10話追い詰められた、①

「…熱い、なんで…移動してきた時はこんなんじゃなかったのに…」

デイビッドは不満を口から垂らす。

太陽が燦々と照らすの山の中の曲がりくねる獣道を、ドラゴ兵団一行は鎧姿で、馬車を引きながら歩いていた。夏季の初め、春季の終わり。本来ならそこまで熱くなく、そよ風が吹いて気持ちいいくらいなのだがレイジェナードの山地はそれを無視した暑さであった。

理由は特殊な山地の形状のせいである。

レイジェナードの街は山地につながる谷と、その先の平原。風が入りやすく、街の近くには川もあるため比較的街は涼しいのだが、山地は違う。谷から入る風は街に邪魔され、川も無く

曲がりくねる獣道はわずかな風の通りさえも悪くする。

そして夏季の燦々と照らす陽の光は人間からすればもはや、悪意に近い。

そんな中、鎧を着込んで移動するものだから

倒れるものも多い。現にデイビッドの後ろの馬車の中には熱中症で倒れたハイミルナンと、彼女の頭に濡れた雑巾を当てたりするヨーストがいる。馬車の中からデイビッドにヨーストは話しかける。

「デイビッド、あと10分したら交代してくれ。」

「うん。」

デイビッドとヨーストは交代でハイミルナンの看病と休憩をしている。

ちなみに現在は大隊長の命令でベルム地区へ移動中である。

目的地まであと2km、あと5時間というところだろうか、太陽は真上に登っている。

デイビッドは考えていた、この前の団長の事を。

団長は投げ槍が頭に当たったと言ったが、どうも引っかかる。それが本当ならあの頭に覆い被さったものはなんなのだろうか。

デイビッドは事実に気づく事なく、そんなことを考えた。

少し前に団長の姿が見える、周囲と本隊隊員よりも二、三回りほど大きい。

デイビッドは団長に少しずつ、顔の見えないギリギリまで近寄った。

顔こそ見えないが、俯いている様子でどことなく暗い面持ちを予想した。話しかけずらい。

団長が嘘をついているとは思えないが、もしそれが本当だったら?デイビッドを気絶させた要因が、覆い被さった物が、団長だったら?

気になるのでデイビッドは団長に話しかけた。

「団長、少しいいですか?」

「………ああ、なんだ。」

団長は振り向くとデイビッドに答えた。

やはり団長の面持ちは暗く、なんだか少し怖かった。デイビッドはそう感じつつも、本題を切り出す。

「あの、この前のテリウス砦で投げ槍がぶつかったのって、本当なんですか…?」

「…ああ。」

まただ、また目を離して言っている。

やはり、嘘なのか。

デイビッドはその事実を信じたくはない、ないのだがやはり嘘なのだろう。

「嘘、ですよね。」

団長は驚いた目つきでこちらを見た。

まるで、初めて話しかけた時の問いのように。


〜〜〜


「嘘、ですよね。」

デイビッドの言葉にアメリナは驚く。

なぜわかったのか、正直、こころ当たりはある。

デイビッドを気絶させたのも私、交渉という名の脅しに持ち込んだのは私、できるものならデイビッドに全て話して謝りたい。

そう考えるアメリナ。だが、それを義務と立場が邪魔をする。大隊長や兵団長のアメリナが兵士を盾にして捕えようとした事実、そんなことをしても捕らえられなかったと言う恥。

アメリナには、わざとらしい話し方や態度があったのかもしれない。それは自負していたし、止められる事だった。

アメリナはどこかで、デイビッドに気づいて欲しかったのかもしれない、赦して欲しかったのかもしれない。

そして今、その欲を叶えてしまったデイビッドに対してアメリナはこれ以上嘘も、だんまりも決め込めなかった。

「ああ、そうだ。」

アメリナはあっさりと、それを認めた。

デイビッドは驚いたように追求する。

「な、なんで…」

「…あの馬車と中で話そう。」

2人は前方の食料を運んでいる馬車の積荷のスペースに乗った。

アメリナは今度こそ視線を離さず、デイビッドをしっかりと見つめて訳を話す自分を擁護できぬように、蔑まぬように、慎重に___

「発案者は、大隊長だった。黒の悪魔の幼馴染であるお前を盾に使い脅せば楽に黒の悪魔を仕留めれると思った。黒の悪魔に損害を度々負わせられた私達には、最小の犠牲で最上の功績や戦果を上げられるのが酷く魅力的に映った。」

アメリナはそこまでいうと一呼吸置き、また話す。

「投げ槍がお前を気絶させたのでは無い。覆い被さったのは、勘違いでも無い。

私の手だ、私の拳だ。」


〜〜〜


「___私の拳だ。」

団長の言葉を聞き終えると、デイビッドは俯く。デイビッドはただ驚いた、自分はそんな扱いを受けていた事ではない。驚いたのは、自分の扱いではなく、メネがそれまでに人を追い詰めたことに、まっすぐな人を捻じ曲げたことに、ただ驚いていた。

デイビッドは返す言葉を思いつかない。

いいですよと赦せば良いのか、赦しませんと返せば良いのか、ただ迷う。

団長は、きっと元はまっすぐでこんなことをしないのだろう。

戦争も無く、平和に、誰も奪うことの無い世界なら、きっとどちらも答えに入ったのだろうか。

だが、ここはもう奪い合いの世界。その方法は、邪道でも無く、王道でも無く、一般的と言える。、つまりは当たり前なのだ___

「…それしか方法がないのなら、仕方がないのかもしれません、ですけど兵団長としてそんな事をしたのもまた事実です。ですが僕は、あなたに何もできない。団長は、僕からは何も奪ってませんし、奪われても無いですから。」

そこまで聞くと団長は俯き、目を瞑った。

デイビッドは食料を積むその馬車を降り、倒れたハイミルナンの乗る休憩用の馬車へ戻って行った。


ヨーストはデイビッドに言った。

「デイビッドぉ、遅かったじゃ無いか。

どこ行ってたんだよぉ、もう!」

そう冗談混じりに言う。

デイビッドはそれに笑って答える。

「あはは、ごめんごめん!、いやぁ団長と新しい武器の話しててさ、長くなっちゃった!」

デイビッドはそういうと、馬車に乗り込む。

あれから3時間経った。

ドラゴ兵団は山間を抜け、森へ入っていた。

木でできた日陰と、山間では感じ取れなかったそよ風が鎧と日光で火照る体を包み込み、冷ましていく。

「2人ともごめんねぇ…」

力無く横になったままハイミルナンは2人に謝るが、2人はそれを聞くと少し笑った。

「なんで笑うのよぉ…!」

ハイミルナンの倒れたことであるかもわからない力で目いっぱい声を張り上げた問いにヨーストは答える。

「デイビッドも、俺もお前が無事で喜んでるんだよ、お前が無事でな。それにまたこれからは戦場だ、最後の言葉がなんとなく叩いたじゃ悲しいだろ?」

ハイミルナンはそこまで聞くと、鼻で「ふっ」

と笑った。

ヨーストはデイビッドに濡れ雑巾を渡し、そばに置いていた戦斧を持ち、馬車の外へ出た。

2人きりの馬車内、特に話すこともないのか気まずいだけの沈黙が空を這っている。

それを破ったのは寝たままのハイミルナンだった。

「…ヨーストにも聞いたけど、アンタはなんのためにこの戦場で戦ってるの?」

デイビッドはその言葉を聞いて、思わず固まってしまった。だがデイビッドは、数秒の沈黙の後その口を開いた。

「…幼馴染のため、かな。」

ハイミルナンはその言葉を聞くと、デイビッドを見つめ、問う。

「もしかしてだけど、あんた帰ったら結婚するの?許嫁みたいな?」

「ううん、違う。そんなんじゃないけど、すごく大切な事に変わりはないんだ。7才の時に戦争で誘拐されちゃって、今は探しながら戦をしてるんだ。」

ハイミルナンは答えをそこまで耳にすると、驚いた顔で言った。

「悪い事を聞いたわね、ごめんなさい。」

「ううん、全然いいんだ。ハイミルナンは、なんのために?」

デイビッドの問いにハイミルナンは目を合わせる事なく言った。

「生きるため。明日、また無事でいられるためかな。」

ハイミルナンの答えにデイビッドはハイミルナンらしいと少し思った。

何もお互いまだ知らない、何も無い。だけどお互い奪い合うのではなく与え合う。

人のあるべきかたちに、すこし触れた気がした。

「ああ、それとデイビッド。レイジェナードの時は、ありがとう!」

彼女はそう屈託のない笑顔をデイビッドに向けた。彼女の笑い方に、ほんのり郷愁をかんじるデイビッドだった。

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