第6話 チーム結成

この前呑んだのは確か、1ヶ月程前だったか。ウィスキーグラスの半分より少し下ぐらいまで注ぐ。別に酒を呑まない性質と言う訳じゃない。


本当に旨い酒を、たまに嗜めれば良いと思っているだけだが、本当に旨い酒は・・やはり少々値が張る・・それはまあ、致し方ない・・ウィスキーグラスを右手に・・トレイに小箱と灰皿とライターを乗せて、左手で持ってベランダに出る・・テーブルに持っている物を置いて、椅子に座る・・小箱から先程のプレミアムシガーを取り出して、火を点ける・・外で吹かし、燻らせ、喫っても、このシガーの豊潤な芳香は少しも損なわれない・・グラスの琥珀を一口含む・・モルトの香りと味とシガーの馨り・・絶妙すぎる・・これはなかなか無い体験だ・・一服燻らせ、一口含み、味と薫りを充分に堪能して、呑み下す・・また3服で、琥珀の液体を呑み干す。


火を消して注意深く火種を外し、1ミリ切る・・シガーの残りは元の長さの半分よりも僅かに短くなったが・・注意深く小箱に戻す・・。


ベランダから部屋に戻ってグラスや小物を片付けると、再び端末の前に座ってメッセージチェックに入る・・。


リサ・ミルズから来ていた・・ハーマン・パーカー常務とは連絡が取れて、明日は朝からメディアからの取材要請が社に届くだろうと言う予想は伝えられたそうで、常務の直命で明日の朝は始業前から社外からの接触に対しての、広報の応答対応体制が敷かれるように図られるとの事だ。


また、パーカー常務からは私に対して、早い段階で報せてくれた事に対しての謝意が述べられたと言う事も、伝えてくれた。


それと、ハイラム・サングスター氏が直面している『事情』についても可能な範囲で調べてくれた。


何でも応募したのが自身ではなかったのに艦長として選出された事に対して、ある方面からの嫉妬や不満を買ったようで、嫌がらせや脅迫やストーキング行為による被害が、ある一時期に集中してあったそうだ・・。


そこで偶然に私と彼があのダイニングレストランで遭遇したのを、あの時に彼の周りにいた関係者の中の2人の女性が勘ぐって、彼が受けていた嫌がらせ行為の裏に居るのが私なのではないかと思ったらしい・・。


傍迷惑な話だが、彼が極めて紳士的に対応してくれたので助かった。


リサ・ミルズへの返信は簡単に済ませた。明日、会った時にも話はできる。


何せまた膨大な数のメッセージが届いている。


丁寧な説明を含む文面と簡単な説明での文面の2種類の返信文面を作成して、後はコピー&ペーストでどんどんと返信していく。


今日中に返信した方が良いと思われるメッセージに総て返信し終わって観ると、11:45だった。一服して寝ようと思ったが、思い直して水を飲んでベッドに入る。


翌日(1/30:金)は、曇りだった。かなり冷える・・。


いつもより10分程早く1階のラウンジに入った私は、同僚たちと朝の挨拶を交わしつつ熱いコーヒーを淹れると席に着いてコーヒーの香りを堪能しながら、冷えた両手をコーヒーの熱さで温める。


朝のラウンジでいつも顔を合わせる同僚たちと朝の挨拶は交わすが、ゲーム大会に参加する件について彼らは何も言って来ない。


それぞれの職場・現場での朝礼などで、私に対する接し方について何らかの薫陶があったのかも知れないが、さり気なく気を使ってくれるのはありがたい。


コーヒーを二口飲んで一服点けたぐらいで、スコット・グラハムが入って来る。


「・・お早うございます、先輩・・どうですか?反響は・?・・」


言いながら私の対面に座ると、脚を組んで保温ボトルのカバーカップを外し、コーヒーを注ぐ。


「・・お早う、今日も冷えるな・・またメッセージの数が凄くてさ・・」


「・・通話は・・?・・」


「・・俺はもう自宅での通話は、よほどの相手でもなけりゃ出ないよ・・オートレスポンスに任せてるから・・」


「・・しかし連日、色々な話題を提供してくれますね、先輩は・・ご苦労様です・・」


「・・やりたくてやってるんじゃないよ・・実際、ここまで騒ぎが大きくなるって分かってたら、応募しなかったかもな・・・」


「・・あのダイナーで食ったサーロインステーキは、旨かったっすね・・」


「・・また行こうか・・?・・」


「・・また大騒ぎされますよ・・」


「・・1人で行って、偶然に彼と遭遇した上に、顔合わせまでしちまったから騒がれただけさ・・お前と一緒なら、そんな事にはならないよ・・ってか、これはお前の顔と名前を売るチャンスだな・・(笑)よし、来週のどこか・・夕飯って事で行こうぜ・・?・・」


「・・奢ってくれるんなら、どこでも行きますよ・・」


「・・ああ、奢ってやるよ・・日頃から世話になってる、スコット・グラハム君の慰労会だ・・何でも食って良いからな・・」


「・・どうしたんですか・・?・・いつもは渋いのに・・」


「・・外食はおろか、1人で出掛けるリスクが結構デカいんだよ・・買物でどこのマーケットに行ったって、今は少なくても7人から声を掛けられる・・セルフィーを穏便に断り続けるのに、どれだけ気力を使うか判るか・・?・・」


「・・はいはい、奢って貰えるんでしたら、どんなシールドにだってなりますよ・・」


そう言いながらコーヒーを飲み干すと、スコット・グラハムはカバーカップを紙ナプキンで拭き上げ、保温ボトルにセットした。


「・・それじゃ、そろそろ行きましょうか・?・先輩・・朝礼が始まりますよ・・」


「・・ああ、そうだな・・行こうか・・」


そう応じてコーヒーを飲み干すと、私は煙草を揉み消してスコットと一緒に立ち上がる。


職場(現場の)朝礼でレクチャーするのは通常、そのフロアのサブ・チーフ、言わば課長補が務める。


週末の朝礼としても、内容としてそんなに変わるところは無かったが、私とスコットに対しては、来週から業務のパターンに変更が加えられる可能性があるから、頭の隅にでも置いておくようにと言われる・・。


どう言う意味で言っていたのか判らないままに始業したが、始業後40分でこれに対応するための布石として言ったのかも知れないと思うようになる。


今週に入って水曜日の終業時刻までの間で寄せられた、私を指名しての製品発注・部品発注・業務発注・業務委託の依頼が18件あったが、木曜日の1日と今朝の始業時刻までの間で寄せられたそれらは、57件にも昇った。


これまでの私に関しての報道がこの現象に繋がっている事は、もはや明白だろう・・。


取り敢えず全件、新しく作った『私を指名してでの新規業務顧客』のカテゴリーファイルに移管する・・。


それから『私を指名してでの新規業務顧客』の皆さん、お一人お一人に連絡を取って挨拶して、新規業務上の対話を始めながら関係構築の端緒に入って行ったが、10:00休憩時刻のチャイムが鳴った時に最初の挨拶を済ませて対話に入る事の出来た顧客は、まだ6人だった。


10分間の休憩時間が終わると、フロア・チーフのヘイデン・ウィッシャーが私のデスクに来た。


「・・今日、スコットは来てるのか・・?・・」


「・・いますよ・・あと1分くらいで来るでしょう・・」


言い終る前に本人が戻る。


「・・ああ、来たか・・営業2課の第3会議室に呼ばれているんだろ・・?・・私とスコットも一緒に行くぞ・・」


「・・呼ばれたんですか・・?・・」


「・・僕もですか・・?・・」


「・・そうだよ・・君とスコットが担当している業務ファイルは、取り敢えず全部持って行ってくれ・・」


「・・分かりました・・」


「・・了解しました・・」


「・・よし、じゃ行くぞ・・」


2人とも自分が担当する業務ファイルを総て記憶させているソリッドメディアをポケットに入れると、ヘイデン・ウィッシャーチーフと一緒にリフトに乗る。


営業2課の第3会議室は7階にある。


「・・どんな話なんでしょうね・・?・・」と、スコット。


「・・聴けば分かるだろ・・」と、私。


7階で降りて第3会議室に入る・・この会議室のテーブルは、中抜きの円型陣だ。


奥の上座にはエリック・カンデルチーフが座っていて、私から見て彼に向かって右側にリサ・ミルズが座っていた。彼女の左隣には、知らない若い女性が座っている。


「・・やあ、どうも・・忙しいところをすみませんね、ヘイデン・ウィッシャーフロア・チーフ・・こちらの、私の右側に座って下さい・・アドル君はチーフの隣に・・スコット君はアドル君の隣に座って下さい・・宜しくお願いしますね・・LAPTOPがそれぞれの席に用意してあるので、使って下さい・・・」


エリック・カンデルチーフが入って来た私達3人を迎えて、そう声を掛ける・・言われた通りに着席すると、また改めて口火を切った。


「・・飲み物も用意していなくて申し訳ないですね・・できるだけ早く終わらせますから・・まず紹介します。こちらの女性はリサ・ミルズ女史・・秘書課のホープでして、アドル・エルク君が例のゲーム大会に参加して活躍するに当たり、彼と役員会での担当者であるハーマン・パーカー常務との間を結びつつ、煩雑・繁雑で様々な報告・連絡・協議・相談・調整の業務を担って貰う為に、ゲーム大会が終わるまでアドル・エルク君専属の秘書として就いて頂いております。・・次に女史の隣の方ですが、マーリー・マトリン女史。・・我が営業第2課、ファーストフロアのホープです・・そして私の右に居られるのが営業第2課、セカンドフロア・チーフのヘイデン・ウィッシャー氏・・そして、アドル・エルク艦長(笑)・・最後にスコット・グラハム君です・・」


私はマーリー・マトリンと紹介された女性を観た・・


年の頃はリサ・ミルズとそう変わらないかな・・?・・リサより身長は少し低いようだがよりふくよかに観える・・


髪の色はクリア・ライトブラウンだが、ミディアム・ドラマチック・ウェーブの髪形が若いのにゴージャスな印象を醸し出している・・


似合っていると思うし、良いと思う。


チーフがメンバーの紹介をしている間に、皆それぞれ目の前のLAPTOP を起動させて、自分のワークアドレスとワークパスワードを入力して、社内クラウドスペースの中の自分のデータベースにアクセスする。


「・・さて、紹介も済んだ事だし、早速始めよう・・先ずこのグループについてだが・・このグループは、アドル・エルク君の営業2課・セカンドフロアに於ける営業業務と、彼が参加するゲーム大会での彼の活動を併せ総合してサポートし、それぞれの業務と活動をスムーズに、円滑に、ストレス無く、成長・発展的に継続して向上させられるように、支援するプロジェクトチームだ・・チームの要は勿論彼だが、チームのリーダーは当面私が務める・・良いかな・・では、アドル・エルク艦長(笑)・・最近君を指名しての新規顧客が増えていると聴いているんだが、今朝までに何名で何件になっている・・?・・」


「・・先ず、艦長はやめて下さい(笑)・係長です・・今週に入ってから寄せられました私を指名しての新規顧客は、現在75名で・・業務件数は189件です・・」


「・・その75名を除いて、君が担当している顧客は何名だ・・?・・」


「・・386名です・・」


「・・現状で、顧客への対応に遅れは・・?・・」


「・・ありません・・」


「・・75名を含めても・・?・・」


「・・今週に入っての新規顧客への対応はまだ始まったばかりですので、総てはこれからと言う状況です・・遅れ云々は表現できません・・」


エリック・カンデルは両肘をテーブルに突いて両掌を見せた。


「・・OK、分かった。じゃあ情勢を分析して予測や予想をしてみよう・・アドル・エルク君を含めて艦長達20人の身辺状況は、連日様々に報道されている・・リサ・ミルズ女史・・この20人の中でアドル・エルク係長は、大衆の興味をどの程度に引いているのだろうか・・?・・」


「・・はい・・この20人に関しての今朝までの総ての報道をモニターしました・・そして、ゲーム大会やリアリティ番組に興味や関心を持ち、大会をモニターしながら番組を通しで視聴しつつ参加しようとしている大衆の反応・期待・願望・希望・要望・感想等が読み取れるインタビューやアンケート、また様々なSNSでの公開タイムライン上に投稿される記事を、68000件を超えてモニターしました・・その上でそれらを併せ、様々な報道に於けるニュアンスの違いをも加味して今朝まで分析を続けておりました・・その結果・・大会や番組に強い興味を持ち高い関心を持っている人々が、アドル・エルク係長に寄せている注目の指数・興味の指数は非常に高いレベルで示される事が判りました・・」


(・・マジかよ・・)「・・何番目くらいですかね・・?・・」


妙に声が擦れた・・水が欲しい・・。


「・・トップ3と言っても良いくらい・・トップ5は確実です・・」


「・・と、言う訳なんだな、アドル係長・・それに先程までは新規顧客の事しか話していなかったが、君が以前から担当して来ている386名の顧客の皆さんから受けている様々な発注や委託の依頼も、今週に入ってから増えて来ているのではないのかね・・?・・ああ、そこの端末からで良いから確認してみてくれたまえ・・」


私は少し慌てて自分の営業業務ファイルにアクセスした。そして・・・。


「・・どうかね・・?・・」


「・・やはり増えています・・今週に入って今日の10時までの集計ですが、製品発注で4%・・部品発注で2%・・業務発注で3%・・業務委託の依頼で5%・・それぞれ増えています・・私とした事が他の事案に気を取られていて、今まで気付きませんでした・・申し訳ありません・・」


「・・良いんだよ、係長・・これからはこのチームで対応・対処するんだから、謝罪は必要ない・・それでだ・・ここから予測・予想に入ろう・・ゲーム大会はまだ始まっていないのに、報道は結構過熱している・・大会の細かい内容については参加者すらまだ知らない・・明日初めて行って色々と見聞きして来ると言う事だからね・・にも拘わらず、業務上での君への接触係数は増大している・・凄い増大率だと言わなければならないだろう・・特に新規顧客の方々から君に寄せられるご執心は、警戒レベルと言っても良い位だと思うね・・それで何も新しい対応を採らないなら、君個人の対応能力で総ての業務依頼に速やかに応え続ける事は、直ぐに不可能になるだろう・・そうならないよう対応し対処する為に、このチームを立ち上げた・・と言う訳だ・・ご理解、頂けたかな・・?・・」


そこでエリック・カンデルは言葉を切って皆を見渡す・・誰も口を開かない・・。


「・・よし、ではここから具体的に提案しよう・・アドル・エルク係長が担当している総ての顧客への対応には、引き続き係長自身がメインで担当する・・事に変更は無いが、係長を指名しての新規顧客や紹介顧客への対応には、リサ・ミルズ女史がサポートで入る・・次に係長が以前から担当して来た顧客と、その顧客からの紹介顧客への対応には、ダグラス・スコット君とマーリー・マトリン女史がサポートで入る・・増大して寄せられる様々な発注や委託等の依頼も、原則として断らずに受容して対応する・・これについてもスコット君とマトリン女史がサポートで入る・・この2人のサポート対応への監督と、不測の事態が発生した場合の対応には、ヘイデン・ウィッシャーフロア・チーフに入って頂きます・・また、これらの対応サポート体制はそれぞれ固定的なものではないと理解して欲しい・・つまり、お互いに助け合い、補い合ってこのチームを円滑に運用していきたい・・リサ・ミルズ女史とマーリー・マトリン女史の勤怠については・・営業第2課、セカンドフロアへの助勤相当として扱い、セカンドフロアに彼女らのデスクを用意してハードシステムとソフトウェアも準備する・・と言う事で、ひとまずはどうでしょう・・?・・」


30秒程置いてヘイデン・ウィッシャーが口を開いた。


「・・期間限定で、と言うならひとまず申し分のない体制だと思います・・が、秘書課の方は大丈夫なんですか・・?・・」


「・・その点でしたら心配はありません・・リサさんの直接の上司である秘書課渉外主任のドリス・ワーナー女史からは、了解を得ております・・」


「・・それでしたら、こちらとして異存はありません・・」


「・・スコット君はどうかな・・?・・仕事を増やしてしまうようで申し訳ないが・・」


「・・僕はまだそんなに多くの顧客を担当していない事もあって、時間が空いたりする事もたまにはありまして、これまでにもアドル先輩の仕事を手伝ったりしていた事もあったので、このチームの中で先輩の業務をサポートすると言う事になっても、仕事が増えて苦しくなるんじゃないか、と言うような感覚はありません・・ですから、大丈夫だろうと思います・・」


「・・ありがとう、スコット君・・感謝するよ・・それで改めてアドル・エルク係長はどうかな・・?・・」


「・・そうですね・・営業第2課・セカンドフロアに於ける今後の業務情勢を分析すれば、これが私個人の業務処理能力を既に超えつつある事は、もう明白であろうと感じます・・ですので、このチームを立ち上げて協力・共同の元に取組み始めよう、と言う事については全面的に賛成です・・ついては、改めまして皆さんには宜しくお願いを申し上げます・・」


「・・ありがとう、アドル君・・快い了承を頂けた事には感謝するよ・・それではこの提案で、この場での了承は得られたと判断させて頂きます・・早速総務課に連絡を入れて、今日の午後からデスクの搬入と設置・・その他諸々の作業に入って貰おうと思います・・リサ・ミルズ女史とマーリー・マトリン女史に於いては来週、月曜日付で助勤に入って頂きますので、今日は業務内容の整理整頓と引継ぎをお願いします・・アドル・エルク係長に於いては、総ての業務ファイルをこの場の員数分コピーしてそれぞれ送付して下さい・・マトリン女史とアドル係長は、メディアカードを交換して下さい・・後は、何かありますかね・・?・・」


「・・私は、昼までにフロアのレイアウト配置を検討して決めます・・」


と、ヘイデン・ウィッシャーが応えた。


「・・私も手伝いますよ・・」と、そう申し出たのだが・・


「・・いや、スコット君と一緒にやっているから、君はコピーと送付が終わってまだ時間があるようだったら入ってくれ・・」


「・・分かりました・・」


そこでエリック・カンデルがまた、今度は少し改まった様子で口を開いた。


「・・アドル・エルク係長・・君とあと一つだけ話し合って置きたい・・もう君自身も充分に承知しているだろうとは思うし、私自身も社員の業務時間外でのプライべートに口を出すのは本意ではないし、良くはないと充分に承知しているのだが・・今後の君がメディアによってどのように報道されるのか・・?・・それによって事態・状況の推移は、大きく異なってくるだろう・・それについては同意してくれるかな・・?・・」


「・・はい・・私もそれについては充分に承知しています・・」


「・・ありがとう・・単身で社宅に居住して貰っている君に、こんな事を言うのは筋が違うのだろうと本当に思っているのだがね・・買物等の必要な場合には外出しなければならないと言うのも充分に承知しているよ・・でも、出る場合には充分に注意して欲しい・・我が社の相互共済課には、従業員が消費する食料品も含む物品購買のサポートや代行を頼めるチャンネルもあるんだが、検討してみるかね・・?・・」


「・・そうですね・・買物に出る度に10人弱から声を掛けられますし、セルフィーを丁重に断るのが本当に大変なので、連絡してみようと思います・・」


「・・そうか・・共済課の課長には私から連絡して置くよ・・おそらくファーストコンタクトは向うから来るだろう・・何でも気軽に気兼ね無く頼めるから多忙な社員の中には、結構利用している人も多いんだよ・・それと・・買い物以外の君の外出についてなんだが・・出来れば・・このチームメンバーの誰かと一緒に出掛けて貰う事を考慮して貰えないだろうか・・?・・」


「・・そうですね・・明日はリサ・ミルズさんと一緒に行きますし・・スコット君の都合が良ければ、外食に付き合って貰うと言う事も丁度彼と話していましたので、今後は極力1人で外出しなくても済むように考えてやっていきたいと思っています・・」


「・・ありがとう・・そこまで考えて貰えるなら申し分ないよ・・ゲーム大会が始まる前にチームの主催で壮行会と言うか激励会を開こう・・その企画立案は私に任せてくれ・・それでは、この場はこれで切り上げましょう・・折角の週末に忙しくさせてしまうようで申し訳ない・・設置作業はあまり急がずとも安全に配慮して、月曜日の午前中に終われば良いからと指示して置きます・・皆さんも慌てずに進めて下さい・・次回の会合については、また追ってお知らせします・・じゃ、これで解散します・・」


そう言ってエリック・カンデルは立ち上がった。皆も倣って立ち上がる。


マーリー・マトリン女史が歩み寄って来て私とスコットとヘイデン・ウィッシャーチーフに、それぞれ自分のメディアカードを手渡す。


「・・マーリー・マトリンです・・宜しくお願いします・・」


私達3人も自分のメディアカードを彼女に手渡す。


「・・こちらこそ、宜しくお願いします・・」


その場ではそれだけで話は終わり、全員が会議室から退室する。


業務ファイルのコピーと送付は30分で終わった。


マーリー・マトリンからは直ぐに返信が来て、謝意と共に私と一緒に仕事が出来るようになって嬉しい、私を手伝える事が出来るようになって光栄だと書いてある。


私はそんなに大した人間ではないし、同じ仲間として一緒にやって行こうと返信する。


ヘイデン・ウィッシャーチーフ、スコット・グラハムとも一緒にフロアのレイアウトを考える・・搬入するデスク2つと付随する新規システムも込みで、どのように配置すればより作業効率が高く過ごしやすい業務環境になるか・・案を3つにまとめてエリック・カンデルに報告し、彼を通じて総務課に打診して貰った。後は総務課の判断に従おう。


終わると丁度位の頃合いで昼になったので、3人で1階のラウンジに降りて昼食を摂った。


チーフが奢ってくれると言ってくれたのでスコットは奮発して頼んでいたが、私は普通に食べた。


食後にチーフは私達に先んじてフロアに戻って行ったが、私達はそのままラウンジに残り、スコットは自分で淹れたコーヒーを飲みながら、私は一服点けてラウンジのコーヒーを飲みながら、話しつつ休んでいた。


と、そこへリサ・ミルズとマーリー・マトリンが連れ立ってラウンジに入って来て、私達が着いていた4人掛けのテーブルに歩み寄ると、対面の座席にスっと座った。


全く気付かなかったし突然だったので、2人ともかなり驚いた。


私は慌てて煙草を揉み消そうとしたが、リサ・ミルズがそれを制して言う。


「・・あっ、大丈夫ですよ・・アドルさんが喫煙されるのは、理解していますから・・」


「・・いや、良いですよ。一本ぐらい何て事は無いです・・じゃ、ここは煙草の臭いが篭っていますから、お話があるんでしたら禁煙スペースに移りましょう・・ホラ、行くぞ・・」


私はそう応えて煙草を揉み消し、スコットを促すとカップとソーサーを持って立ち上がる。


スコットも立ち上がり女性たちも立ち上がったので、4人で禁煙スペースに移動した。


「・それで・どうしたんです・?・何か話し合って置くべき事がありましたか・?・」


「・いいえ、そこまでの話じゃないんですけれども、折角チームになったんですし、お昼休みにでも色々とお話して、親睦を深められればと思ったので・・」


マーリー・マトリンが少し恥かしそうに微笑みながら言う。


クリア・ライトブラウンでミディアム・ドラマチック・ウェーブの髪をポニーテールにしている・・食事時のスタイルだろう・・。


「・・ポニーテールも似合いますね・・」と、スコット・グラハムが褒める。


「・!あっ、すみません・でも、ありがとうございます・いつも食事の時はまとめているので・・」


そう言いながらヘアバンドを外すと、両手で髪を流して垂らす。


「・・もう引継ぎは終わったの・・?・・」と、コーヒーを飲みながら訊く。


「・・私には元々引き継いで貰うほどの仕事はありませんでしたから・・」

言いながらリサ・ミルズは例の保温ボトルをテーブルの上に置くと、カバーカップを外してハーブティーを注いだ。


「・・それは何ですか・・?・・」


どうやらハーブティーの香りがスコットの興味を惹いたようだ・・。


「・・毎朝母が淹れてくれるオリジナルブレンドのハーブティーです・・」


「・・とても不思議で、惹き付けられる、魅力的な味わいだぞ・・」


「・・飲んだんですか・!?・・」   


「・・1回だけな・・」


「・・それじゃ、もう一度如何ですか・・?・・」


「・・喜んで頂きましょう・・」


そう応えてコーヒーを飲み干すと、紙ナプキンでカップを隅々まで拭き上げて彼女の目の前に置いた。


「・・ずるいですよ、先輩!・」


「・・お前は自分で淹れて持って来てるコーヒーがあるだろ・?」


「・・あっ、あの・・僕にも一杯頂けませんか・・?・・」


そう言うとスコットも自分の保温ボトルのカバーカップを紙ナプキンで拭き上げて、私が置いたカップの隣に置く。


「・・良いですよ、どうぞ・・」


リサ・ミルズは笑顔で2つのカップにハーブティーを注ぐ。


「・・これはまた・・この前に頂いた一杯とは違う香りですね・・」


「・・凄く、不思議な香りですね・・初めてですよ・・」


「・・どうぞ・・熱いですから、気を付けて・・」


「・・うん、また違った初めての味わいですが・・苦手ではありません・・飲みやすいと言っても良いですね・・」


「・・僕には何とも、表現の難しい味です・・」


私とスコットの感想を、リサ・ミルズは微笑まし気に聴いている。


「・・それで、マトリンさんはどうですか・?・引継ぎの方は・・?・・」


カップから立ち昇る湯気を顎に当て、ハーブティーの香りを堪能しながら訊く。


「・・私はまだ、入ったばかりの新米でして、任せて貰っていた仕事と言っても幾つもありませんでしたので、私への教育や指導を担当されていた先輩社員の方に、そのままお任せした次第です・・あの、あと・・私の事はマーリーと呼んで下さい・・」


「・・分りました・・それじゃ、僕の事はアドルでね・(笑)・」


「・・僕は、どっちでも良いですよ(笑)どっちもファーストネームみたいなものですから(笑)」と、スコットが少しお道化たように言う。


「・・それより、どんな感じだったんですか?・ハイラム・サングスターさんの印象は?・びっくりしました・・?・・」と、リサ・ミルズが興味深そうに訊いてくる。


「・・そりゃあ驚きますよ・・大会が始まる前に遭遇する事があるなんて、ひとかけらも思ってないですからね・・でも、彼の紳士的な対応には助けられましたよ・・」


「・・それで、印象は・・?・・」と、マーリー。


「・・さすがに現職の艦長ですからね・・見た目だけなら威圧的な印象も受けるでしょうが・・話してみると、とても礼儀正しくて紳士的な人でしたね・・ただ、本当に強い人は礼儀正しい、とも言いますから・・ゲームの中とは言え戦場で彼と遭ったとしたら、手強いだろうなとは思いました・・でも、彼がどんな艦を選ぶのかも判らないし・・艦の強さは艦長だけでは決まりませんからね・・彼がどんな人をクルーとして配置するかで、全く違って来るでしょうね・・」


「・・アドルさんは、もうクルーの配置を決めたんですか・・?・・」と、マーリー。


「・ええ、メインスタッフの配置案は固めました・・通るかどうかは判りませんけどね・」


「・・ちなみに副長には、誰を希望したんですか・・?・・」と、スコット。


「・・ん、・シエナ・ミュラーさんだね・・」


「・・知っている女優さんですけど、物凄く有名な人って訳でも無いですね・・」


と、マーリー。


「・・うん、それはもう色々と考慮してね・・」


「・・それより明日、見聞きできる事が楽しみですね・・」と、リサ・ミルズ。


「・・うん、それは本当に楽しみだね・・初めて撮影セットを観られるからワクワクしていますよ・・」


「・・良いなあ・・僕も一緒に行って良いですか・・?・・」と、スコット。


「・・俺は別に良いんだけどさぁ・・明日は最初の顔合わせとレクチャーと見学だからさ・・ここは俺と彼女でよく観て話して聴いてくるよ・・これから明日以降でも向こうに行くような用事は、大会が始まる前までにも、きっと後3回はあると思うからさ・・どこかの機会にこの4人で行って観ようか・・?・・」


「・・良いんですかね・?・この4人でぞろぞろ観に行っても・・?・・」


・・と、マーリー・・。


「・・観に行っても良いような催し物もあると思いますよ・・リアリティ番組の制作発表イベントとして、艦長達を全員集めて共同記者会見を開くとも言っていましたし・・PVを制作するから、撮影に協力して欲しいとも言っていましたから・・そのような催し物の予定が出て来たら、私から話してみますよ・・」


「・・やったー、これもチームの役得ですね。楽しみ、楽しみ・・」


そう言ってスコットが揉み手をしながら喜んだところで、昼休み終わりのチャイムが鳴る。


「・・さあ、午後も出来るところまでやっちゃいましょう・・」


と、いつもはこの時間までラウンジに残っている事は無いので、ちょっと急かされた感じで立ち上がりながら言う。


午後の業務が始まって30分くらいが経過した辺りから、総務課のスタッフ達によるワークデスクと附随する備品の搬入が始まった。


こう言う作業は専門のスタッフ達に任せた方が結果的には早く終わる・・私達はフロアの全員で午前中に既存ワークデスクと備品のレイアウト再配置を終わらせてスペースを空けて置き、後は総務課と専門業者のスタッフ達に任せて設置・配線・接続の作業が終わるまで、それぞれ自分の業務に集中していた。


プロジェクトチームの立ち上げミーティングから昼休みを挟んだ間だけでも、私を指名しての新規顧客・各種新規発注と追加発注・新規業務依頼と委託・追加での業務依頼と委託は増え続けている。


私はスコットにも手伝って貰って初めての連絡取りと挨拶とそれぞれの業務内容を確認して、業務遂行に於ける手配についての打ち合わせを進めて行ったが、75%が終わった位の頃に総務課と専門業者によるデスクと備品の設置・配線・接続の作業が終わる。


クロノ・メーターを観ると14:10・・・。


チーフと私とスコットとで仕上がりの状態と接続・動作の確認を済ませてから、スコットに頼んでリサ・ミルズとマーリー・マトリンに連絡を入れて貰う。


2人とも15分程度で箱に入れた私物を台車に乗せて押しながらフロアに入って来る。


チーフがすぐにフロアの全員を集めて自己紹介と挨拶は来週月曜日の朝礼でやるからと言い、彼女らも含めて全員の名前だけを言って紹介するとその場を解散させ、彼女らの私物を収めた箱をデスクに乗せる形で彼女らにデスクを割り振ると台車を片付けに行った。


せわしいなと思いながらも私とスコットとで後を引き取り、デスクと附随備品とフロア内設備についてを簡単に彼女らに説明して、後は彼女らに任せる。


2人とも手際よく私物や資料や携行備品を置くか収納して箱を空にすると、空き箱はデスクの下に置いて早速端末を起動させた・・ぐらいの頃合いで13:00のチャイムが鳴る。


私とスコットとで彼女らを隣の禁煙休憩室に案内する。


スコットは自分のコーヒーを飲み始めたが、私はリサ・ミルズのハーブティーをもう一杯頂く事にした。

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