第37話やるべきことはかっこよさを知ること

 界人は戸惑った視線で東山みなみを見つめた。


 まるで風邪を引いて熱に浮かされているときのような、涙に潤んだ目。


 まだ手を離していない肩も、制服の布越しであるというのに、なんだか掌から伝わる体温が増したような気がする。




 この高熱、この表情。それ以上に、さっきの言葉、かっこいい、とは?


 かっこいい……人生で一度も言われたことのない言葉に、界人は激しく戸惑った。




 かっこいい、とは……山の中ではあまり使わない感覚である。


 かっこいい、かっこいいってなんだ?


 界人は今までの人生の中で体験した「かっこいい」の記憶を辿って――愕然とした。




 かっこいいとは――アレだ。


 アレは秋も深まった頃の川、イクラ目当てで遡上してくるサケを祖父と獲りに行ったときのこと。


 産卵を終え、精も根も尽き果てて死に、川底に沈んでいるサケの死骸を指で示し、祖父は顔を厳しくして幼い自分に言い聞かせた。




 見ろ、界人。彼らはあんなにボロボロになってまで命を使い果たし、次の世代に命を繋ぐという使命を見事に全うしたのだ。


 いいか、見た目や着飾り方などでかっこいいかっこいいと言われている中身のない男はこの世に数多いが、本当にかっこいいとは彼らのような存在のことをいうのだ。


 界人、忘れるなよ。本当にかっこいいとは、たとえ命を失ったとしても、好いたメスと添い遂げることのできるオスのことを指すのだ。


 お前も男に生まれたなら、激流を遡り、滝を飛び越え、瀬の流れにも負けずにここまでたどり着き、卵を産んで、そして静かに死んでゆくあのサケたちのような、本当にかっこいい男になれよ――。




 界人は、流石に愕然とした。


 つまり――今の自分は、サケの死骸のようだ、と言われたことになる。


 あんなボロボロになって、白ちゃけて、ふやけて、カニやエビに身をつつかれているような……物凄くくたびれた男だと。




 東山みなみとは多少でも仲良くなったつもりであったが、こんな事を面と向かって言われたということは、嫌われているのかも知れない……否、間違いなく嫌われているのだろう。


 


 思わず、涙が出そうになった。


 はぶうっ、と口を両手で押さえ、猛烈な悲しさに耐えていると、東山みなみが慌てた。




「やっ、八代君……!?」

「あ、あんまり、あんまりだ……! たっ、助けたのにこんなこと言われるなんて……!!」




 界人がまるで乙女のようにぶるぶると震えると、東山みなみが目をひん剥いた。




「あっ、あんまりってなんですか!? 何か私、そんなに酷いこと言っちゃいました!?」

「ひっ、東山さん、俺のこと嫌いなんだ……! おっ、俺のこと、サケの死骸みたいにふやけた男だって……!!」

「え、えぇ!? そんなこと言ってませんよ!? 間違っても言ってませんよ!? っていうか、なんですかサケの死骸って!? どっから出てきたんですか!?」

「え――!? ちっ、違うの!?」




 界人は涙目で東山みなみを見上げた。




「か、かっこいいって、サケの死骸みたいな男って意味だろ? そんなこと面と向かって言われたと思ったら、俺、むちゃくちゃ悲しくて……!」

「そんなこと言ってませんよ!? 頭の中で何の化学反応があってそんなこと思ったんですか!? かっこいいってそういう意味じゃないですから!」

「じゃ、じゃあどういう意味なんだよ!? 東山さんは俺をどういう男だと思ったの!?」

「そ、それは――!」




 東山みなみが顔を真っ赤にして押し黙った、その瞬間だった。




「いやーん! 私にもヤマビルついてるぅ! 界人君、取って取って!!」




 榛原アリスだった。榛原アリスはビキニの胸元を指で差し、猫なで声を上げている。


 見ると――確かに、さっき指で弾き飛ばしたはずのヤマビルが今は何故か榛原アリスの胸元にいて、戸惑ったように頭をぐるぐる回転させていた。



◆◆◆



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