4-5

「……でも、本当にあんたがいてくれてよかったわ」


 リビラが不意に真面目な顔になる。レイクは髪を撫でるのを止めて彼女を見た。


「あたし……あんたがいなかったら本当にパンクしてたかもしれない。つい一人で何でもやろうとして、いろんなこと抱え込んじゃうから……」


「……ああ、そうだな。物事を一人で抱え込むのは君の悪い癖だ。君はもっと人を頼ることを覚えた方がいい」


「頭ではわかるんだけど、いざその状況になると、どうしても一人で何とかしたいって思っちゃうのよね。たぶん人に弱み見せるのが嫌なんだと思うけど……」


「弱みを見せるのは悪いことではない。人の弱さを知ればこそ、その人を助けたいという気持ちも起きるものだよ」


「でも、幻滅されないかしら。街を守る立場の人間が弱音を吐くなんて……」


水晶魔術師クリスタル・マジシャンも人間である以上、悩んだり苦しんだりするのは当たり前だ。そういう君本来の姿をもっと明らかにした方がいい。でないと君自身が外面と内面との乖離に苦しむことになる」


「そうね……。難しいけど、なるべく努力するわ」


 リビラは頷いて言ったが、それでも彼女は今の姿勢を貫くのではないかとレイクは思った。彼女はそういう人だ。強い外殻を維持するため、自らの弱さをひた隠しにする。


「そう言えば……リビラ、君はシリカを水晶魔術師にする気はないのか?」


 レイクがふと思いついて尋ねた。リビラが不思議そうにレイクを見つめてくる。


「シリカにも魔力は継承されている。彼女を水晶魔術師にし、共に戦ってみてはどうだ? そうすれば君の不安も少しは軽減されると思うんだが」


「……あの子には無理よ。あの子の魔力は弱いし、魔物を召喚して戦うなんてできないわ」


「それは訓練でどうにでもなるだろう。君だって今でこそ氷結召喚フリージング・サモンを自在に操っているようだが、最初の頃は何度も失敗していたじゃないか」


「そうだけど……あの子の性格的にも難しいと思うの。あの子は怖がりだし、盗賊なんか見るだけで逃げ出したくなるんじゃないかしら」


「それも慣れの問題だろう。第一、盗賊と戦うのが恐ろしいのは君だって同じだろう?」


「それは……、そうだけど……」


 言葉を重ねてもリビラは気が進まないのか、追求から逃れるように乱れたシーツに視線を落とした。

 レイクは背中に回したリビラの手に力を強め、諭すように言った。


「リビラ、僕は君が心配なんだよ。君はトラウマを抱えながら一人で戦っているが、そんなことを続けていれば今にプレッシャーに押し潰されることになる。シリカだって、君が苦しみを抱えたまま倒れることなど望んでいないはずだ」


「でも……あの子あたしに言ったのよ。将来は薬剤師になってあんたのところで働きたいって……。あの子が薬学を頑張ってたことは知ってるし、あたしも応援してあげたいの」


「では君は、彼女が水晶魔術師にならなくてもいいと考えているのか?」


「……あの子の人生はあの子が決めることよ。あたしが口出しする筋合いはないわ」


 そう言いながらもリビラの顔には迷いが浮かんでいた。彼女自身、妹にどのような道を歩ませるのがいいのか決めかねているのかもしれない。

 レイク自身、もし本当にシリカが水晶魔術師になれば、またしても妬心に駆られるのではないかという危惧はあったが、だからといってリビラに孤軍奮闘を強いる現状を看過する気にはなれなかった。


「無論、僕とてシリカに無理強いをさせるつもりはない」レイクが言った。

「だけどね、リビラ。僕が君の身を案じていることは知っておいてほしいんだよ。本当なら、僕が水晶魔術師として君を守ってやれれば一番いいんだが、僕にはその術がない……。だからせめて、シリカに代わりにその役を担ってほしいと思ったんだ」


「……ええ、そうね、わかってる」リビラが弱々しく頷く。

「正直言うと……あたしもシリカには水晶魔術師になってほしいと思ってるの。せっかく魔力を持って生まれたんだから、父さんや母さんがしてたみたいに、一緒に戦ってほしいのよ」


「なら、その気持ちを正直に伝えた方がいい。シリカの願いは何よりも君の助けになることだ。君がそれを望むなら、彼女も自分が水晶魔術師になることを受け入れるさ」


 レイクは確信を持って言った。シリカが薬学を学びたいと言い出したのも、元々は姉の助けになりたい一心からだった。だから、薬剤師以上に姉を助けられる道があるとすれば、シリカは喜んでその道を選ぶはずだった。

 リビラの身を案じ、支えたいと考えているのは自分もシリカも同じ。違うのは、それを実現する術を持っているかどうかだけだ。


「……なんか悩み相談みたいになっちゃったわね。ごめんね、心配ばっかりかけて」


「構わない。僕にできることはこれくらいだからね。悩みの原因を根本的に取り除いてやれないのはもどかしいが……」


「いいのよ。あんたには他にやってもらうことがあるから。……ね、レイク先生、そろそろ手術の続きをしてくれない?」


 リビラが甘えるように身を寄せてくる。腕の中でしなる柔らかな肢体を感じていると、心の奥で疼いていた古傷が動きを止め、代わりに別の場所が疼き始めた。


 レイクは無言でリビラを見つめると、指を滑らせて楽園への扉を開いた。

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