Take12 Pin Your Wings

「自分の音って、まだ大きくなりますか?」

中音なかおと(アンプの音量)上げていいよ!」

「はい。ちょっと上げます」


 足元のモニターを指差す僕に、ミキサー卓から大きな声が届く。

 曲中の気になるところや、大まかなライブの流れ。モニターの返しや出音の調整など、蔵田さんやスタッフの皆さんの力を借りながら、リハはつつがなく進行して行く。

 この場に社長やキキさんがいないのはラッキーでも何でも無い。

 あらかじめ五嵐さんにお願いして“ちょっとお茶しに”という名目で、呑みに連れ出して貰っていた。

 

 リハが終わると少しばかりの空き時間が生まれる。外の空気を吸いに行くも良し、籠ってまったりするも良し、本番前の貴重なリラックスタイムにしなくてはならない。


「な、何だか興奮して来ますね」

「新山くん、かかり過ぎやって。今からそんなんでどないするんや?」

「そ、そうですね。落ち着きます⋯⋯落ち着かせます⋯⋯落ち着こうと思います⋯⋯どうやったら落ち着きますかね?」

「知るかっ!!」


 先程からずっとこんな調子で、緊張感の無いふたりのやり取りに、僕は何だかリラックス出来ていた。


「ライブ前の空き時間って、みなさんどう過ごしているのでしょうか?」


 ふと沸いた疑問を口にすると、ふたりは同時に唸って見せた。


「飯ちゃう? ライブだと、一杯引っ掛ける人とかもいるかもなぁ」

「ま、ご飯は食べた方がいいですよ。舞台上って、想像以上に体力を使いますからね」

「そうですか。食べておきます」


 満場一致でご飯となったので、用意して頂いた弁当に手を掛ける。


「これがビッグアーティストとか、でっかいフェスだと、豪華なケータリングがあるんやろうけど、今日はこれでしゃあないわな」


 桐川さんも弁当に手を掛けると、新山さんも手に取った。


「用意して頂いてるだけで、十分ですよ」

「せやな。この規模で準備されている事なんて、きっと無いもんな」

「そういうものですか」


 ふたりの言葉に手にした弁当の重みを何だか感じる。ありがたみを感じながら、弁当を口に放り込んで行った。


 時間は刻々と刻まれ、OPENの時間が近づく。口数は自然と減って行き、落ち着きは無くなって行った。

 ギターとベースのスチール弦が擦れる音。ペチペチと腿の上でリズムを取る音。

 桐河さんが楽屋のモニターからフロアの様子を覗く。僕も手を止め、釣られて覗いた。小さなモニターが映し出す、薄暗いフロア。パラパラと人はいるものの、埋まっているとはとうてい言えず、まばらなフロアを寂しげに映し出していた。


「これ埋まりますかね?」

「さぁね。でも、何とかなるやろ。だれか前売りの情報聞いとる?」


 僕も新山さんも首を横に振る。スカスカであろうと、満杯であろうと、やるべき事は変わらない。

 客入りが始まり、30分もすれば本番が始まる。

 いよいよだ。

 集中を上げて行く。

 ソワソワと心をくすぐられるような落ち着かない時間は、あっという間に流れて行った。

 三人とも衣装らしい衣装はない。桐川さんから、“これを着ろ”と渡された黒のバンドTシャツに、僕と新山さんは着替えるだけ。桐川さんもいつの間にかTシャツに着替えて、その上から着古した黒のライダースジャケットを羽織った。


「やっぱりこれよな」


 ライダースジャケットにご満悦の様子。社長が用意したブリブリのロリータファッションは事務所に置いてきぼりを食らい、控室には独特の革の香りが漂っていた。


「その革ジャン似合っていますね」

「フフフ。祐、わかっとるなぁ。せやろ、これが似合うねんなぁ~」

「やはり、ロリータファッションとか苦手なのですか? 普段着とぜんぜん違いますよね?」

「う~ん、嫌いとかでは無いよ。人が着ている分にはカワイイとは思うけど。ちょっと⋯⋯てか、かなり? キャラじゃないからなぁ」

「違和感を覚えてしまうと」

「そう言う事」


 気が付けばスタート10分前。

 大きく息を吐き出す僕の肩に、ポンと手が置かれた。


「大丈夫? 緊張するよね。でも、舞台は生もの。なる様にしかならないから、楽しみましょう」

「はい」


 ニッコリと微笑む新山さんに頷くと、楽屋の内線が鳴り響く。


『5分押しでお願いします』

「分かりました」


 内線の受話器を置き、ふたりに振り返る。


「5分押しだそうです。袖に移動しましょう」

「いよいよや!」

「頑張りましょう」


 外階段を下り、舞台袖の重い扉を開く。フロアに渦巻く熱気が肌にまとわりつく。リハの時とはあきらかに違う空気感に、鳥肌が立っていた。

 満杯とは言わないまでも、スカスカにならない程度には埋まっている。薄暗い赤や青が、その様子をぼんやりと浮かび上がらせ、僕は緊張の混じる安堵の溜め息をついた。


「はぁー」

「大丈夫か?」

「はい。緊張はしていますが、大丈夫です」


 袖で蔵田さんが真っ先に声を掛けてくれます。


「思ったより入っているぞ。二階は少し空いているが、一階はほぼパンパンだ。コアラさんのグッジョブだよな。有名ユーチューバーに取り上げて貰ったんだって? 見た感じ音楽好きの奴らが、面白がって足を運んでいる感じだ」

「そうですか。とりあえず人がたくさんいてくれて、良かったです」

「へぇ~」

「何ですか? その反応? 何かおかしかったですか?」

「いや、普通の反応だなって感心したんだよ。いっぱしのバンドマンみたいだ」

「からかっています?」

「いやいや、そんな気なんてないない。頑張ったのも知っているし、ここまで来たら楽しんで来いよ。フォローはこっちに任せろ」

「はい、ありがとうございます」


 客電が落ちると一瞬ざわっとなる客席。次の瞬間、スピーカーが爆音を鳴らす。

 桐河さんがSE、登場テーマに選んだのは、コープランドの『Pin Your Wings』という曲。

 掻き鳴らされるギターリフ。それに呼応して、フロアから大きな歓声が上がった。

 その歓声は僕の体を貫き、頭の先までシビレさせる。血が沸騰するかのように拍動は上がり、毛穴が開く。フロアの期待は熱となり、僕の心臓を熱くさせた。その高揚感はフワフワと足元をおぼつかなくさせ、現実味を薄くさせる。

 SEの大サビがフロアに鳴り響くと、桐川さんと新山さんの表情が引き締まった。

 始まる。


「よっしゃぁ!! 行くでぇー!!」

「「はい!!」」


 桐河さんの掛け声に、僕の足はしっかりと床を踏む。フワフワした高揚感は消え、体中にやる気が満ち溢れた。

 桐河さんを先頭にステージへと足を踏み入れると、歓声の爆発が起きる。桐川さんはその歓声に拳を上げて応えて見せた。フロアの熱は天井知らずに上がって行き、期待の大きさをステージまで届ける。

 アンプの前に置かれた青いテレキャスターギターを肩に掛け、ギターのヴォリュームを上げた。

 アンプはブーンと小さなノイズを響かせ、いつでも行けると僕の気持ちを急かす。足元のエフェクターを軽く踏み、アンプが鳴らすノイズが大きくなって行く。

 桐河さんが、ミキサーに軽く頷くとSEの音は一気に小さくなって行った。

 

 始まる。


「お待たせ!! キャンディフロス、初ライブへよう来たなぁ!」

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