トラの爪

杉山さんの施設案内も終わり、事務室で休んでいる最中、彼女が興味深いことを口にした。


「実はこの映画館には隠された地下室があるんですよ!」

「地下室ですか……?」


映画館内を一通り歩き回ったが、地下につながるような階段や通路は見当たらなかった。

隠された地下室ということは、特殊な抜け道があるということか。


「地下室のことを教えてもよろしかったのですか!?」


断罪者が少し驚いた表情で杉山さんに話しかける。

何だろう……。地下室には知られたくない秘密でもあるのだろうか。


「大丈夫です。坂田さんはこれから私たちと共に活動していく仲間なのですから。隠し事は無しです。」

「まぁ、杉山さんがそこまで言うのなら……。」


断罪者は渋々といった様子だが、それ以上は特に行ってくることはなかった。


「ついてきてください。ご案内します。」




—————————————————




「シアタールームですか……。ここに地下への抜け道が?」


杉山さんに連れてこられたのは館内のシアタールームだった。

ここは都会の映画館というよりは、町の小さな映画館といった見た目で、シアター内も200人も座れるか怪しいほどの座席数だ。

現在は杉山さんがアジトとして使っているということは、とうの昔に潰れてしまったのだろう。

当然スクリーンには何も映し出されていない。


「そうなんですよ。まぁ、もし侵入者がいてもこんな場所から地下に繋がっているなんて思いもしないですからね。」


笑いながらそう話す彼女はとある場所で立ち止まる。


「ここです!」

「これは……。清掃用具入れですか?」


目の前に移るのは少し大きめの清掃用具入れという名のロッカーだった。


「まぁ、清掃用具入れなんですけど、実は……。」


そういって杉山はリモコンのようなものを取り出す。


「それは何ですか?」

「このロッカーを開くための装置ですよ。まぁ見ていてください。」


彼女がリモコンを操作すると、ロッカーのドアが開かれた。

中はぱっと見何も入っていないが、よく見ると床が底抜けており、梯子がかけられていた。


「この先に地下室が……。」

「そうです。ここならあまり怪しまれることもないですし。」


そういって杉山さんは梯子を使って降りていく。


「……。」

「———何してんの?早く降りなさいよ。」


俺が躊躇していると、断罪者に急かされる。

降りた先で殺されるとかないよな……?

少し不安になりながらも梯子を使って降りる。

薄暗い中、降り始めてから3分ほど経った頃だろうか。

地面から明かりが飛び込んでくる。


「おおっ……。」


降りた先の光景に思わず声を出してしまった。

目の前に平がるのはまるでアパートやマンションの一室のような、家電製品や家具が並ぶ生活感にあふれた空間だった。


「ここが地下室ですか……。」

「はい。まぁ、地下室といっても生活するための最低限の部屋といった感じです。」

「最低限の部屋?」

「映画館にはキッチンや安心して休める場所が無いですから。こういった場所を地下に設けたのです。」


杉山さんの話を聞く限り、組織としていつでも襲われる覚悟があるということだろうか。

確かに映画館の入口のドアが壊されたら大事か……。

まぁ、さすがにそんなことをする馬鹿はいないと思うけど……。


「坂田さん。珈琲はお好きですか?」

「まぁ、人並み程度には。」

「それは良かったです。」


彼女はそういうと、部屋に設置されていたコーヒーメーカーを起動させる。

しばらくすると珈琲が抽出され、部屋の中で珈琲の心地よい香りが広がる。


「どうぞ、お掛けになって下さい。」


杉山さんに言われるがまま、ソファーに腰掛ける。

ソファーは柔らかく、身体が沈み込んでいくようだった。

彼女もまた、俺の向かい側に座ると口を開いた。


「さて、これからの話をしましょうか。」


切り出される話題。

それは俺の今後に関わる重要なことだった。




—————————————————




「実はこの地下室は、とある場所に繋がっているんです。」

「とある場所ですか……?」


目の前に座る杉山さんの雰囲気が変わった気がした。

その雰囲気は、いつしか感じたことのあるものだった。


「はい。私たちはその場所を"聖域"と呼んでいます。」

「聖域……。」

「宗教染みたお話をして申し訳ないのですが、その聖域には井戸がありまして……そこに供物を投げ込むと、願いが叶う時があるのです。」

「それは、興味深い話ですね。」


俺はオカルトみたいな話をされても信じるといったことはしないが、話している杉山さんとそれを背後で聞いている題材者の顔つきはまるでサンタクロースを信じている子供の様だった。

しかし、井戸というワードがどこか引っかかっていた。


(なんか聞いたことあるんだよな……。なんだっけ。)


「今、般若に一度聖域の安全確認を行ってもらっています。それが終わり次第、私たちも向かいます。」

「あ、はい。わかりました。」


結局胸に残る違和感の正体にはわからないままだ。


「とはいっても少し時間はかかるでしょうし……。断罪者、買い物に行きますよ。」

「買い物ですか?」

「はい!夜は坂田さんの歓迎会をするんですし!」


杉山さんが目を光らせながら話す。

……え、歓迎会ってなに。


「そんな無理に歓迎会を開かなくても……」

「無理なんかじゃありません。新たな革命を起こす仲間として、大切なことなのです。」

「そうですか……。」


別にいいんだけどな……。

ほら、断罪者も面倒くさいって表情しているし。


「というわけなので、買い物に行ってきます。」

「…いってらっしゃいませ。」


部屋の三つのドアのうち、一つのドアを開ける

ドアの奥には暗い道が続いているようだった。


「この部屋の設備は自由に使って大丈夫なので、ゆっくり休んでいてください!」


そんな言葉を残して、二人は奥へと進んでいった。




—————————————————




「疲れたな……。」


今日はあまりにも濃い一日だった。

有栖が拉致されたけど

そのおかげで俺はエンプレスを自然と抜けることができたし。

色々そのままにしてきたけど……。

まぁ、平田が何とかするだろう。

色々一日でありすぎて疲れた。

今日はもう何も考えたくない。


「設備を自由にね……。」


俺は部屋の中を少し調べることにした。

実際に食事をとる場所と聞いていたこともあり、本当に人が今まで暮らしていた部屋だと感じる。


「ここは……。」


ふと開けたドアの先には洗面所とバスルームが設置されていた。

そういえば、今日はまだシャワーすら浴びていないし、午前中に汗もかいた


「シャワーでも浴びてリフレッシュするか。」


いきなりバスルームを使うというのはハードルが高いものだが、それ以上に身も心も洗い流したい気分だった。

気付けば俺は仮面と服を脱ぎ、バスルームへと入る。


バスルームは一般的なもので、人ひとり入るには十分な広さだった。

なんかテンション上がるな……。

俺はハンドルを動かしてシャワーを出す。


そんな時だった。


「———ん……?何の音だ。」


どこからか、“バキッ”っと大きな音がした気がした。

ここは地下室だし、気のせいだろうか。

俺は気にせずシャワーを浴びる。

耳に鳴り響く水の音が心地よい。

今までの疲れを洗い流してくれる。

もうそろそろ上がろうか。

そんな時だった。


「——————————————っ!?」


突然バスルームの扉が開かれる。

誰だ!?

腰から足元まで何者かに掴まれ、首を押さえつけられる。

身動きが全く取れない。

襲撃か……!?なんでこんなタイミングで…!

このまま死ぬのか……。


自身の死を覚悟した瞬間、相手が持つ妙な形のナイフが視界に移る。

そのナイフは鋭く湾曲しトラの爪の形をしていた。

しかし、どこか見たことがある。


その時、ナイフを持った人物が俺の前方に回り込んだ。

相手の顔がはっきりと視界に映し出される。


はっきりと……


……は?



「平田に……黛ですか?これは一体なんの冗談です……?」



目の前に現れたのは、史上最悪の存在だった。








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