オリオールの街へ

「良くお似合いですよ。楽しんで来てくださいね!」

「ありがとうございます。行って参ります」


 挨拶を交わして教会を後にした。

 久しぶりにスーツ以外のものを着るのでやけにスースーする。しかし、動きやすさは段違いに上だ。


 騎士団との会議から二日後。

 徹は貯めたお金でこの世界の衣服をようやっと購入した。何故今なのかと言えば、それはこれからオリオールの街に出掛けるからに他ならない。

 良い意味で穏やかで、あまり細かいことを気にしない気さくなこの村の人たちはあまり触れてくることはなかったが、この世界でスーツは悪目立ちする。人の多い街に行くなら服を手に入れることは必須だと考えた。


 村の出口へと向かう最中にロブさんを見かける。


「ようトオル! 新しい服、中々似合ってるじゃねえか」


 実はトオルの方がファーストネームなんですよと伝えたら、不思議がりつつもすぐにそちらで呼んでくれるようになった。


「ありがとうございます」

「これから行くのか? 楽しんで来いよ」

「ありがとうございます。行って参ります」


 ロブには街に遊びに行きたいのでお休みをくださいとお願いしたら快諾された。

 お前は働き過ぎだからしばらくは帰って来なくていいと言われたが、もちろんすぐに戻る予定だ。何日かかるかは不透明だが。

 本当は騎士団へ直接交渉をしに行く、というのは秘密にしてある。この身に宿っている大きな力を使うことになるだろうから、農地の接収を中止させることが出来たとしても、徹がそれを成し得たことを村民には知られたくない。


 村を出て、しばらくしてから振り返る。

 規模の小さい、質素な建物ばかりが建ち並ぶ村だ。けれど、徹にとってはもはや故郷だと思える存在になっていた。まだ来て数日だというのに不思議なものだと、徹は微笑みながら歩みを進める。


 どこまでも続く草原を、街道に沿って歩いて行く。

 パティの話では半日ほどで着くとのことだ。前にいた世界なら電車やバスを使用していたところだが、この世界でなら徒歩も悪くない。この地方だけなのかもしれないが、緑が多くて空気も美味しく、歩くだけで気分が良いのだ。


 たまに馬車とすれ違う。

 村を出て徹が進んでいるのとは反対の方向に行けば、別の街や村があるそうだ。また機会があればそちらにも行ってみたい、と徹は考えている。


 たまに休憩を挟みながら歩くこと約数時間。

 視界の先に街が見えて来た。高い円形の壁に囲まれた、徹的には「いかにも」と言った感じの様相を呈している。

 不思議なことにここに至るまで全く息切れなどをしていない。休憩もどちらかと言えば気分転換や、周囲の風景を楽しみたいから取っただけだ。確実に運動不足の身体だったというのに、どうやら体力もお化けになっているらしい。


 街の出入り口には警備兵がいるが、特に声はかけられなかった。


 門をくぐると、まず視界に飛び込んで来たのは鮮やかな屋根の色。

 通りの左右に並ぶ建築物はほとんどが石造りで、その上には彩度の高い色をした屋根が乗っている。

 それらの間を歩いていると、どうにも外国の観光地にでも来た気分になるが、ここはあくまで異世界だ。それに、この街に来た目的もある。ほどほどにしておこう。

 そう思いながらも徹はしばらくの間、意味もなく街を散策した。


 気が済んだ徹はまず宿を取ることにする。

 当然おすすめの宿とかはわからないので、適当に安すぎず高すぎずの料金っぽい外見をしている店を選んだ。

 内装も期待通りに安すぎず高すぎずな感じだ。カウンターでチェックインを済ませて部屋に荷物を置いた後、再びカウンターにいる店員に声をかけた。


「あの、すいません」

「いかが致しましたか?」

「この街の騎士団の本部というのはどこにあるのでしょうか?」

「本部なら街の北側、領主様のお屋敷の近くにございますよ。他の建物と比べて大きいのでわかりやすいかと」

「ありがとうございます」


 お礼を言って宿屋を後にする。

 騎士団については事前に村の人たちから情報を仕入れている。彼らはこの街の為に組織された自警団的な組織だ。名目上は騎士団長が最高権力者となっているが、実質的にその立場にあるのは領主らしい。

 この街や近隣の村の警備、犯罪の取り締まりなどを一手に担っていて、ここらの土地一帯での影響力は思いの外高いとのこと。何かあった時にしか来ないグラスの村は例外に過ぎない。

 オリオールの街は思っていたよりも大きく、騎士団の活動資本もそれなりにあるであろうことを考えればその規模は想定以上のものだと思われる。


 そりゃあたて突くわけにはいかないよな、と納得する徹であった。


 街の北側は行政区的なところになっているらしく、歩くたびに比較的に無骨な建物が目立つようになる。それでも前にいた世界のオフィスビルなどと比べれば随分と可愛い外見をしているのだが。

 騎士団の本部というのはすぐに見付かった。

 北の端の方に行くと明らかに大きな家があって、これが領主の屋敷ということでまず間違いないだろう。そして、その近くに屋敷ではなく、どちらかと言えば城と表現した方が正しいような建物がある。

 教えてもらった通り、「他の建物と比べて大きいのでわかりやすい」。


 警備兵はいるが、検問などはしていないようなので入ってみる。

 一階は入り口から伸びている通路を抜けると広いロビーになっていて、カウンターが複数用意されている。そこで様々な種類の受付をしているようだ。


 徹はロビーに用意されている長椅子に座ってしばらくの間カウンター全体を眺めていたが、どこがどこの受付をしているのかよくわからない。掲示板やパネル等も設置されていない。

 しかしいつまでもただ座っているわけにはいかないので、仕方なくカウンターの一つに歩み寄って受付嬢に声をかける。


「あの、すいません」

「はい。本日はどのようなご用件ですか?」

「騎士団長様にお会いしたいのですが」

「面会のご予約などはされておられますでしょうか」

「いえ、特には」

「大変申し訳ないのですが、こちらでの直接の受付は致しかねますので」

「わかりました。お手数おかけしました」


 会話を終えると、徹はすぐに騎士団本部から撤退した。

 まあ警察署に行って受付で「署長に会いたい」というようなものだし、これはしょうがない。むしろ受付の対応がしっかりしていて好感が持てるくらいだ。

 あまりしつこいと不審者と間違われそうだし、上手いアプローチの仕方を考えた方が良さそうだな。

 


 とは言っても特に当てがあるわけでもない。いかんせん昔から何かを計画するというのが苦手なのだ。

 徹は己の性分を悔やみつつ、どこかの食堂にでも入って今後の策を練ることにしようと考えた。


 騎士団本部の近くで目についた酒場にふらりと入る。扉を開閉するとちりんちりん、と鈴が鳴って徹の入店を歓迎した。

 年季の入った木造の店内には人々が溢れていて、まだ昼間だというのに酒を飲んでいる者や、仲間と談笑に興じる者など様々だ。


 テーブル席はほとんど埋まっているし、客の多い時間帯だ。迷わずカウンター席に腰かけた徹に店員が寄って来て声をかける。


「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」

「えっと、エールはありますか?」


 メニューを見る暇もなかったので、とりあえずありそうなものを聞いてみた。

 しかし向こうからすればあって当然、という感じなのだろう。女性の店員さんは目を見開いた後、くすりと笑ってから答えた。


「はい、ございますよ」

「ではエールを一つお願いします」

「かしこまりました」


 去っていく店員を見送りながら、さて何にしようかとメニュー表を探す。しかし、ない。メニュー表がどこにも見当たらない。

 そう言えばこの世界観だと紙は貴重なのだったか。であれば、どんな料理を振る舞っているか、というのは店員に直接聞くしかないということだ。

 この世界に来てからはやむを得ずに自らコミュニケーションを取っていたが、元はそれを苦手としている徹だ。出来ればメニューに何があるかを聞かずに注文したい。


「お待たせしました」


 どうするか決めかねているうちに注文したエールが届いた。今追加で注文しなければ「すいませぇーん」と大声で店員を呼ばなければならなくなってしまう。

 それを避けたい徹は必死に周囲を見渡し、他の客がどんなものを食べているのかを素早く観察した。


「あの、パンと野菜のスープください」

「パンも野菜のスープにもいくつか種類がございますが」


 今度は店員も笑わなかった。さっきの会話で、少なくともこの店に来るのが初めての客ということがばれたからか。


「どんなものがあるんですか?」


 尋ねると、快くメニューを教えてくれた。徹はその中からどんなものか知っていて食べられそうなものを注文する。

 注文も終わって、後は料理が運ばれて来るのを待つだけだ。ようやく落ち着いた徹はもう一度周りをざっと見渡してみた。


 やはり騎士団本部の近くというだけあってか、鎧に身を包んだ者が多い。

 ここに食事に訪れたクレアと偶然鉢合わせる、なんてことはないだろうが、可能性にすがるだけなら悪いことではない。オリオールに滞在している間はここに通ってみることにしよう。

 そう考えつつ、徹はエールを一口含んでみた。


 地球にあるビールとは何となく味が違う。それも悪い方に。

 そんなにあれを飲む方ではなかった徹ですらもわかるほどに違うのだから、酒好きには耐えられないかもしれない。


「かーっ! 仕事あがりにはやっぱりこれだわ!」


 しかし、隣の男はそんな風に言っている。二人組で腰かけている騎士の片方で、随分と若く見える。

 そう言えばもうそろそろ夕方か。ここに来た時点で昼過ぎだったし、あれこれしている内にそんな時間になってしまったらしい。

 これを食べ終えたら今日のところは宿に戻るか、と考えながら徹は更に一口エールを飲む。


「聞いたか? 団長の話」

「何のことだよ」


 徹は目線はやらず、耳に意識を集中させた。

 聴力もあがっているのか、この喧騒の中でも若い二人の騎士の会話を容易に聞き取ることが出来ている。


「団長って領主の娘らしいぜ」

「何だそんなことか。むしろお前、今更知ったのかよ」

「は? 何、そんなに有名なの?」

「この街に住んでるやつは大体知ってるぜ。あ、お前別の地方の出身だっけか」

「そうなんだよ。しっかし道理でおかしいと思ったぜ」

「何がだよ」

「あんな可愛い子が団長やってるなんてな。コネでなったってことだろ」

「いや、そうとも限らんだろ。ていうかお前気を付けろよ。ここには騎士団の団員もたくさん出入りしてるんだから」


 しかし、酒が入って気が大きくなっているのか、口が止まらない。


「上司よりは彼女にしたいよな! 今度デートに誘ってみるか」

「あなたみたいな男はお断りね」

「何だと?」


 声がした方に男が振り向く。徹もまさか、と視線をやった。

 騎士二人組の背後に立っていたのは、オリオール騎士団長クレアだった。途端に赤い顔を青くする二人。


「だ、団長。どこから……」

「あなたの顔、覚えたわよ。デートの代わりに手合わせをお願いしようかしら」

「そっそれはその」

「コネで団長になったかどうか、確かめてみなさい」


 俯いたまま顔をあげられなくなった二人を見て、クレアはフンと鼻を鳴らし、踵を返した。

 この奇跡を逃すわけにはいかない。徹は意を決する、なんて暇もなく、ほぼ条件反射で声をかけていた。


「あっ、あの、団長様」


 クレアの歩みが止まる。

 隣にいた二人も、今まで背景の一人でしかなかった男が突然登場人物になったことに驚いて目を丸くしていた。

 徹が立ち上がると同時にクレアも振り向く。


「あなたは確か、グラスの」

「お、覚えていてくださって恐縮です」


 大事な場面だからか、その勝気な瞳に射抜かれたか。

 徹の声は緊張で震えていた。


「それで。こんなところまで来て、何か私に用かしら?」

「折り入ってお話があります」

「……」


 クレアは一瞬口を閉じ、何事か考える間を空けてから口を開く。


「ここじゃ何だから、場所を変えましょうか」

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