ACT2:さぁ、お母さんに本当のお話しをして



 次の訪問者がやって来たのは翌日の昼過ぎごろ。猫背気味の少年が一人、お悩み相談室の小部屋に足を踏み入れ オッカナビックリと椅子に座る。 

 やがて遠くからバタバタ足音が聞こえてきたかと思えば、荒々しく向こう側の戸が開け放たれ、落ち着きのない相談役が流れるような動作で定位置へのスタンバイを完了する。


 いや、今日は ほんのちょっとスタンバイにアクシデントがあったご様子。


※「おお、神よ! スカートのすそが戸に挟まっています。なぜワタクシをお見捨てになられたのですか? フン!(何かを引き抜く音)はーい、大変お待たせしました」


少年「あの、ティムです。お忙しいところすいません、先生」


 すると仕切り板の小窓がアッサリ開き、先生が顔をのぞかせ、手を振る。


※「あれぇー、ティムじゃん。どうしたー?」


少年「ええと、それがですね……」


※「突然こんな所に来るなんて。ウチの施設だとダントツで優良株なキミでも、何か悩み事? 成績優秀で性格もよく、ルックスもイケメン。『勝ち組三拍子』がそろえば何も悩むことなんてないでしょう? 将来はもうバラ色よ、オー、マイ・スイートピーちゃん!」


少年「そ、そんな……僕なんて。魔王が人間を蹂躙じゅうりんしているこの時代に、僕みたいなガキが出来ることなんて何もありませんよ」


※「ふぅむ、強いて言うのなら、そのネガティブ思考はチョットいただけないかな? 今日はなんだか一段と酷いみたいだけど」


少年「僕たち孤児を育ててくれた『みんなのお母さん』かくも大恩あるアンコウ先生に、こんな報告をしないといけないなんて。それはもう、陰鬱いんうつにもなりますよ?」


※「んん~? お母さん心が読めないから、言ってくれないとわからな~い」


少年「それが……その……ですね」


※「言ってごらんなさい。全ての道はそこから拓かれるのです。さぁ勇気を出して」


少年「は、はい。そうでした。いつも言われてることなのに、僕ったら。……実はですね」


※「うん、うん」


少年「イケナイ事と知りながら、盗みを働いてしまいました」


※「えぇ~! ゲロゲロォ! それはちょっと……先生ショックだなぁ」


少年「本当にすいません。先生の好意と期待を裏切ってしまいました」


※「ショック~! いいえ、ワタクシの『桃色の脳細胞』はこんなショックごときに負けない! 何だろう? 何が原因かしら? お小遣い足りなかった? いくら『お色気ぇ~な本』とか興味があるからって万引きしたらダメよぉ」


少年「そ、そんなんじゃありませんよ。先週、先生が旅行に出かけてお留守だったでしょう? 実はその時、ソニアの奴が体調を崩してしまったんです」


※「ソニアちゃんが? 出発前は元気よく見送りをしてくれたのに」


少年「庭の菜園で毒蛇に噛まれたんです。魔王の瘴気しょうきにむしばまれて凶暴化した蛇。彼女を助ける為にはどうしても薬草が必要でした。僕とソニアは、血のつながりこそないけれど、同じ屋根の下で暮らす仲間同士。可愛い妹みたいなもので、熱で苦しんでいる彼女を見捨てることなんて出来なかった! どうしても」


※「なるほど……続けなさい」


少年「そこで、街まで走って大通りの道具屋に駆け込みました」


※「もしかして、行ったのはオルセングループのお店?」


少年「ええ、そうですけれど? 何か?」


※「いいえ、別に」


少年「そこで薬草を買いたかったのだけれど、値上がりが酷くて。何でも、勇者が買い占めてしまったせいで天井知らずにとんでもない値段になったんだとか」


※「薬草ひとつ百兆ゴールド?」


少年「?? それは何かの冗談ですか? たしか二万ゴールドでした。僕にとっちゃ買えないのは一緒ですけれど。それで……必ず払うからツケで売って欲しいと頼んでみたんです」


※「当ててみせましょう。あっさり断られた? でしょ?」


少年「ええ、店をつまみ出されてしまいました」


※「それで薬草を盗もうと? でもオルセン程のお店なら警備員が居るでしょう」


少年「はい。商品は強盗対策で頑丈なケースに入ってるし、それを見たら盗もうなんて気すら湧いてきません。もう途方に暮れてしまいました」


※「可哀想なティム。でも、ソニアはちゃんと助かったのよね? その後、いったいどうしたの?」


少年「ちょうど僕と入れ違いで、勇者ゼニが店にやって来たんです。店に駆け込むとスゴイ剣幕で怒鳴り散らして。『このゼニ様に濡れ衣を着せようとは良い度胸だな、テメェ!』てな感じで。怒声が外まで響いていましたから、本人に間違いありません」


※「おりょりょ……」


少年「薬草を買い占めた勇者なら、もしかすると安価でゆずってもらえるかもしれない。そう閃いて、勇者が出てきた所へ話しかけてみたんです」


※「勇者さんはどんな反応だった?」


少年「ワケを話したら困った顔をして。『確かに俺の懐には今一つだけ薬草が残っている。だがな、少年よ。俺が君に同情して最後の一つをくれてやったとしよう。もしも、万が一、それが原因で俺が魔物に後れを取るような事があったらどうする? より沢山の犠牲者や泣く人が出るのではないか? スマンが、この場で私情を優先することなど出来ない』ハッキリそう言われてしまいました。その通りだと思います」


※「正論ではあるけれど。勇者を名乗るなら薬草なしで勝ってみろってんだ、コン畜生ですわ。厳しい時代だから仕方のないことではあるのだけれど。最近、見栄すらはれない大人の余裕のなさが目に付いて、先生は哀しいわ」


少年「それで勇者さんはキビスを返し、行ってしまったんです。ただ……(少し口ごもる)」


※「んー? 言ってごらんなさい。恐れず勇気をもって」


少年「勇者さんが去った後、そこに薬草が落ちていたんです。後を追いかけて渡す事も出来たはずなのに……ああ、僕って奴は。そのまま持ち帰ってしまったんです」


※「そっかー。でもそれは盗んだ内に入らないかもねぇ」


少年「えっ?」


※「例えばね、ティムが拾った薬草を勇者さんに返したとしましょう。そしたら勇者さんは『気の利かないガキだな』とか何とか言ってソッポを向いちゃうと思うの」


少年「あっ、それはつまり……」


※「ワザと落としたんじゃないかな~。お陰でソニアも助かった」


少年「そ、そうだったのか! 道理であんな……不自然だと思った! まったく、僕はなんてバカ野郎なんだろう」


※「勇者が薬草を買い占めたというのも、お店がついた嘘ね。値上げを正当化する為の単なる責任転嫁って奴。『必ず落とし前をつけさせる』そう脅された店主は、さぞや慌てた事でしょうね、ホホホ」


少年「先生は、まるで見ていたかのように語りますね」


※「突然、賢くならないで頂戴! 先生、お胸がドキドキしちゃう。と、とにかく! ティム、貴方がすべきことは謝罪ではなく感謝。人生を救われた恩は、誰かの人生を救うことでしか返せません。貴方もきっと、それが出来る大人になるのですよ。社会というものは『持ちつ持たれつ』そうして世の中は回っているのです」


少年「は、はい! 先生がいつもおっしゃっている事ですね。頑張ります! 実はボク、前から憧れていることがあって。勇者さん、格好いいですよね! あんな風に皆から感謝される立派な男になりたいな~って。おかしいですよね、僕なんかが」


※「先生、複雑かな。ティムにはあまり野蛮な事をして欲しくないのだけれど。それが貴方の願いであるのならば。叶うよう祈りましょう。ただね、ティムがその夢を叶える為には直さなければならない欠点もあると思うの」


少年「ネガティブで引っ込み思案な所ですね。それもいつも言われてるので」


※「今回、貴方の勇気でソニアが助かった。貴方に勇気がないとは先生も言わない。でもね、いつもいつも勇気だけで何とかなるほど世の中は甘くないの。ここぞという場面で必要とされる能力や資質は必ずあるものよ」


少年「それって……例えばどんなものでしょう?」


※「そうねー、先生がいつも心掛けていることなんだけど。誰かを救いたい、信頼を勝ち取りたいと願うのならば、ウンと頭を使わなければ無理むーり、フォーエバー不可能かな。優しさや愛も確かに必要だけど、それは単なる心の土台。その上に更なる何かを積み上げていかないとね」


少年「何かとは? 機転とか? 判断力?」


※「そう、でも単語だけじゃ伝わらないこともあるでしょうね……。そうだ、ティム! 貴方ちょっと、草って十回言ってみて。薬草だけに」


少年「え? 何の言葉遊びですか? なんで今それを…?」


※「いいから、言って」


少年「草草くさくさクサクサ…」


※「ひどーい! 先生は臭くなんてありませーん! とってもチャーミングでフローラルです。母なる海の香りがしまーす」


少年「はぁ? ええ、そうですね?」


※「判ってないようね、ならもう一回。草と十回」


少年「ええええ?」


※「言うのよ、ティム。出来ないのなら、ずっと先生のお乳をしゃぶってなさい」


少年「あの、その、はい。草草クサクサくさく……」


※「まぁ、ようやくのね? 何が咲いたのかしら?」


少年「き、機転か! はい、気付けたことで希望の花が咲きました」


※「ぱちぱちぱち~良く出来ました~。それよ、ティム。それが咄嗟の判断。答えを求められた時、口ごもってしまうのは三流。ジョークで場を和ませ誤魔化しちゃうのは二流。一流ならば、相手の求める回答をそのままズバーーッと示せないと。それが出来なければ、アナタに人は救えない」


少年「は、はい! 何となく……判った気がします。ボンヤリとだけど」


※「良い子ね、ティム。願わくば、子ども達が危険な目に遭わぬ時代が早く到来して欲しいものだけど……祝福の光りが貴方の鼻先にあらんことを。しぃパッパの、ピカピカ~」


少年「ありがとうございます。先生と話していると、乱れた心が楽になって、また頑張れそうな気がしてくるんです。僕も『誰かの希望になれる大人』になりますから」



 お悩み相談室から出ていく、少年。

 やがて仕切り板の向こうから小さな溜息が聞こえてくる。


※「神よ、貴方はまた私から可愛い子ショタを奪っていくのですね……」




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