冥土の拷問
とある一室。
部屋の中は薄暗く、天井に吊るされた小さなランプが唯一の光源だった。
その光に照らされ、男は目を覚ます。
見知らぬ部屋———
(何処だ。この部屋は)
記憶を辿り、自分が最後に起きていた記憶を思い出そうとした。
「……ッ!」
猛烈な頭痛に襲われる。
まるで鈍器で殴られたかのような痛み。
だがそれは一瞬で治まり、痛みも嘘のように消えた。
「…………」
周囲を見渡すため、体を起こそうとした瞬間だった。
体が起こせない。
いや、正確には体を動かせないのだ。
まるで金縛りにでもあったかのように、ピクリとも動かない。
どうなっているんだ? そう思いながら視線を動かすと、自分の身体が鎖に繋がれていることに気付いた。そして、その鎖は今自分が寝ているベッドの足に繋がっていた。
そしてようやく自分が今置かれている状況に気づく。
監禁されているのではないかと。
自身の置かれている状況に困惑しつつも周囲に人がいないか確認する。しかし、この部屋にいるのは自分一人だけのようだ。
一度大声で助けを呼んでみようと口を開ける。
その時だった。
――ガチャリ。
突然部屋の扉が開かれ、そこから人影が飛び出してきた。
「っ……!?」
「ようやく起きましたか、おはようございます。」
目の前に現れたのはメイド服を着た少女だった。
その手には工具箱のようなものが握られている。
俺はなぜこんな場所にメイドが入ってきているのか理解できなかった。
しかし彼女は気にした様子もなく続ける。
「ずっと起きないから心配していました。」
「え? は? 」
目の前の少女に見覚えはない。
そんな彼女は俺を心配していた。
何故———
その瞬間だった。
腹に猛烈な痛みが襲いかかる。
少女が俺の腹を金槌で殴打したのだ。
「……っ! な、何をする!」
突然の攻撃に俺は怒りを覚えた。
しかしそんなことを気にもとめず、彼女は言葉を続ける。
「貴方がなかなか起きないせいで私とご主人様の大切な時間が奪われたんですよ?普段ならすぐにでも殺してるところです。」
そう言いながら彼女はもう一度金槌を振り上げる。
そしてそのまま振り下ろした。
さっきよりも強い衝撃が腹部を襲う。
あまりの痛さに意識を失いそうになる。
だが、ここで気絶すれば確実に殺されるだろう。
俺は必死に耐えて声を上げる。
「や、止めてくれ……」
俺の言葉を聞いた彼女は一切表情を変えず、今度は頭上から金槌を振り下ろそうとする。
もうダメだと思ったその時だった。
彼女が持っていた金槌はいつの間にか彼女の手から離れていて床に落ちていた。
「———冗談です。ここで貴方を殺してしまっては我々のご主人様の計画が台無しになります。」
「……え?」
俺には何が何だかわからなかった。
彼女のご主人様とやらの計画に巻き込まれる理由が思いつかない。
俺が困惑している中、彼女は話を続ける。
「【上島大貴】さん。警察上層部の貴方にお聞きしたいことがあります。」
俺は彼女の言葉を聞き、背筋が凍った。
何故なら彼女は『俺の名前』を口にしたからだ。さらには警察官ということも。
「どうして……俺の名前を……!?」
「私達は何でも知っていますよ?貴方が警察で何をしてきたのかもね。」
「……!」
俺の顔色が変わったたことに気が付いた彼女だが、一向に顔は無表情のままだった。
「そう身構えなくても大丈夫ですよ。これからすぐにどうこうしようと思ってはいませんから。ただ、ちょっと質問があるだけです。」
彼女は淡々とした口調で話し続ける。
「貴方にはガーディアンズについて知る限りの情報を教えていただきたいのです。」
投げかけられた発言から俺はメイド服を着た少女の正体に気づいた。
「お前……エンプレスの関係者か!」
「正解です。」
俺がそう叫ぶと彼女はあっさりと認めた。
まさか現代ではあり得ないようなメイドの格好してる奴がエンプレスの関係者なのか。
頭を中で様々なことを思考している俺のことなど見向きもせず彼女は続けた。
「もう私からの話は必要ありませんね。ではさっさとガーディアンズについての情報を洗いざらい吐いてください。」
「俺がそう簡単に情報を吐くとでも?」
そんな俺の言葉を聞いた彼女は、床に落ちていた金槌を手に取り———
「答えないなら答えさせるまでです。」
俺の右脚に躊躇なく振り下ろした。
何度も何度も何度も……。
俺はあまりの痛みで声を上げることも気絶することも出来ず、ただ黙って彼女の暴行に耐えるしかなかった。
なかなか口を開かない俺に嫌気がさしたのか、彼女の金槌を振う手が止まった。
俺の右脚は何度も金槌で殴られたことで骨が砕け、大きく腫れ上がり、流血していた。
俺が激痛を耐えている中、次に彼女から発せられたのは絶望の一言だった。
「まだ喋りませんか? なら次は爪を剥ぎます。それでもダメなら歯を抜きましょう。ああ、でも歯を抜いたらまともに喋れなくなりますね。困りました。」
彼女はそういうと金槌を投げ出し、工具箱のような物からペンチを取り出した。
そして俺の右手の親指にそのペンチを向ける。
————爪剥ぎ
それは、尋問の際などに用いる拷問の中で極度の痛みを与える。
日本の戦時中においても実際に行われたと言われている。
現代では専用の機械まで存在する。
ペンチが右手の親指の爪を掴み——
力が込められた。
「ああぁああっっ!!??」
初めての痛みに、思わず悲鳴を上げる。
右手の親指の爪はもう剥がされてしまった。
しかし彼女は止まらず、隣指である人差し指にペンチを向ける。
「やめろ! わかった! 喋る!」
俺は恐怖と痛みで狂いそうになる中、声を振り絞って叫んだ。
彼女はそれを聞くと手を止めた。
「ようやくですか、ありがとうございます。私も鬼ではないので、お話ししていただけるのなら何もするつもりはないです。」
彼女はそう言うとボイスレコーダーを取り出した。
この女……狂っている。
だが、このまま黙っていても殺されるだけだ。
今は彼女に従うべきだろう。
「———でも、やっぱりご主人様との時間が奪われたことは腹立ちます。」
その瞬間だった。
俺は生まれて二度目の爪が剥がれる音を聞いた。
「うあああぁっ!!!!」
あまりの痛みに悲鳴を上げてしまう。
俺の体は全身で悲鳴をあげていた。
「あら?どうかしましたか?」
そう言って彼女は俺の手から二度目の、爪剥ぎを行った。
「うぐぅ……」
痛いなんてものじゃない。
涙で視界が滲む。
「では、ガーディアンズの情報を教えてください。」
激痛に苦しむ俺の顔を見る彼女の表情は一度も変わることはなかった。
笑うことも、泣くこともなく、ただ無感情に、無機質に……まるで機械のように俺を見下ろしていた。
————————
「これが俺の知る限りの情報だ……。」
ガーディアンズの情報を彼女に伝えた俺の体は既に満身創痍だった。
「……どうやら全て本当のようですね。」
彼女は俺の情報を信じてくれたらしい。
そのことにホッとしつつ、俺は話を続ける。
「なぁ、もう全て話したんだから解放してくれないか…もちろん二度と警察にも戻らないし関わらずに隠居するつもりだ……」
そんな俺の言葉に彼女は首を傾げ———
「何を言っているのですか?こちらは助けるなんて一度も言っていませんが。」
「……は?」
唖然とする俺を他所に彼女は続ける。
「貴方は役目が終われば死ぬだけですよ。」
俺は目の前が真っ暗になった。
死ぬ———?
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
「頼む!何でも言うこと聞くから!」
「貴方からは情報を得るだけで十分です。」
「なら俺がエンプレスに入って警察のスパイになるのはどうだ!」
「大丈夫です。むしろ貴方のような人間が私達の組織に入る資格はありません。」
必死の訴えも虚しく振られるだけだった。
そして彼女は工具箱のようなものから液体の入った注射器を取り出す。
「それは……?」
「組織の優秀な化学者が作成した自白剤のようなものです。最後に貴方が隠し事をしてないかの確認です。」
自白剤——?
「この薬は自白剤として優秀なのですが、薬を打たれた者は激しい副作用により死亡します。」
そう言って彼女は俺の首筋に注射器を向ける。俺は声を荒げる。
死ぬ—————。
「俺は隠し事なんてしていない!だから打たないでくれ!」
俺は必死に抵抗するも虚しく、首筋に針を突き刺された。
そして中に入っている液体は体内に入っていく。
だが特に体に異常はないようだ。
「何も変化がないじゃないか…やはり嘘だったんだな……」
「いえ、すぐに効果が表れるはずですよ……」
すると突然、全身から汗が吹き出し体が熱くなりだした。
まるで辛い風邪を引いた時のような感覚だ。
「なんだこれ……熱い……苦しい……」
「この後貴方は勝手に隠していた全ての情報を自白するようになります——」
何を言っているのだろうか。
視界がぼやけ、彼女の言葉もまともに聞き取れない。
死にたくない。
死にたくな—————
———————
「結局隠し事も特になく、全て吐いたということですか。」
ボイスレコーダーの録音機能を止め、携帯電話を取り出す。
彼女の視界には横たわり二度と動くことはない男が映っていた。
『———もしもし、ご主人様ですか。』
『ガーディアンズの情報を得たのでこれからアジトに帰還次第お伝えいたします。』
『はい。わかりました。それでは。』
“ご主人様”との通話を終えたメイドは———
「とりあえず死体処理班を待ちますか。」
箱から取り出した一本の煙草に火をつけた。
——————
エンプレス直属の死体処理班が現場に到着する。
「ようやく来ましたか、お疲れ様です。」
彼らを出迎えたのはメイド姿の格好で火のついた煙草を口に咥えた少女だった。
彼女が着ているメイド服の背中には赤色の王冠が描かれていた。
それは、紛れもなくエンプレスを象徴するマークだった。
「“冥土”様。お疲れ様でございます。あとはこちらで処理いたします」
部屋に入る死体処理班を最初に襲ったのは猛烈な鉄臭さだ。
血の匂い。
原因は目の前にある“人の形をしていたもの”だろう。
それは鈍器のようなもので数十回、数百回と殴られた形跡だった。
部屋中には肉片や血が飛び散らかしていた。
「これは、冥土様によるものですか?」
彼らの問いに彼女は躊躇なく答えた。
「はい。ストレス解消に使いました。」
「そうですか。かしこまりました。」
無表情な彼女だが、なんとなく晴れ晴れとした雰囲気が漂っていた。
そんな彼女のメイド服には返り血と思われるものが付着していた。
——————
メイド服の彼女が呼んだ送迎車が現場に到着する。
携帯電話が表示する時刻は23時を示していた。
「では、私はご主人様へのご報告に参りますので。」
死体処理班に後を任せた彼女は携帯灰皿に煙草の吸殻を入れると、送迎車に乗り込んだ。
その様子は、これから主人のもとへ向かうメイドそのものだった————。
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