27 センスに欠ける人たち

 児童相談所の訪問が空振りに終わり、再度住処すみかである明洋めいよう高校男子寮に戻った麗人れいとは、着替えを済ませた。上半身白、下半身黒という服装になって、黒いジャケットをつかみ、地下鉄に乗った。駅で降りると、カリマンタン・カフェへ向かう。一馬かずま江平えびらが合図にそなえ、オープン席に移ったことは連絡が来ていた。席を確保したふたりは、何やらしゃべっていた。一馬はタブレット端末を操作しながら、ふと顔を上げて。


「何か武器持ってきたか?」

「うむ、これをな」

 江平が懐から出して見せたのは、扇子だった。少し大きいようだ。

「……これが武器?」

 センスないなあ、という駄洒落をうっかり言いそうになって、一馬は自分の発想にげんなりした。センスがないのはおのれ自身だ。タブレットを置いて、その扇子を持たせてもらった。なんとなく重いか。通常よりも硬い木でできていると、江平は言った。


「いくらなんでもこの状況では、竹ボウキを持ってくるわけにはいかなかったのでな」

 ……オープンカフェに、竹ボウキを傍らに置いて座る作務衣の大男。一馬は、あまりぞっとしない脳内映像を振り切った。さっきから何を考えているんだ俺は。


「さすがに鉄扇じゃないんだな」

 一馬は、扇子が武器というと、鉄扇か、長く続いたシリーズ時代劇くらいしか思いつけない。せめてセンスのかわりの冗談、くらいの気持ちで口にすると、江平に真顔で返された。

「鉄扇では、相手の額が割れるぞ。冗談ではすまなくなる」

「…………ごもっとも」


 武士の時代ならまだともかく、現代社会でそれはまずかろう。江平の薀蓄うんちくによると、昔の鉄扇は開けるものと開けないものがあったそうで、開けない鉄扇ってそれは単なる鉄の棒とどう違うんだというのが、一馬の身も蓋もない感想だった。どちらにしてもかなり重いものだっただろうが、江平なら平気で扱えそうな気もする。


「ん、どうした江平」

「……己で話して、鉄扇で額を割られるところを想像してしまった……」

「……相変わらず、妄想力がエグイな」


 気分が悪くなってしまったらしい江平は、テーブルに突っ伏した。「自己完結」「内気循環」の看板を背負って。このふたりの会話ってマジメそうでヘンなんだよね、と思いながら、麗人は席に加わった。――この感想を一馬と江平が聞いたら、おそらくまったく違う見解が出てくるのだろう。


「何か言ってきた?」

「何も」

 簡潔に一馬は答えて、タブレットに目を落とした。

「何やってんの?」

「事件について、何かヒントでもないかと思って」

 と答えながらも、一馬はうんざりしたように大きく息をついて、タブレットを押しやった。

「収穫ゼロ」

「当然であろう。まだ新たな手掛かりが出ておらぬ。焦っても仕方あるまい。黒川の連絡を待つしかなさそうだな」

 重いため息をついた一馬を、江平がそうねぎらった。


「……なんか食べた?」

「それなりにな。お前こそ、まだなら早く食った方がいいぞ」

「ん、そーしよ」


 麗人は屋内のカウンターを再訪して、アイスレモンティーとサンドイッチをオーダーして、席へ戻った。カフェのため、がっつり食べられる系のメニューはない。それでも空腹よりはずっといいだろう。


 いつの間にか日没を迎えたらしい。オープン席もゆっくりと暗がりに沈み始めていた。


 かじり始めたところで、麗人のスマホが、妖艶な「タブー」のメロディを奏でた。往年のコメディアンがストリップのコントで使用した曲で、名曲ではあるのだが、日本人にはそこはかとないおかしみを感じられるかもしれない。一説によると、麗人はこの着信音を朝の目覚ましにも使用しているとのことだ。その着信音はなんとかならんか、と一馬は言いかけたが、麗人が通話を始めてしまったので自重した。


 相手は黒川くろかわらしい。麗人は、一馬や江平ともうしばらく待機する旨を話していたが、不意に口調を変えた。


「脅迫? ルイちゃんを? ……やっぱり、職権乱用、ってワケ?」


 何か気持ちの悪いものが喉をつらぬいたような気がして、一馬は息がつまったように感じた。江平も、眉を寄せて上体を不快げに引いている。


 電話を終わらせた麗人の顔は、いつもの微笑がかげりを帯びていた。


 そういうことか。一馬も江平も、無言のまま視線をかわした。もう、事情がわかってしまったような気がする。


「何だって?」

 それでも一馬は、麗人に事情説明を要求した。正確な情報を得るために。たとえそれが、心辛くなる話であろうと。それが、黒川が彼らに求めた「手助け」になるのならば。


 麗人は話した。広田ひろたが襲撃されて倒れているのを、黒川が発見したこと。広田を襲ったのは、「タカ」なる人物に率いられた半グレの男たちであったこと。ルイがどこにいるのかは不明であること。タカとルイの関係性も不明で、ルイについては、タカと積極的に同行している、タカに拉致されている、どちらの可能性もありうること。そして広田は、ルイを脅迫し、従わせ、傷害事件を起こさせていたこと……。

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