第2話

ロープが千切れている。


…は?


あれ、おかしい…


はぁ?


はぁ、…くそが。


死にそこなった

死に損なった!

なんでなんでなんで!

なんでだよ!


千切れそうなほど古いロープじゃなかった。

上手くいってたじゃないか!


あんなに、苦しかったんだから!


…死ねても、よかったんじゃない?


『ねぇ』


え?


頭上から声がする!

さっき聞いた誰かの声。


声の場所を目でおうと

幽霊のように子供が、宙に浮いていた。


『ごめんね』

「…え、…?」


反射的に声がでた。

なんで、謝った?

状況が理解できない。

どうしてぼくは死ねなかった?

どうしてこの子供はここにいる?

なぜ、浮いている?

なんで…ん?

…?


なんで?


君は…だれ?


宙を舞うように子供は部屋のあちこち移動している。

対照的にぼくは寝転がって動けない。


頭が上手く回らない


『どうしたの?』


子供が止まってぼくの方によってきた。

紺色の長い髪、糸目。人形のように、整った顔立ち。


…どこかで見たことあるような?

そんな、…嘘だな。

だって、こんな子供、見たことないし。


『ねえ、大丈夫?』


心配そうに、こっちを見る。

糸目だから目があってるか分からないけど。


「…え、っと?君は、どこから来たの?」


質問を質問で返すのはあまり良くない。

でも、今は目の前にある疑問を解きたくて。


『さあ?…ボクはなんでここにいるんだろうね?自分でもわからない!』


「…はぇ」


力無い返事をしてしまった。

高校生男子が恥ずかしい。

寝転がって話すのはなんか失礼だから起き上がって座る。


『ごめんね、キミ、死にたかったんだよね』

「え、あ、はい。そ、そうですけど、」


…陰キャ発動


『ロープ、ボクが千切っちゃった』


は?

どういうこと?

ロープをちぎった?…だから、ぼくの自殺を止めたってこと?

こいつがなにもしてなかったら、ぼくは死ねたってこと?


え?

な、なにしてくれたんだ

なんで?なんでなの?


「…なんで?なにしてくれちゃってるんだ?」

『ん?』


とぼけたような反応。

怒りというか悲しみというか…なんだか複雑な感情が込み上げる。


「なにしてくれちゃってんだよ!なんで、なんでなんでなんでぼくを助けたの?なんでなんでなんで!ロープを千切ったんだ!」


前のめりになって子供に手を伸ばす。

なんでかはわからない。


手を伸ばして捕まえようとしたのだろうか?

肩でもつかんでそれを動けないようにでもしたかったのだろうか?

自分は痛いほど非力ですぐにはらわれるだろうけど。


意味ない?

けれど、そんなのはどうでもいい。

とっさに、その子供を掴もうとした。


…でも出来なかった。


避けられたとか、人としてやってはいけないことだと思ったとか、無駄で無意味な行動だと理解したとか、そういうんじゃなない。


実体がないかのように透けたのだ。

つかめない、貫通する。


まるで、幽霊のように。

こいつは、人間じゃない。

なんなら、ぼくの幻覚?


でも、人間よりはるかに生気はないけれど、どこか生々しくて。でも、人間ではないなにかのように感じる。

掴めなかったのに。貫通してしまったのに?

少し、怖いと思う。


こいつが。


でも、こいつが…、この子供が幽霊なら同じ世界にいるぼくは死ねてるんじゃないか?

なんて思ったけど、

…この子供よりも無駄に生々しい自分の呼吸や心音が、それを否定した。


吃驚してあたふたしていると

心を読んだように子供は言った。


『…うーん、残念ながらキミから掴むことはできないみたい。』


微笑みながらぼくに近づく。


『まぁ、ボクからは干渉できるみたいだけど。』


そういって手首を掴まれた。

冷たくも温かくもない、ただ感触がうっすらとあるだけだ。

なんとも言えない感覚。気持ち悪い。


…一旦、落ち着こう。

異常な状態、でも、有り得ることなのかもしれないと、思いこむ。

そう、そうだ、だってこの世界には、まだどう証明すればいいか判らない能力だってあるんだから。


落ち着いて、聞こう。

なんで、こいつがぼくの自殺を阻止したか。


「えーっと、まず、急に掴みかかろうとしてごめんなさい」


『ん?いーよ、全然』


子供が掴んでた手をパッと離す。

ふわっとしたなんとも言えない軽い感触が手からはなれた。


「…なんで、ロープを千切ったの?ぼくは死にたかったのに」


考える素振りも見せず、子供は言う。


『キミが誰かに助けてって思ったから、ぼくが助けた。それだけだよ』


意味が分からない。

なにも、


「…なに言ってるの?…ぼくはそんなこ…」

『意識がなくなる直前に、キミ、思ったでしょ?「たすけて」って。』


どういうことだ?


『…だからだよ、思い出してみて?』


そうだ。

…思ったな、一瞬だけど。誰か、たすけてって。


死にたいくせに助けを求めた。

そう、一度だけ……?

なんでだろう?


やっぱり、まだ…怖い?

本当に愚かで馬鹿だ。

自殺するに値しない。


「じゃあ、ぼくは、…ぼくのせいで死ねなかったってこと…?」


声が震える。

助けなんて要らないはずなのに

自分で死ねたはずなのに。


『うん、そうだねぇ、いっそなにも感じないまみ死んじゃえば、ボクが助けなかったんだよ?』


死のうとする前はなんだかうまっていた心にまた穴が空いたような感覚。


死という希望を自ら離してしまった絶望。


今ここで死んでしまえば。


カッターもあるし手首でもおもいっきり切るか。

ここ二階だし、頭から落ちれば死ぬか?

一階のキッチンに睡眠薬があったっけ?

それに、ロープも残ってる。

…死のうとすれば、また、心はうまるのだろうか?


でも、目の前のこいつにまた止められるのがオチかなあ。


『残念ながら、ボクがいる限り、キミは死ねないよ』


全てを見透かすように、子供は言う。


『まぁ、救うことが…ボクの使命?だからさぁ、ね?』


「…」


いいご身分だ。

ブツブツとなにかを唱えながらぼくの方を見た。


『僕は、あの子を救えなかった。君の事もね。だから、今度は、必ず、救ってみせるから』


自信満々に、目の前の子供は言った。

ぼくの死を阻止するこいつは、



一瞬、ぼくを救済してくれる天使みたいに見えた。




そんな、気がした。

…だけだ。

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