第2話 美少女にしかられる


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 夏が暑いのは当たり前だが、なんでこうも暑いのだろうと我に返った透は自分がヘルメットをかぶったままだということに気がついた。


 そして、さらに重大なことを思い出した。

 頼まれた買い物の中に、アイスがあったのだ。

 彼は、ヘルメットを脱ぐとあわてて姉のもとへ向かおうとしたが、駐輪場正面の病室から視線を感じきょろきょろとした。


 窓辺には、ガラスに赤と青の朝顔が描かれた風鈴が飾ってある。

 透は目を見張る。

 それは、幼い日に彼が割った風鈴ととてもよく似ていたからだ。

 風鈴恐怖症が発症し、透はその病室の脇を怯えながら過ぎようとした。

 しかし、風鈴の持ち主に呼び止められる。


「おじさん、ここは病院だってわかってます? うるさいバイクのエンジンは切ってから敷地内に入ってください」


 窓から顔を出して、彼にぴしゃりと言ったのはパジャマ姿の少女だった。

 透より5つか6つ年下で高校生くらいだろうか、白い肌に長い髪、大きな瞳。

 まつげもくるりとしていて、お人形のようにかわいらしい容姿。

 道ですれ違ったら、彼は間違いなく目をハートにして振り向くだろうと思われる少女から、『おじさん』といわれたことにショックを受け、バイクの鍵を取り落とした。


「おじさん、聞いてる?」

「俺はまだ、21歳でおじさんじゃ……」

「どっちでもいいけど、迷惑だから気をつけてください」


 透はぐうの音もでない。

 あまりにも丈夫で病院など無縁の彼にとって、自分のバイクがうるさいということも病院では静かにすることが常識だということもあまり意識していなかったのだ。


(そうだよな……エンジン音をエキゾストノイズっていうくらいだもんな。俺には心地いい音でも、病気で安静にしている人には騒音でいい迷惑だよな)


 気が利かないだの無骨だの姉に散々言われている彼も、さすがに反省した。


「はい……すみませんでした」


 185センチある長身でうなだれる姿は、傍目で見ていてもかなり滑稽で、彼女と同じ病室の者や看護師もくすくすと笑っている。

 彼女も予想より素直に反省した透を見て、困ったように笑った。


「ここ数日、お見舞いに来てるでしょ? その人に免じて今日のところは許してあげる」

「あー! 忘れてた」


 透は、アイスのことを思い出しあわてて走り去ろうとする。

 その後ろ姿に、少女は声をかける。


「病院内で走ってはダメよ!」


 透は、承知とばかりに背を向けたまま手を振った。

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