第3話 雪ちゃんの告白




 西日にしびの中の公園での雪ちゃんの言葉はアタシの想像をはるかにえるモノだった。


 アタシは呆然ぼうぜんとその場に立ちつくしてしまった。


 いつもの季節より早いせみの鳴き声が耳にひびいてくる。



「な、なんで ?」


 アタシはゆっくりと雪ちゃんに近づいて行った。


 アタシの足がアタシの意思いしとは関係なく動いているみたい。


 そんなアタシを雪ちゃんはジッと見つめている。今にも泣き出しそうな表情ひょうじょうのままで。


 アタシは雪ちゃんの目の前まで近づくと、その手をつかんだ。雪ちゃんの身体からだがビクッとふるえる。


「・・・・男の子になりたいって。雪ちゃんは、ずっとそんな事を考えていたの ?」


「・・・・あたしは自分の身体が丈夫じょうぶじゃ無い事に、ずっとコンプレックスを感じていた」


 雪ちゃんはアタシの質問には答えずに独り言のようにしゃべはじめた。


「お昼休みに校庭を走りまわってる勇気ちゃんを見るたびに不安になった。いつの日か勇気ちゃんは、あたしの事なんか忘れてスポーツの選手とかになって夢中むちゅうになってしまうんじゃないか ?って」


「そんな事、あるワケないじゃん! アタシが雪ちゃんの事を忘れるなんて」


 でも今の雪ちゃんにはアタシの言葉は届いていないようだった。


「あたしは勇気ちゃんと一緒に校庭を走り周りたかった。勇気ちゃんと一緒に体育の授業を受けたかった。勇気ちゃんと一緒に汗を流して心の底から笑いいたかった」


 雪ちゃんの眼からは涙がこぼれ出していた。


「・・・・雪ちゃんが男の子になりたいって、それが理由なの ?」


 雪ちゃんはアタシの言葉にやっと反応はんのうしてくれた。


「うん。「特別授業」で女の子でも男の子になれる、って聞いて。それなら、あたしも男の子になったら勇気ちゃんとずっと同じ世界に居られるくらい身体が丈夫になるかも知れないって」


「雪ちゃんは、そんな事を信じてるの ?」


 アタシの問いかけに雪ちゃんは少し迷ったような素振そぶりを見せながらも答えた。


「最初の「特別授業」の後に、あの授業をした人に聞いてみたの。そしたら「あぁ、性転換せいていかんためのホルモン療法りょうほうをしたら君の身体も丈夫になるよ」って言われて」


「雪ちゃんのバカ!」


 アタシは思わず叫んでいた。


「あんな変なオジサンの言う事を信じるの ?」


「バカって何よ、バカって! あたしはずっと勇気ちゃんのとなりにいたい。それは、今のあたしにとっては最大ののぞみなのに!」


 アタシも負けじと言い返す。


「あー、やっぱり雪ちゃんはバカだ。大バカだよ!」


「何ですって!」


「ちょっと、2人とも落ち着け」


 不意に優希の声がしたからアタシと雪ちゃんはビックリしてしまった。そうだ。優希も居た事をすっかり忘れてたよ。


「ほら、2人ともあそこのベンチに座ってろ。俺は何か飲み物を買ってくる。それ飲んで少し頭をやせ」


 優希はブランコの隣にあるベンチを親指おやゆびしめすと自販機じはんきの方へ走って行く。


「・・・・雪ちゃん、行こう。バカって言っちゃってゴメンね」


 アタシはふたたび雪ちゃんの手をにぎってベンチの方へ向かう。


「・・・・うん。あたしの方こそゴメンね」


 雪ちゃんはアタシの手を握り返すと一緒に歩き出してくれた。いた方の手で服のポケットからハンカチを取り出して涙をきながら。

 良かったぁ。

 雪ちゃんは怒るとマジでこわいから。アタシはかなりビビってたから。


 アタシと雪ちゃんは手を繋いだままブランコの隣のベンチに座る。

 雪ちゃんからは良いかおりがする。シャンプーの香りかなぁ。今日も暑かったから汗のにおいかも。雪ちゃんは汗も良い香りがするんだなぁ。

 あれ ? そんな事を考えてたら何か恥ずかしいと言うかくさい気持ちになって来たぞ。心臓もドキドキしてる。なに ? アタシのこの気持ちは ?


「・・・・去年まではよく、このブランコで遊んでたね」


 雪ちゃんがポツリと言う。手は繋いだままで。

 いつの間にか雪ちゃんの横顔を見つめていたアタシはあわてて返す。


「そ、そうだね。そう言えば最近はブランコでは遊ばなくなったよね。なんでだろうね」


「あたし達が成長して子供じゃ無くなりつつなってるからだ、と思う。あれ?」


 なんだ、なんだ。雪ちゃんがアタシの顔をジッと見てるぞ。その真っ白なほほまっているように見えるのは西日のせいだろうか。


「勇気ちゃんの眼にも涙のあとが。拭いてあげる」


 雪ちゃんのハンカチを持った手がアタシに伸びる。

 アタシは固まって動けなくなってしまった。

 だって、雪ちゃんのひとみの中にあからめくモノを感じたから。


 雪ちゃんはハンカチでアタシの顔を拭きながら繋いでいた手を離す。

 両手でアタシの顔をいつくしむようにでる。

 雪ちゃん。顔が近いよ。


 そして。


 雪ちゃんは唇をアタシの唇に重ねてきた。


 アタシの頭の中が真っ白になって目の前に火花ひばなが散る。


 時間が止まってしまったように感じた。



「ふぅ」


 ため息とともに雪ちゃんの顔が離れていく。

 そして「ふふふ」と笑う雪ちゃんの顔はアタシの知らない大人おとなのように見えた。

 しばしの沈黙ちんもくがアタシ達をつつむ。


 え、えっと。今のってキ、キスって言うんだよね。アタシは雪ちゃんとキスしちゃったんだぁぁ。でも不思議ふしぎいやな気持ちにはならなかった。アタシのファーストキスの相手が雪ちゃんなら良いかな、ってカンジ。雪ちゃんの唇はとてもやわらかくて甘い気持ちになれたから。アタシと雪ちゃんは女の子どうしだけど、アタシは違和感いわかんまったく感じなかったから。

 チラッと雪ちゃんの方を見ると耳までにしてうつむいてる。さっきの知らない大人みたいな雰囲気ふんいきは無くなって、いつもの雪ちゃんにもどってる。

 うぅぅぅ。気まずい、気まずいよ。アタシは今、どうしたら良いのぉぉ。



「ふぅ、悪い。遅くなっちまった」


 またも不意に優希の声がした。

 ハァハァと息をあらげている優希は「ほらよ」とペットボトルを雪ちゃんに差し出す。雪ちゃんは少しドギマギしながらも「ありがとう」と微笑ほほえみながら受け取った。その微笑みは少しぎこちなかったけど。あぁ、優希。アンタはホントにその場の空気を変える「出来できる子」だよ。


「アンタ、汗びっしょりじゃん。どうしたの ?」


 アタシは雪ちゃんとのビミョーな気まずさから解放されて、いつも通りに話す事が出来た。


「それがなぁ、あの自販機は点検中てんけんちゅうで使えなかったんだよ。だから、コンビニまで走って買いに行ってたんだ」


「そうだったんだぁ。じゃあ、アンタがこれを飲みなよ」


「うん。優希くんが飲んで」


 雪ちゃんが渡されたペットボトルを返そうとする。


「いや、俺はアッチの方が良いよ」


 そう言って優希は公園の水飲みずの方へけて行く。

 そしてコックを思い切りひねると水がいきおいよくき出した。

 その水を顔にびながら「うめぇ」とか言ってゴクゴクと飲んでいる。そんな優希を見て、アタシと雪ちゃんから自然に笑い声が出る。


「あははっ。最近の優希ってみょうに大人びたトコがあったけど、あれ見てたらまだまだお子様だね」


「そうかな ? あたしには、あたし達に気をつかわせないようにって言う配慮はいりょに見えるけど」


 そう言いながら雪ちゃんは手渡てわたされたペットボトルをアタシに差し出す。


「どうぞ。勇気ちゃんから飲みなよ」


「いやいや、なに言ってるの。雪ちゃんから飲みなって。せっかくアイツが買って来てくれたんだから冷たいうちに飲んだ方が良いって」


 それを聞いた雪ちゃんはうれしそうに微笑む。さっきのぎこちなさは無い。


「ありがとう。じゃあ、あたしからいただくね」


 雪ちゃんはペットボトルのキャップを開けるとゴクゴクと飲み始めた。雪ちゃんの白いのどが勢いよく動いてる。やっぱり雪ちゃんも喉がかわいてたんだなぁ。しばらく喉をらしていた雪ちゃんがペットボトルをアタシに差し出す。


「あぁ、冷たくて美味おいししかったぁ。今度は勇気ちゃんがどうぞ」


「うん。ありがと」


 アタシは受け取ったペットボトルに口をつけてゴクゴクと喉に流し込む。うん、ホントに冷たくて美味しいよ。ん ? 雪ちゃんがアタシの方をジッと見てるぞ。えっ。ひょっとして、これって間接かんせつキスってヤツなの ?

 こら、アタシのバカ。また変な雰囲気になっちゃうじゃんか。


「はぁ、生き返った」


 「出来る子」の優希が戻ってきた。髪の毛が水にれて光ってる。雪ちゃんがランドセルとは別に持ってる手提てさげバッグの中から白いタオルを取り出して優希に渡そうとする。


「ありがとな、雪。でも、このままの方が気化熱きかねつすずしくなるから良いよ」


「なんだ 、その「キカネツ」ってのは ? じゃあ、コッチを飲め。まだ冷たいぞ」


 アタシはペットボトルを優希に差し出す。


「お、サンキュ」


 優希は美味うまそうに飲みす。

 飲み終わった優希はマジメな顔になる。


「じゃあ「特別授業」の前後に雪が俺らと一緒に居なかったのは、あのオッサンに会いに行ってたのか ?」


「・・・・うん。2人にはだまっててゴメン」


 雪ちゃんが申し訳なさそうに言う。


「え、毎週、会いに行ってたの ?」


 アタシのビックリした声に雪ちゃんがうなづく。


「4年生の初対面しょたいめんの女の子に「ホルモン療法をしよう」なんて言う、とんでもないオッサンなのにか ?」


 優希の問いかけに雪ちゃんが反論はんろんする。


「だって、最初に会いに行った時に何故なぜ校長室こうちょうしつに居たんだもん。一緒に居た校長先生から「来週も来なさい」って言われちゃったんだもん」


「え、何で ? 何で校長先生が一緒にいるの ?」


 アタシがまたビックリした声を出す。

 そんなアタシとは対照的に優希は、ちょっと怖い顔つきになる。


「校長もグルって事か。いや、この県の教育委員会きょういくいいんかいそのものがグルなのかもな。雪、呼び出されてるのはお前だけか ?」


「ううん。「特別授業」を受けてる6年生の子や5年生の子も居るよ。6年生の女子が1番多いかな」


 何か、2人の話がむずかしくなって来たぞ。


「それで、今日はどんな話をしたんだ」


 ちょっと、優希。聞き方がコワイよ。


「・・・・性転換手術せいてんかんしゅじゅつの話とか」


 え ?

 手術 ?


 雪ちゃん、手術しちゃうの!?









つづく




 


 








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