第36話

終わりが見えなかった諸外国要人の相手もラスト一人を残すのみとなった。

アメリカや朝鮮のことは仕方ないとして、これまで失敗らしい失敗はないし概ね成功といっていいんじゃないだろうか。


ずっと話していたこともあって少し声が枯れ気味だと感じた俺はJAPANのテーブルからグラスを取るために手を伸ばした。しかし、俺の手よりも先に突然横から出てきたほっそりした手がグラスを掴む。

隣を見ると穏やかな笑みを浮かべた女性が手に持ったグラスをこちらに差し出していた。


「どうぞ」


ただグラスを渡すという所作だけなのになぜか頭がぼうっとなり胸の高鳴りを感じる。

彼女がほしい…



うぅ〜いかんいかん!

意識をしっかり保つために軽く頭を振ってからグラスを受け取り、中の水を一気に飲み干した。



そんな俺の不審な動きを見ても彼女は穏やかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと手のひらを上に向けてこちらに差し出してから口を開いた。


「どうぞお手を」


彼女に促されるままに手を取った。すると、彼女はテーブルから少し離れた位置までゆっくりと移動してから手を離した。

その際見えた彼女の頸やほっそりした足に異様な色気を感じ、またも頭がぼうっとなってしまう。



「中華人民共和国代表の美麗メイリンと申します。漢字では『美しい』に『麗らか』と書きます。どうぞよろしくお願いいたします」


今までの女性の誰よりも優美な所作で頭を下げた。



美麗さんか。まさに彼女にこそ相応しい名前だ…彼女がほしい…


「片岡様、私一人の身と交換に我が国へお越しいただけないでしょうか?」


顔を上げた彼女は先ほどと同じように手を差し出し穏やかな笑みを浮かべたまま言った。


「……は……い……」


彼女に言われるがまま手を伸ばす。

しかし、彼女の手に触れるまさにその瞬間、脳裏に家で待つみんなの笑顔が浮かんだ俺は咄嗟に手を引っ込めた。

すると、彼女はここにきてはじめてほんの一瞬驚いたがすぐに元の穏やかな笑みに戻った。


「やはり私一人の身ではご不満でしょうか?あら、片岡様肩に埃が…」


そう言った彼女は口と口が触れ合うほど近づき俺の肩に手を伸ばした。

彼女の手が離れた瞬間、体が熱くなり痛いほど勃起すると同時に何もかもがどうでもよくなる。



ほしいほしいホシイホシイホシイ………

今すぐドレスを剥ぎ取ってブチこみたい……

穴という穴全てに体液を注ぎこんで俺だけのモノにしたいッ!!!



無我夢中で彼女に手を伸ばしドレスを剥ぎ取ろうとした瞬間、背後からものすごい力で抑えられ、顔に何かを当てられる感触がした。

続けて耳の裏で誰かの手の感触を感じる。

その手が離れた瞬間、全身から力が抜けて立っていられなくなった俺はゆっくりと倒れるのを感じた。それを誰かが優しく受け止めてくれた。

顔をめぐらせると笑顔で微笑む国分先生の姿。そして、彼女は「もう大丈夫ですよ」と言った。

再び前に顔を向けると、薄れゆく意識の中、左右から頭に銃を突きつけられた苦々しい表情をした美麗さんの姿がぼんやりと映った。



⭐︎


頭に柔らかく大きな気持ち良い枕を感じた俺は180度回転し、その枕に顔を埋めた。



あれ?真ん中に溝がある?

おかしいと感じ、急いで目を開き周囲を確認する。そして気づいた。

枕だと思っていたのはなんと国分先生の太ももだった。その太ももが少し光ってるのはまさか俺の…

慌てて飛び起きて謝罪する。


「す、すみませんっ!ほんっとすみません!」


言いながらタキシードの袖で国分先生の太ももを拭いていく。


「あら、そんなに慌てなくても…もう少し私に膝枕させてくれても良いんですよ?」

少し口を尖らせながら彼女は言った。


「ご冗談を。

あれ?でもなんで寝ちゃったんだろ?」


「片岡様、どこまで覚えていらっしゃいますか?」

急に真剣な顔つきに戻った彼女が訊ねてきた。


「確か、、歓迎会に参加して最後の美麗さんと話をしていて……

そうだ!急に体が熱くなったと思ったらもう彼女のことしか考えられなくなって。

今はもうそんなことないんですけど」


そこまで聞いた彼女はおもむろに立ち上がりテーブルに置かれたビニール袋を摘み上げた。

中身は何もないように見えたが、よく目を凝らして見ると小さく何かが光っている。


「小さな針……ですか?」


「はい、片岡様は耳の辺りにこれを刺されたのです。ほんの小さな細い針なので刺された感触もしなかったはずですが…

何か彼女が近づくようなことはありませんでしたか?」


「そういえば、、、肩に埃がついてるって取ってもらいましたけど」

顎に手を添えながら考えていると今のことを思い出した。


「その時ですね。

それよりも前に何かおかしなことはありませんでしたか?」


「前…ですか?

うーん、、、そういえば最初彼女にグラスをもらった時から頭がぼうっとしたような?」


「そうですか。

普通の男聖であればその時点で彼女の虜になって襲いかかるんですけどね」

うーんと首を傾げた彼女は不思議そうに言った。


「あの、全く話が見えないんですけど?」


「あ、すみません、きちんとご説明します。

彼女が使ったのは中国が独自に開発した『ピンイン』と呼ばれる麻薬の一種なんです。

この香は非常に強力なため使用するのが国際的に禁止されてるものなんです。

香を嗅いだ男聖は常時発情状態となり正常な判断力を失います。そして、近くにいる女性つまり彼女のことが欲しくて欲しくてたまらなくなり他はどうでもよくなります。

彼女はそれを首元や手首に塗っていたことが確認されております」


「え…?

でも、彼女からはそんな匂いなんてしなかったですよ?」


「それが恐ろしいところで、香は無臭なんです。さらに女性には作用せず男聖のみに作用するのでまず気づかれることはありません。

彼女は最初匂いだけで片岡様を堕とす予定だった。ですが、どういうわけかうまくいかなった。だから、最終手段としてコレを使用したわけです」


そう言って改めてビニール袋に入った針を強調した。


「この針には香の原液が塗られています。

一般男聖であれば刺された瞬間に即廃人となり、狂ったように腰を振り一生射精するだけの種馬となるレベルのものです。

中国はこれを奇跡的に生き残った男聖に使ってMD病の発生源でありながら持ち直したのです」


あまりに衝撃的な事実に頭が追いつかない。


「でも、そんな!美麗さんはどうしてそこまで…」


「それは彼女が片岡様を本国へ連れてくることに失敗した場合、処刑されるからでしょう」


「処刑ってそんなっ…!

じゃあ今のままだと彼女は……」


美麗さんが処刑されると聞いた俺は居ても立っても居られなくなり国分先生に詰め寄った。

だが、彼女はふぅと一息ついて諭すように話し始めた。


「ここまでされて彼女の心配を……

恐喝・強盗・放火・殺人…etc」


なぜか急に犯罪を列挙し始めた国分先生。それを聞いた俺は頭が更に混乱した。


「何かわかりますか?

……全て彼女のした犯罪です。彼女は死刑囚なのです。片岡様を籠絡するためだけに今回特別に恩赦が与えられたのです」


はぁぁぁぁぁ!?彼女が死刑囚…?嘘だろ?


「事実です。ですから片岡様がお気を病むことはありません。元々彼女は死刑になる予定だったのですから」



あまりの衝撃的な事実に腰がぬけた俺はぺたんと力なくその場に座り込んでしまった。




※長いので一旦切ります。








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