第6話 過去の怨念

「――13、14、15っと。うーん、亡霊さんいないねー」


 アンナは目の前にある墓標をぐるっと見回し数を数える。墓標の数は15個。

 つまり15人が戦って死んだという事だろう。


 ジャンは思ったよりも数が多かったのか、実際に殺し合いで死んだという事実に思い至ったのか、緊張のあまり唾を飲み込みその場を後ずさる。


 レオンハルトも同様だった。こういうとき、男の子はちょっとだけ情けない。


 ベアトリクスは腕を組み、考えを巡らせる。

「ふむ、ざっと見たが亡霊という感じはしないな、魂の残滓は感じられるが力もそんなに無いように思える。

 放っておいても無害だろうが、あまり近づいていい物でもない……か。人間が近づけば悪戯程度はされるだろう。いや、下手に精神の弱い幼子が近づくと危険かもしれんか……やはり破壊しておいた方が……」


 ベアトリクスが言い終わる前に。ルーシーが墓標に近づく。


「亡霊さんはいないのかなー? うーむ、この呪いのドラゴンロードであるルーシーが会いに来てやったのいうのに――」


「ちょっと! 姉ちゃん。女神様が近づくなって、危ないよ!」


 次の瞬間。

 ルーシーが無造作に触っていた墓標の一つから何か黒い煙の様な人影が現れ、ルーシーを飲み込んでしまった。


 その場に倒れるルーシー。

 ルーシーは意識を失ってしまった。



 ----------- 



 ルーシーは夢を見ている。


 そう、彼女はこれが夢だと認識している。

 そしてこうなった原因も覚えている。


 墓標に近づいた瞬間に亡霊に身体を乗っ取られてしまったのだ。


『我らをあざ笑う者ども、……許せん、呪い殺してやる!』


 どこからか低い男の声が聞こえる。

 ルーシーの意識ははっきりしている。夢にしては現実感がある。

 ならばと、ルーシーは声の主に返す。


「うん? 今、なんと? 呪い殺す? どうやって呪う? 興味がある。ぜひ、このルーシーに聞かせよ」


『なに! どういうことだ。お前は我が呪詛に飲まれているのに恐れ一つ感じないのだ。それに、なぜ自由に会話ができる。お前は我が憎悪を前にもがき苦しんで死ぬはずなのに!』


「ほう、憎悪に飲まれる。いいね! で、亡霊さんや。何に憎悪しているというのだ、その辺をもっと詳しく聞きたいのだ」


『何を言ってる。いや、貴様は一体何者だ!』 


「人に名前を聞く前にまず自分から名乗るのがマナーというものだぞ! まあ、我は寛大だから答えてやろう。我が名はルーシー。漆黒の災厄、憎悪の君。全ての呪いを統べる者、呪いのドラゴンロードじゃ!」


 夢の中でルーシーは仁王立ちをし、満面の笑みで亡霊に対峙した。


『へ?』


 ………………。


 …………。


 ……。


 その亡霊は、旧エフタル王国の執行官筆頭のハインドと名乗った。 


 彼はエフタルを裏切った貴族を粛正するために東グプタまでやってきたが返り討ちに遭い逆にこの地で殺されてしまったそうだ。


 だが彼はマスター級の魔法使いであり、特に闇の魔術に傾倒していたため、死の直前に意識をこの地に縛り付け自身の目的を完遂するために亡霊となったそうだった。


 ちなみにハインドとは本名ではないらしい。元の名前は執行官になったときに捨てたらしい。亡霊となった今ではもう思い出せないという。

 死とは記憶を失わせるのだろうか。いや、そもそも死ねば魂は大地に帰るのだ。

 それでもなお、この世に執着する怨念が魂の一部をこの世に縛り付けるのだろうか。

 闇魔法が何かは分からないけどハインドが亡霊となって、この世にとどまることになったことに何か関係があるのだろう。

 

「ふむ、大体の事情は分かった。(本当は分かってないけど、ここは権威を保たないと、いつも突っ込むレオもいないしバレなきゃいいのよ……)で、その目的である。ルカ・レスレクシオンという亡命貴族を殺したいのだな」


『左様。であるが、我が身はこの地に縛られている。闇の魔術は未完成だった……』


「ふむ、気の毒な話だが。私も魔法は詳しくないしな。……ところで、お主はルカ・レスレクシオンに何をされたのじゃ?」


『よかろう、聞かせてやる。あれは私が王立魔法学院の学生だった頃……』


 ルーシーは夢の中で。亡霊ハインドの話を聞いた。


 ハインドとルカは魔法学院では同級生であったそうだ。


 貴族の産まれであったハインドは魔法の才能に恵まれ、周囲からは当代随一の天才だともてはやされていた。


 だが現実は違った。魔法学院に入学すると一度も成績ではトップになることはなかった。常に二番手に甘んじていたのだ。


 そう、トップの座は常にルカ・レスレクシオンであったのだ。

 おまけに、ルカは女性でありながら、学生時代の功績によって辺境伯の地位が内定していた。


 ハインドは挫折と嫉妬を味わった。それは闇に落ちるのに十分な理由であった。


 そして彼は闇の魔術に傾倒していったのだ。


「うん? それおかしくない? それってハインドの自業自得じゃん? ルカの何が悪かったのかいまいち分からないんだけど?」


『何を言う。我を侮辱するとは許せん。我が憎悪を小娘に何が分かるというのだ! やはり貴様は呪いのドラゴンロードではない!』


「いや、だから理解しようとしてるじゃん。でも全然わかんないよ。ま、私はまだ10歳だし学校に行ったことも無いし……そうか、学校に行けば色々分かるというものだ、見ず知らずの男女が同じ教室で生活すればきっとそういう歪な感情も理解できるかも」

 ルーシーは幼馴染であるジャンやアンナと、殺したい程の憎悪を抱く関係になるとは想像できない。絶対にそうはならないだろう。

 であるなら他国にある大きな学校に行けば、何かそういう憎悪が生まれるきっかけを見れるかもしれないと思ったのだ。


『ふ、貴様にそんな未来などあるものか。我が呪いの力によってお前はここで死ぬのだからな』


「だーかーらー、それ全然呪いじゃないし。どっちかって言うとハインド君のそれは。ただの嫉妬で……ぶふっ。いや。皆まで言うまい。くっくっく、嫉妬を拗らせてここまでなるとは……くっ……ぶふぅー」


 -----------


「――――ちゃん! 姉ちゃん!」


 目を覚ますと目の前にはレオンハルトの顔があった。


「ふぇ? ハインドは?」


「何言ってんだよ。大丈夫? 急に倒れたんだ。具合悪かったら言ってよ。心配するじゃないか」


 どうやら何事もなく意識は戻ったようだ。


「やはり呪いなどではなかった……。うーん、レオ私はどれだけ眠ってたの?」


「どれだけって、倒れてすぐだよ。眠たかったの?」

 

 ベアトリクスは少し怪訝な顔をしていたが何も言わなかった。

 ただ手の平をルーシーの額にあて熱を測る。


「うーむ、特に問題ないようだ。疲れがたまったのだろうて。少し休憩したら帰るとしようかの」


 レオンハルトにジャンやアンナは特に亡霊に襲われた節はない。ただ急に倒れたルーシーの心配をしているのみだった。


「ルーシーちゃん、調子悪いなら女神様におんぶしてもらったら?」


「いらん! そこは私のプライドにかけて拒否する!」


「なーんだ、レオがあんまり大きな声出すから心配したよ。でも本当に無理だけはすんなよ」


「無理などしておらん! 全部ハインドの奴が悪いのだ! ……そうだ、せっかく墓標に来たんだし、せめて花でも供えるとしようか。なんかいろいろ可哀そうな気がしてな……」


 子供たちはルーシーの意外な提案に驚いたが。すぐに納得した。この墓標には誰も来ない、汚れた石の墓標には名前は無く『エフタルの人』としか彫られていなかったのだ。


 花を探す子供たちの後ろ姿を眺めながらベアトリクスは思った。


(あの時、一瞬だけ死に至る呪詛を感じた。不覚にも矮小な魂だと侮って油断した結果だ……。

 だが子供たちは全員無事だった……。もしや呪いの権能が発現したのか。ふっ、ルシウスのやつめ。案外しぶといじゃないか。それに子供たちを守ってくれるとはな……)



 こうして、子供たちの冒険は無事、目的地で美味しいご飯を食べて墓標を綺麗に掃除し、お花を供えて終わったのだった。

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