嫌じゃないけど…」
「じゃあいいじゃん!」
状況の理解が追い付かずにぽかーんとしているわたしを見て、ユキちゃんはニヤリと笑う。
「いいこと教えよっか?前な、夢ちゃんがあんたのこと『可愛い』って言ってたよ。」
「ええっ?!」
今度は驚きすぎて腰が抜けそうになった。ピアノ椅子から落ちそうになったのを必死で堪える。
「わたしって可愛いの?!」
「いやあたしはよく分からんけど、『お人形みたい』だって。良かったね〜」
悪戯っぽく笑うユキちゃんの顔を見ながら、わたしはふと疑問に思う。
あれ?ユキちゃんはわたしの容姿を特に可愛いと思っていないのなら、なんでこんなふうに話してくれるんだろう。と。
「じゃあ、ユキちゃんはなんでわたしと話してくれるの?」
わたしが率直な疑問をぶつけると、ユキちゃんは『え、どうしてって…』と困惑していた。
『うーん』と、ユキちゃんは少しの間だけ考える仕草をとる。
「ねぇ、クラリネット演奏家の星楽ちゃんって知ってる?」
ユキちゃんが言ったその名前は、わたしには聞き覚えがあった。
「……もしかして、あの百年に一度の天才美少女『
「そう!」
「ユキちゃん、星楽ちゃんを知ってるの?」
ユキちゃんは『当たり前だよ!音楽系習ってる子はみんな知ってるよ~』と嬉しそうに笑った。
かつて世界中に名を知られた、『天才演奏家』で、現代版ベートーヴェンと呼ばれた少女。
元広島交響楽団のクラリネット奏者、綾瀬星楽ちゃん。
星楽ちゃんの持つものはすべて美しい。外見も、音色も。
彼女は3歳からクラリネットを始め、子供の頃からコンクールでいくつもの賞をとり、十七歳という若さでプロの仲間入りをした。
その吹くクラリネットの音色は、まるで夜空に煌めく一等星のようだと言われている。
その音を聞いた聴衆は、一瞬にして彼女に心を奪われてしまうらしい。
彼女には全国各地のステージでの演奏依頼がひっきりなし。テレビ出演や世界的に有名な演奏家との共演。
星楽ちゃんは音楽業界で大活躍を果たし、現在でも世界中を飛び回っている。
「この『星に願いを』って曲、星楽ちゃんがよく演奏してた、代表曲なんだよね。だからあたしはこの曲が弾けるんだ。あたし、星楽ちゃんのファンだから。」
ユキちゃんは楽譜を見つめ、指で五線譜をそっとなぞりながら、少し寂しそうに言った。
「――――『あたしは、世界中の人と友達になれます。』。」
ユキちゃんの声のトーンが、別人のように急に高くなった。
「『五線譜で繋がっている音符たちのように、音楽に正ずる人なら、どこの誰でも友達になれると思います。』」
ユキちゃんは、楽譜に載っている二つの音符にそれぞれ人差し指と中指を当て、それらをきゅっと近づけた。
「昔、星楽ちゃんがテレビで言ってた言葉なの。あたしは、星楽ちゃんのこの言葉は間違ってないと思うんだ。」
「……だから、わたしと友達になってくれたの?」
「さぁね」
わたしがそう聞くと、ユキちゃんはふふっと微笑んだ。
ユキちゃんの笑顔をこんなに真正面から見たのは、初めてだった。
そのとき、心の底から強い何かの感情が込み上がってきた。だけどその『何か』の正体は分からなかった。
そんなわたしを他所にユキちゃんは、『そろそろ弾こう』と、楽譜の準備をし始めた。
わたしも『星に願いを』の楽譜の準備をする。その楽譜に書かれている音符を改めて見た。
二分音符も、四分音符も、八分音符も、全音符も、休符も臨時記号も全部、五本の線で結ばれている。
彼らは単体だと、ただの『音』に過ぎない。
その『音』が五線譜で全部繋がっていくことで、彼らは初めて『音楽』になることができるのだ。
―――――そんなの、当たり前のことだ。
でも、今はそれがものすごく特別なことのように思えた。
ユキちゃんが鍵盤に手を置く。その1オクターブ高い鍵盤に、わたしは手を置いた。
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