第2話 どじょう捕り

「おい、しめじ、今日は、どじょうを捕りに行くすけ、支度しれ」


 どかどかと居間に入って来て、被っていた麦わら帽子をリクライニングチェアに放り投げながら新町のおじさんはそう言った。


「どじょう??」


「おお、そうだ。なあに、今日は歩かんで、電車で沢泉さわいずみまで行ってすぐの田んぼだすけ安心しれ」


 新町のおじさんは、そう、しめじ君に言った。


 両親が仕事で忙しいため、お父さんの実家に一人預けられていたしめじ君のことを思って、お父さんの義兄に当たる新町のおじさんは何かとしめじ君を外に連れ出してくれていた。


 三日前には、新町のおじさんは、しめじ君を連れて、早見はやみ川上流にある佐助小屋に行って、かじか捕りをした。新町のおじさんは車の免許がなかったので、おばあちゃんの家から片道6キロを歩いて行った。半円形の網をザザザっと頭大の大きさの石の隙間に入れて、あとは、石をどかすだけでいい単純な漁法だったから小学校2年生のしめじ君にもできたが、夏の暑い盛りの往復12キロの行脚はさすがにきつかった。


「しめじ、あっちの遠くの方に見える赤い屋根の建物が在んろ?あれは、昔、屠殺場だったんらわ」


「トサツジョウ?」


「そう。牛とか豚とかな、食べ物にするための場所らわ」


 かげろうがゆらゆらと立ち込める両側田んぼの一本道をもうろうとしながら歩いていた時の会話で覚えているのは唯一、これだけだった。



 しめじ君と新町のおじさんは、最寄りの駅から一両編成の電車に乗った。持ち物は、しめじくんは、虫取りに使うような網を一本。新町のおじさんは、長い竹の棒の先に港で使うようなブイみたいなものがくっついたやつとクーラーボックスだった。いくら田舎だからといって、そんな恰好で電車に乗り込む客は他に居らず、しめじ君は少なからず恥ずかしさを感じていたが、沢泉は一つ目の駅なので、他の客の目線を避けて車窓を眺めているうちにあっという間に着いた。


 新町のおじさんが言っていた通り、駅から2~3分歩いたところにある田んぼがどじょうのだった。

 田んぼを取り囲むように掘ってある幅30センチほどの用水路の真ん中ほどの所に網を立てて持つようにしめじ君に指示すると、新町のおじさんは、田んぼの曲がり角の地点からズコズコと音をさせてブイを先に付いた棒を両手で上下させながらしめじ君に近付いてきた。追い込み漁だ。

 しめじ君がいるところまで追い込んでから「しめじ、網をあげてみ」と新町のおじさんが言った。しめじ君が、最初の頃とは違う重さを感じながら網を上げると、黒っぽいにょろにょろしたものが網の中で踊っていた。


「な、こうやって、捕んだ。それでも、十匹ばっか捕れたろか」


 首にかけたタオルで顔の汗を拭きながら新町のおじさんが言った。


「どら?しめじ、やってみっか?」


「お、俺にできっかな…」


「そりゃあ、もう、やってみねとわかんねさね。やってみれ」


 新町のおじさんは、そう言うと、しめじくんの持っている網とブイの棒を交換して、用水路の端に歩いて行った。


「しめじ~、いいぞ~。そこからやってみれ~」


 しめじ君は、さっき見た通りに、ブイの棒を上下させながら歩き始めた。


「しめじ~、もっと激しくやらんと、どじょうがすり抜けていくてば~」


 大きな声で、新町のおじさんが鼓舞した。


 ズコズコズコズコズコ


「おお、しめじ~、ようやったねっか。さっきくらい捕れたろ」


 満面の笑みで、新町のおじさんが網の中で踊っているどじょうをしめじ君に見せた。



 二人は追い込み役を交替しながら次の折り返しの電車が来るまで相当数のどじょうを捕まえて、おばあちゃんの家に戻った。

 新町のおじさんは、大きなたらいに水をためてからどじょうをクーラーボックスから移した。


「しばらく、ここで泳がせて泥吐きさせてから、柳川作ってやっけな」


 そう言うと、新町のおじさんはリクライニングシートにドカッと座り、間もなく、いびきをかき始めた。


 しめじ君は、しばらく、たらいの中でうにょうにょと泳ぐどじょうを見ながら、ヤナガワってなんだろう、と考えていた。






 

 

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