第16話 夢の終わりと始まり

 学校に行くと、ちょうど昼休みだったので教室に行く前に職員室に入った。

 ぼくにはやるべき事があった。

「先生」

 中本先生は弁当を取り出しているところだった。

「遅かったじゃない」

「あの」とぼくが言う。

「退学届け、返してほしいです」

 中本先生は悪戯っ子のようにニヤリと笑った。

「ちょっと付いて来てくれる? 金木君に言いたい事があるの」

 誰もいない生活指導室に連れて行かれる。

「なんでしょうか?」

「退学届けは返さない」

 と先生が言った。

 えっ?

「私が預かっているから大丈夫」

「……」

「言ったよね? 私の言う事を聞いたら返すって」

 先生は上目遣いで、不敵な笑みを浮かべていた。

「これからどんな命令をしようかなぁ。楽しみ。君は大人を舐めているし、まだまだ未熟だから、これから先生が色んなことを教えてあげる」

  

 

 学校の授業が終わって、久しぶりに多目的ルーム2に行った。

 誰もいなかった。

 机を出して椅子に座る。

 うさぎも来ていない。

 それでもいい。

 ぼくはぼくがやるべき事をやるだけ。

 何も書かれていないノートを広げる。

 何かが書けそうだ。

 作家を目指す青年の物語が書きたかった。そんなキャラクターの小説を書きたかった。

 どういった主人公がいいだろうか?

 努力家であるべき。

『努力』という言葉を『環境』や『習慣』に変換することができる主人公。

 どういう人物なんだろうか? 

 作家を目指しているから一生懸命書く。それだけじゃあ足りない。

 作家を目指しているから自分が書き続けることができる環境を作る。ぼくにとっては部活を作る事だった。そして家に帰ってからも必ず書く習慣を身につける事だった。

 たくさん女の子のキャラクター達が登場するけど、メインヒロインは小説がいい、と思った。

 小説がメインヒロインの小説。

 ずっと落としたい相手は小説だけ。

 ほとんどの人が夢を諦める。

 だから夢の終わりを書きたかった。

 ぼくは小説を書くのをやめようと思った時、これも小説で使えるんじゃないか、って考えていた。

 ぼくは書くのをやめる事はできないんだろう。それは夢というより、ぼくの場合は呪いのようなモノだった。

 だからぼくの作品では夢の終わりを書いたとしても、呪われているのだから、また夢に戻って来るだろう。

 作家になりたいところから始まり、作家になれない旅をする。そして諦める。だけどまた夢の始まりに戻って来る。

 そんなモノが、ただただ書きたかった。

 書きたいから書く。

 弱くて負けっぱなしのぼくだから書ける作品。

 ぼくだから書けるキャラクター。

 ぼくしか書けない物語。

 母親が倒れた時も、小説をやめようと思った時も、いつか小説を書くための話になりそうだとぼくは思っていた。

 どこまでいってもぼくの人生は物語を書くための資料でしかなかった。



 息をするのも忘れて物語のデザインをノートに書き込んでいた。

 一段落してから顔を上げると部屋にダンボール職人がいた。 

 髪の毛に隠れてわかりにくいけどコチラを見ている。

「何を作ってるの?」

 ぼくは尋ねた。

「……」

 髪が長く、顔が見えない。

 一条渚は、クラスでイジメられているらしい。

 きっと人との壁を作るために髪を伸ばしているのだろう。

 一条渚。

 彼女の入部をぼくは断っていた。だけど七瀬うさぎが受け入れた。

 入部してもいい、とうさぎは言ったのだ。

 うさぎがいいと言うなら、ぼくに断る権利が無いように思えた。

 たしかに中学生の頃の彼女とは別人だった。

 中学生の頃に一条渚のことをぼくはゾンビ子と呼んでいた。

 ぼくが大っ嫌いだった女の子。

 なぜ彼女はこの部活に入部したんだろうか? 

 もしかしたら小説を書くためのに役に立つストーリーがあるかもしれない。

 それに彼女はキャラクターとして面白い。

 一条渚の目の前にぼくは座る。

 彼女の前髪をのれんのように掻き上げた。

「君はどうしてココにいるの?」

 懐かしい顔がそこにはあった。

 

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