第10話 幸せのあとに

 玲奈は初めてだったみたいで、最初は少し痛そうにしていたけど、それでもだんだんと笑顔を見せてくれることが多くなった。

 俺の方も、杏奈とした時とは比べものにならない幸福感に包まれて、二人きりの時間を堪能していた。

 夢中になっていたから気づかなかったけど、気づけば時計の針は五時を回っていて、夜ご飯の用意を何もしていないことに気づく。


「あー……ごめんなさい」

「謝ることじゃないよ。そうだなぁ……適当にラーメンでも食べに行く?」

「それもいいけど、牛丼かハンバーガーか買ってくるのはどう? 本当は私が作ってあげたいんだけど……」

「それは明日からにしよう。疲れてるんじゃない? 買ってくるよ」


 そう言うが、玲奈は笑って首を横に振る。


「私も一緒に行きたい。ついでにペンギにも寄って買いたい物あるし」

「そっか。じゃあ一緒に行くか」


 玲奈が嬉しそうにベッドから跳ね起きる。

 散らばっていた服を着ている間に、先に服を着終えた俺が軽く後片付けをして玲奈の用意ができるのを待つ。

 しばらくして、薄くメイクで仕上げた玲奈が鞄を持って来たから、腕を組んで買い物に出かける。

 というか、間近で見て思ったというか俺の見る目がないだけなのかもしれないけど、玲奈はメイクをしててもしてなくてもマジで可愛いと思う。恋人フィルターを抜きにしても相当な美人だ。

 こういうところに日本語の難しさが出ると思うんだが、ついうっかりすっぴんの方可愛いよ、なんて言ってしまいそうになる。玲奈の場合はすっぴんの方だから絶対に間違うことはないんだけど。


「――隼人? 聞いてる?」

「え? あ、ごめん」

「考え事? 何考えてたの?」

「玲奈はいつでも可愛いな~って」


 そう言うと、玲奈は顔を背けて組んだ腕に強く力をかけてきた。


「私も、隼人はいつも素敵だなって思ってる」

「ありがと。で、ごめん何の話してたんだ?」

「えっとね。ペンギにはお惣菜もたくさん売ってるし、炊飯器にご飯余ってたからそういうの買うのもどうかなって」

「いいんじゃないかなそれで」


 ご飯があるのにわざわざご飯ものとかハンバーガーを買う必要はない。お惣菜で美味しく食べれる。

 今晩の内容を決めて、ペンギへの道のりを歩いていく。


「でも、残念だな」

「え?」

「そういうことシタあとに食べるジャンクフードは格別だって友達が言ってたから。実はそういうの試してみたいと思ってたんだけどね」

「そういえば初めてなんだっけ? 高校で彼氏とかは……って。高校でそこまでいったらちょっとあれか」

「そういう相手もいなかったし彼氏も隼人が初めてだよ。私、一瞬でも隼人以外の男になんて靡いたりしないし」


 思わずドキッとするような言葉に、動揺を見抜かれないように今度は俺が顔を背ける。

 どういう風に返せばいいのか分からずに頭の中でいくつもの言葉が流れていく。


「また今度試そうよ」

「今度?」

「うん。ほら、今日だけって訳じゃないんだし、機会ならいくらでもある」


 咄嗟にこれだと思った言葉を選んで口から絞り出したけど、どう考えても間違えた。

 これじゃあ俺がそういうことを積極的に望んでいるみたいに聞こえて、いやまぁ嫌ではないしむしろ玲奈とならもっと深い関係になっていきたいけどでもそれを実際に口にするとやっぱり印象としてはマズいかもしれないわけで。

 自分でも驚くくらい何を言っているのか分からない状態が続いて、玲奈はキョトンとした様子で俺のことを見ていた。

 でも、ぷっ、と噴き出すように笑って。


「そうだね。また今度にしようね」

「あ、うん」


 間の抜けた返事で返してしまう。

 それもまた面白かったのか、玲奈は笑いながらさらに体を寄せてきた。

 その様子が愛おしくて、自然と手が玲奈の頭に伸びる。

 さらりとした髪を優しく撫でると、肩に頭が触れた。


「――おーおー見せつけてくれちゃって」


 ふと、そんな声が聞こえる。

 買い物帰りらしい女性が、口に手を当ててニヤニヤと俺たちのことを見ていた。


「あ、みっちゃん」


 どうやら玲奈の知り合いらしい。と、そういえば一昨日玲奈と一緒に御堂にいた集団の中にいたような気がする。

 同じ学部の友達、といったところだろう。


「なに? 一昨日帰ったあともう付き合い始めたの?」

「うん。昨日から恋人」

「かぁ~! いいなぁ! これでますます惚気で耳が溶けるってわけね!」

「ちょっとその話は……!」


 すみませんどんな話か気になります。


「玲奈、いつもはどんな話を?」

「えー? 彼氏くん聞いちゃう~?」

「聞かなくていいし話さなくていいよ! じゃあまた学校でね!」

「あはははっ! じゃあね~。リア充爆発しろ~」

「みっちゃんだって彼氏いるじゃん!」


 ひらひらと手を振って玲奈の友達は帰っていった。

 正直、友達といるときの玲奈がどんな感じなのか気になったけど、残念。また今度聞かせてもらおう。


「聞いても面白くないよ」


 おっと。心を読まれていましたか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る