行ってきます

 徹を見送った後、セドリックとクレアは再び団長室にいた。


 ローテーブルの奥側についたクレアの傍らで、セドリックは立ったまま納得のいかない表情も露わに問い掛ける。


「どういうおつもりですか?」

「しつこいわね。だから言ったでしょ」

「シキガミさんの方から腕力で解決したい、と仰ったことは聞きました。解決の難しい案件でないと取引にならない、というのも理解しました。ですがそれでも一般人をわざわざ死地に赴かせるわけにはいきません」

「あの男が強く推して来たのよ」

「は?」


 自身の口上を遮ったクレアの言葉に、セドリックは目を丸くする。


「私も最初はそう思って断ったの。でも、もし解決出来なかったら私を斬り捨てて構いませんって、あいつそう言ったのよ」


 一瞬、解決出来なかったら斬り捨てるまでもなく殺されるのでは? という言葉が脳裏をよぎったセドリックだが、話が逸れるので心の奥底にしまった。


「そこまで自信が……? ですが、マデオラを倒せるほどの実力者となると既に名が知れているか、少なくともグラスの村で農家をやっているはずは」

「どこか遠くの国から仕事を探してやってきた冒険者、って線もなくはないけどね。でもこの際あいつの正体が何だっていいの」


 言葉の意図を掴みきれずに、セドリックが無言で視線を送って促すと、クレアはそれを語り始める。


「もし、万が一、本物の実力者で案件を解決できたのなら約束通り接収を中止すればいい。やっぱりただの農夫だったのなら、そう分かった時点でシキガミを連れて撤退すればいい」

「団長」


 やはり、この人は。


「それで帰って来て、大人しく別の何かを用意しなさいって言えばもう無茶をしようとはしないでしょう」

「そう、ですね」


 セドリックはクレアの向かいに勢いよく腰かけながら、安堵の息をついた。

 やはりこの人は、あのシキガミという男を見捨ててはいなかったのだ。幼い頃から変わらない、根の優しいクレアお嬢様のままなのだ。

 農地をオリオールのものにするという領主様の命令に、彼女は胸を痛めていた。恐らくだが、金を出させるにしても、領主様を納得させつつもあの村から出せるギリギリのラインを模索するつもりだったのだろう。

 セドリックは座ったまま姿勢を正し、謝罪する。


「団長、申し訳ありませんでした」

「突然何よ」

「あの方を見殺しにするのではと団長を疑い、生意気なことを申し上げました」

「別に構わないわ。そう感じるのも無理のないことだし、部下が口を出せないような上司にはなりたくないもの」


 今は優しいだけではない。揺るぎのない意志を内包した瞳は、常に色褪せることのない輝きを放っている。


「それより、撤退する時はあなたにも手伝ってもらうわよ。さすがに私一人じゃきついからね」

「もちろんです」

「撤退する場合、シキガミはやはりただの一般市民だったということ。そうなれば騎士団が保護すべき対象となる」


 クレアは、腰に帯びた剣の柄にそっと手を添えて続ける。


「あいつをみすみす死なせたりはしない。絶対に護ってみせる」

「微力ながらお手伝いします」


 力強く頷くと、クレアは話は終わりとばかりに立ち上がった。


「それじゃあ、私は領主様を説得してくるから」


 すっかり忘れていたが、この件は領主様を説得しなければ始まらないのだと、セドリックは思い出す。

 農地の接収の中止は、騎士団長であっても独断で決められることではないのだ。


「朗報をお待ちしております」

「うん。それじゃあ明後日はよろしくね」


 去っていく背中を、セドリックは笑顔で見送った。


 〇 〇 〇


 マデオラファミリー討伐へと向かう当日の朝になった。

 用事のない昨日は特に何をするでもなく、オリオールをぶらぶらとあてもなく歩き回って楽しんだ。まだ金銭的な余裕がないので、村の人たちにお土産を買うことが出来なかったのが残念でならない。

 これから激しい戦闘の予想される現場へ向かう人間とは思えないほど、徹の心は平静を保っていた。


 全く心配がないと言えば嘘になる。

 しかし、軽く小突いただけでも木が倒れるほどの力だ。それに動きも俊敏になっている気がするし、人間相手ならよほどのことがない限り勝てると思われる。


 徹は楽観的、と言うよりは物事をあまり深く考えない性格だった。

 仕事では詰めが甘い、細かなミスが多いなどとよく怒られていたものだが、ここに来てその性格が幸いしている。


 部屋を借りている宿屋を後にして、待ち合わせ場所への一歩を踏み出す。

 空には雲一つなく、どこまでも果てしなく青が続いている。今日が無事に終われば数日後には村へ朗報が流れるだろう。そう考えると、むしろ心が躍って来るような気さえしてきた。


 西門を出て馬車の停留所らしき場所に顔を出すと、すでにクレアとセドリックの姿があった。あの鮮やかな赤と金の髪色は目立つのでわかりやすい。

 向こうもこちらに気付き、セドリックが手をあげた。徹もそれに応じる形で片手をあげ、歩み寄って挨拶をする。


「おはようございます。本日はよろしくお願い致します」

「おはようございます。こちらこそよろしくお願いします」


 セドリックに続いて、クレアも周囲を見渡しながら口を開いた。


「おはよう。わかってはいたけどそのローブ、昼間だと逆に目立つわね」


 徹は先日受け取った黒いローブで全身を覆っている。

 目立つのは承知の上で、徹の素性がばれなければそれでいい。ちなみに、言い出したのは他でもないクレアだ。

 しかし、これを指摘してもいいような仲ではない。徹は苦笑しながら「そうですね、ここに来るまでにも注目を浴びました」と言うに留まった。


「それじゃ、さっさと移動しましょ」


 クレアの一言で騎士二人を先頭にして歩き出す。

 街道には馬車も行き交っているので、三人はあえてそこから少し外れた所を歩いていく。当然と言えば当然だが、クレアとセドリックは周辺の地理にも明るいので、道のない場所でも迷わずに進み続けた。


 やがて街から離れてしばらく経った頃、クレアが大きな樹を指差して言った。


「マデオラたちの拠点が近くなって来たし、あそこで休憩しましょうか」


 特に疲れてはいないのだが、そう指示が出ては断る訳にもいかない。道中もちらちらとこちらを振り返っていたし、徹を気遣ってのものなのだろう。

 クレアとセドリックが木陰に腰を落ち着けたのを確認して、徹もそれに倣う。


 一息つきつつ周囲の自然を眺めて楽しんでいると、クレアが不意に口を開いた。


「念の為に確認しておきたいんだけど」

「はい。何でしょう」

「本当にやるのね?」


 クレアはしっかりと徹の目を見つめながら尋ねる。


「はい」

「マデオラファミリーは強いわよ。マデオラだけじゃなく、その手下たちも。うちの団員も何人かやられてるんだから」

「はい。問題ありません」

「……」


 燃えるような瞳が徹を捉えて離さない。まるで、辺境の村から出て来た農夫の、言葉の奥にある真意を探ろうとするかのように。

 しかし、やがて視線を外すと、セドリックと目を合わせて頷いた。


「わかった。骨は拾ってあげるから、存分に戦いなさい」

「ありがとうございます」


 元より全力で戦うつもりだ。徹は心の中でそう呟きつつ、気を引き締め直した。


 休憩を終えていくらか歩いたところでクレアとセドリックが木陰に身を潜めたので徹もそれに倣う。

 何事かと二人に視線を送ると、クレアが周囲を警戒しながら言った。


「そろそろやつらの拠点が近くなって来たわ。この辺りからはもう見張り要員がいてもおかしくない」


 目の前には小高い丘がある。あそこに盗賊団が根城にしている洞窟とやらがあるということなのだろう。

 ということは、いよいよ本番が間近ということなのだが、ここで徹は一つ、今更ながら疑問に思うことがある。


 そろそろ敵の情報を教えてくれてもいいのではないだろうか。

 先日から聞いている感じだと、マデオラと騎士団はすでに一戦交えている、という風に捉えることが出来る。ということは、マデオラやその手下が、一体どのように強いのかということまで把握しているはずだ。

 情報の有無に関わらず戦う気ではいるが、有るにこしたことはない。


 ここら辺で聞いておかないとタイミングを逃してしまう、と考えた徹は意を決して質問をすることにした。


「あの……」

「しっ。シキガミさん、ここからは不用意な会話は慎んでください」


 すでに遅かったようだ。

 不用意ではないと思うのだが仕方がない。徹はセドリックに言われた通り、戦闘が始まるまでは口を噤んでおくことにした。


 慎重に拠点があると思しき方角を気にしながら、クレアとセドリックが慎重に進んでいく。徹は黙ってその後に続いた。

 そして、遂に盗賊団の拠点を見付ける。丘の麓に洞窟があって、入り口には見張りが二人いるがそれだけだ。周辺にその他の気配はない。


 木陰に身を隠しつつ、そちらを観察しながらクレアが言った。


「随分と警戒が薄いわね。舐められたものだわ」

「自信の表れでしょう。これまでやつに叶うものはいませんでしたから」


 歯噛みをして悔しさを露わにするクレア。セドリックも鋭い眼差しを拠点の方に向けていた。

 それで徹は察してしまう。


 あ、この人たち自分が依頼を達成出来るなんて微塵も思ってないな、と。


 もし達成出来ると思ってくれているのなら、そんな余裕を見せてられるのもあと少しの間だけよ、くらい言ってもおかしくないものである。

 とはいえ、徹がそれで気分を害するようなことはない。彼らからすれば徹は一介の農民にしか見えないのだから。

 むしろ、素人を戦わせてくれることに感謝だ。


 クレアがこちらに視線を向ける。


「それじゃあ、そろそろ行ってもらうけど。準備はいい?」

「はい。いつでも大丈夫です」

「無理だと思ったらすぐに引き返すのよ」

「かしこまりました」


 気付けばセドリックも徹を見ていた。


「シキガミさん、我々はいつでも後ろにおります。安心してください」

「ありがとうございます」

「ご武運を」


 すごくいい人たちだな、と徹は思う。

 こんな突然押しかけて無理を言う素人を心配してくれている。クレアは口調が強いのでわかりづらいが、すごく優しい人なのだろう。セドリックは言わずもがなだ。


 徹は一歩を踏み出し、笑顔で振り向いた。


「行ってきます」

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