第2話 ライオン

 ピエロはまじまじと僕の周りを見渡している。


「お母様はどちらに…?」


「え、連れてきてないですけど…」


「そうでしたか。」


「何か…?」


「いえいえ。むしろそちらの方が都合が良いので。」


「そうですか…」


 やけにテンションの高いピエロを見ると、小さい頃の自分が頭をよぎる。20年前に同じ場所で、今と同じものを見たかった自分だ。


「では、こちらにどうぞ。」


「あ、その前にちょっと1つ…」


 僕の声はピエロと比べると情けなかった。母に嘘を吐いたあの時の自分のようだった。


「どうしました?」


「その服、血ですか?」


 ピエロは特に動揺することも、僕に対して嫌な顔をするわけでもなく、ただ答えた。


「うちは可愛い動物たちのために、お肉を1匹単位で仕入れてるんですよ。たまにですが、我々でも捌いているので血まみれに。」


「団員が捌いてるんですか?」


「ええ。たまにですけどね。せめて、愛情ぐらいは持っておかないと。」


「凄いですね。…あ、早く入れって感じですよね。すみません。」


「いえ、そんなことないですよ。私自身楽しいですから。」


 他愛もない会話で盛り上がった。これもサーカス団員の技術なのかな、と思うほどだ。段々、ピエロへの警戒心は薄れていった。


「では、失礼します。」


 僕は恐る恐る大きな扉の先へと足を踏み入れる。


 入った先では、円形のステージと大量の客席が待っていた。外と同じ明るさの照明だったが、なぜか眩しいとは感じなかった。


 ばたんっ。


「そのまま前に進んで、前方のステージに上がってください。」


 僕は指示を呑む。多少は疑った方が良かったのかもしれないが、今の自分は高揚感でいっぱいで、そんな気持ちを持っていては勿体無いと思って、表向きでは疑うことをしなかった。


 そして、ステージの上へと登った。左側には赤色のカーテンが、右側には席が余計に多く見えて、豆粒のようにも見える、そんな客席が広がっている。


 僕は中央に立って、客席を正面にしてまじまじと見つめる。ここに沢山の人が集まって座っていると思うと、僕はサーカスに対する憧れがさらに膨れ上がった。


 がちゃん。


 客席の中央の扉が開いた。そこから人がこちらに向かって集まってくる。1人ずつ客席に座ると、私を見つめている。何なんだ?僕がショーをしないといけないのか?


「お待たせいたしました。これよりショーを開始いたします。」


 ショー…?僕が?


 後ろのカーテンが少しずつ開き、鉄格子が見えた。段々とカーテンが横にはけていくと、鉄格子の中まで見えるようになった。


 そこには、牙をむいたライオンが1匹、こちら側を睨んでいた。

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