42 信頼を超えるもの

 タカは小さく、片手を振った。手下たちは散開し、ゆるやかに麗人れいとたち3人を取り囲み始めていた。一馬かずま江平えびらは怯むどころか、彼らの配置と人数を見てとりながら、心身の戦闘態勢を整えつつある。


 相手は10人、それぞれがパイプを装備している。一馬も江平も、この程度のハンデで臆しはしない。明らかな大人数を相手に手加減するつもりはなかった。いずれ警察が駆けつけてくるまでは、自分の身は自分で守らねばならないのだ。


 タカたちはすでに何人かを襲撃している。目撃者もいる。こちらもネットに盗難車の情報を上げている。誰かが警察に通報しているはずだ。タカが乗り捨てた広田ひろたの車が発見されるのも時間の問題だろう。それまで持ちこたえればいい。


 個人的事情につけ込み、自身の利益や欲望のために、相手を脅迫してまで利用する奴。

 自分のとるべき責任を、利己的な欲求から他人に無理やり押しつける奴。

 あまつさえ、仲間がそのために心を痛めている……しかも、その仲間がはっきりと「手を貸してくれ」とまで言ってきたのだ。

 これほどに自分勝手な、その上暴力的な連中を、一馬も江平も好意的に扱うつもりはなかった。


 ただ……一馬はちらっと横目で、麗人を見た。

 ――コイツだけは、戦力としてカウントできなさそうだけどな。となると、ふたりで10人相手か。ちょっとキツイが、まあどうにかなるさ。


「――お前、黒川くろかわが不在で、怖くねえのか」

 タカたちが乗る広田の車を捜して、自転車をこぎながら、一馬は麗人にたずねてみたものだった。もしかするとこの後、タカたちを相手に立ち回りになるかもしれない。そうなると戦力的に、黒川がいないのは痛手だった。木坂きさか麗人は、乱闘そのものは大の不得手のはずである。殴り合いになると、ひとりで何人もの相手をちぎっては投げちぎっては投げする黒川に対し、にこにこしながら「がんばれ~」などとほざくのが麗人という男だからだ。


「カズちゃん、きみちょっと、手品師をナメすぎ」

 麗人はいつもの微笑をかすれさせもせず、ちっちっと人差し指を振った。

「オレ、大騒ぎを怖いと思ったことないし。それに、黒川は今、あいつにしかできないこと、やってるから。オレですむことならオレがやるよ。そんだけ」

 こともなげな返事だった。


「いや、大騒ぎってのは違うだろう……」

「あいつは今も、ベストだと判断した行動をとり続けているはずだから。向こうでやるべきことが終わったら、きっとすっ飛んでこっちに向かうよ」

「……信頼って、やつか」

 心に思っただけのつもりだったのに、口に出してしまっていたらしい。

「信頼ぃ? 違うよぉ」

 麗人はあっけらかんと否定した。


「あんなおっそろしいヤツ、信頼なんてできるわけないじゃん。黒川はあーゆーヤツなのよ。オレはそれを、


 ――あいつがああいうヤツだってことを、客観的事実として知っているだけ。


 。……麗人はそれを、タメもせず、さらっと言っていた。


 一馬は軽い衝撃を受けていた。


 それは……ある意味で、信頼より深いんじゃないか?


 一馬をそんなふうに揺さぶった、腕っぷしがまったく頼りにならない自称手品師は、タカたちの包囲の中心で、恐怖などひとかけらも見せなかった。むしろ、いたずら好きな瞳がより一層輝いている。

「ここに机があったらなぁ、バンッって叩いて、ネタは上がってるんだ! とか、ドラマの真似ができるんだけどなあ」

「古くねえか」

 ついツッコミを入れて、一馬は自己嫌悪に陥った。嗚呼ああ。そんなツッコミしている場合か。これも条件反射というやつなのだろうか。


「まだ思い出さない? 幣原しではらルイちゃん」

「……聞いたことはあるかもしれねえな」

 ゆっくりと首を絞めつけられる不快感を押し殺し、タカは軽く首をひねるジャスチャーをした。

「ばりばりに聞いてるでしょ。マサキって人から」

 ……タカは答えなかった。というより、答えにつまったのだ。マサキの名前まで出してくるとは。


「なんだったかな」

「全部ぺらぺらしゃべってくれた人だよ」


 麗人はICレコーダーを操作した。そこから、マサキの興奮した声が聞こえてきた。マサキが黒川の演技にすっかり騙され、調子に乗って黒川を叩きのめし、勝ち誇ってルイやタカの事情を暴露するくだりを、黒川はスマホで麗人に中継していた。その音声を、黒川も麗人もそれぞれ録音しておいたのだ。幸いといおうか、黒川の声はうめき声に近く、ほとんど拾われておらず、マサキがひとりでしゃべっているに近い状態だった。全部を聞かせる必要はない。ルイの件はタカに対処をまかせた、とマサキが発言したあたりのところで、再生を止めた。


「ああ、思い出した」

 タカは片頬で笑った。内心で、マサキに毒づきながら。おしゃべりな野郎だとは思っていたが、もうちっと状況を考えろよ、あのアホが。

「そうそう、ルイさんの件では、相談に乗ることにしたよ。そうだった。それは認める。けど、どういう形で対処するかは、マサキはひと言もしゃべってないし、そもそもあいつは知らないんじゃないかな」


 つまり、マサキの発言は、証拠にはならない……。


「これ、見覚えある?」

 タカの話の流れを無視して、麗人が振って見せたのは、大判のストールだった。それがどうした、と言いかけてタカは、舌が重くなるのを感じた。……いや、見たぞ。つい最近……。


「あんたたちが乗ってた車に残されてたよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る