第8話 俺はさらなる敵を作ってしまったかもしれない
この前の休日。
久しぶりに街中で遊べたのは楽しかった。
遊ぶというよりも、昔行きたかったところを回る観光に近い。
莉子と一緒の時間を作れただけでも前進しているはずだ。
知っている人らがいる学校とは異なり、落ち着いた環境下だったことも相まって充実した休みを満喫できた。
これからはもっと彼女との思い出を作ろうと思った。
「んー、今週も頑張らないとな」
月曜日。
今いるところは、部活棟であった。
昼休みになった直後。お前暇そうにしているから手伝えと、午前の授業終わりに、担任の女教師に言われ、しぶしぶと協力する羽目になっていたのだ。
朝陽は、呼び出された部屋へ向かっている最中だった。
担任教師は、進路指導室の業務も請け負っていて、来月から始めるための準備をするということだった。
話によれば、本校舎の方ではなく、部活棟の方でしか部屋を確保できず、今に至るらしい。
部屋に足を踏み入れると、そこには机と椅子が数人分。その他に、資料が入っているであろう段ボールが五つほど置かれてある。
朝陽は先生の指示に従って、段ボールから用紙の束を取り出す。
その用紙を見ると、企業や大学の情報が記されてあったのだ。
進路指導の時に使用すると思われる。
「先生さ。教頭先生に、来月から進路指導をしろって言われてるわけよ。私、こういうのをやりたくわけなのよ。自分だけの仕事を終わらせて、自宅でリラックスしたいのよね」
先生は昼休みの時間帯。
殆ど誰も見ていない場所で、学校に対する愚痴を口からはいていた。
表情を見る限り、相当ストレスが溜まっているように見える。
先生が変なことをしているのでは、という発言は出来なかった。
朝陽はただ先生の様子を見て、大変なんですねと相槌を打つように対応する。
この先生を引き立てた方が、今後の学校生活を安全に過ごせると思ったからだ。
「そういや、朝陽って、クラスでは大丈夫か?」
「⁉」
なんで急にそんな発言を⁉
いつも気の強い先生にしては、優しい一言だった。
「だってさ。お前って、入学当初の挨拶がヤバかったものな」
先生は思い出し、笑っていた。
「なんて言ったっけ。俺は何とかの異能力者だとか」
「そ、それは、今はか、関係ないですよね」
「まあ、いいじゃんか。でも、自分の好きなことがあるってことはいいと思うけどな。私はそんなにやりたい事とか、明確な趣味もなかったしさ。まあ、酒とか、競馬とか。そういう趣味はあるけどな。競馬に勝った後は、ラーメン食って帰るっていうのもつまらなくはないけど。ある程度、変な方が楽しいかもな」
いや、先生には絶対に言われたくないセリフなんですけが……。
心内で、朝陽は盛大なツッコみを入れた。
「でも、少しはクラスの奴らとも仲良くした方がいいかもな。私から言えることはそれだけ。というか、一年生であっても進路指導室に来てもいいから」
変に気の強い先生かと思っていたが、そこまでハードルは高くないようだ。
一応、先生なりの優しさなのだろうか。
まあ、普段からの仕事のストレスも重なって、口が悪くなっているだけかもしれない。
「あとのことは私一人でやれるからさ。それと、これあげるから」
「パンですか?」
「そうだ。あまりものでな。昼休みに手伝ってくれたお礼だ」
「ありがとうございます」
朝陽はそう言って頭を下げ、その部屋を後にしたのだった。
「パンを貰ったけど。今日は持ってきてるんだよな。まあ、後で食べるか」
そう呟き、手にしている袋パンを見て、本校舎へ戻ろうとする。
刹那、部活棟の入り口から出ようとしたところで、副生徒会長と偶然にも接触を果たすことになった。
「朝陽、ぐ、偶然だな」
「は、はい。そうですね。どのような用でしょうか?」
いきなりの遭遇なのか。
だが、雰囲気的に、予め来るのを待っていたような感じもする。
せめて、要件が変な感じでなければいい。
それだけを朝陽は願っていた。
「朝陽にはな、つ、伝えたいことがあって」
シュシュで縛ったポニーテイルな姿が凛々しくも見える先輩。
そんな先輩から直々に何を言われるのだろうか。
まさかとは思うが、生活指導的なことかな。
日頃から
また面倒なことに?
そんな不安がよぎる。
だがしかし、先輩の表情を見てみると、どこか頬が赤く染まっているように見えた。
え……今回は違う?
どういう心境なんだ⁉
「あ、あのだな」
桜井先輩は口をモゴモゴさせながら、何かしらの発言をしようとしている。
その序章。
先輩は勇気を振り絞っているのだ。
いつもなら動じることなくハッキリとした物言いなのに、今日は特に違っていた。
「あ、あ……あのさ」
「なんでしょうか?」
朝陽は先輩の様子を伺う。
だが、先輩は同じ言葉の羅列になっていた。
それ以上、先のセリフを口にしてくれないのだ。
壊れてしまったラジオのように、さっきほどよりも顔を赤くヒートさせていた。
「どうしたんですか? 具合でも悪そうですけど」
「ち、違う。そうじゃないんだ。なんていうか」
桜井先輩はさっきからそればかりだった。
そんな中。背後からのオーラを感じた。
いつも慣れ親しんだ風が吹き、朝陽の背後を襲うように抱きついてくる。
「朝陽、こんなところにいたんだねッ!」
積極的な彼女の名は言わなくてもわかる――
突然、背後に伝わる胸の膨らみに、朝陽は動揺してしまった。
疚しい感情に襲われ、色々と硬直してしまうのだ。
「急に何?」
「何って、私、探してたんだよ。一緒に食事をしよ」
「そ、それはいいんだけど」
朝陽は震えた声で、チラッと背後へ顔を向ける。
由愛は周りの視線など気にすることなく、抱きついているのだ。
ましてや、先輩がいる前で、こんなことをしないでほしい。
「な、何、その子は? 朝陽って、あの子と付き合ってたんじゃないの⁉」
「えっとですね。この子は、単なるクラスメイト――」
詳細に説明しようとした頃合い。
背後にいた由愛が、朝陽の横にやってきて、右腕に抱きついてくるのだ。
「私ら、付き合っているので、ねッ!」
「……え⁉ そういう約束は――」
彼女のとんでも発言に、場の雰囲気が冷え固まってくる。
「なッ、そ、それって、浮気ってことなの?」
「そうじゃなくてですね」
「……君って、そういう人だったのね。こ、これは、もう少し指導の仕方を見直した方がいいかもね」
桜井先輩の背後からは、業火の力がオーラとなって具現化されてきていた。
隣にいる由愛はニヤッとした笑みを浮かべているが、朝陽は次第に悪鬼のような状態になりつつある先輩を目にすることにしかできなかったのだ。
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