前世ハムスターのハム子は藪をつついて蛇を出す

岬えいみ

第1話 前世の天敵に遭遇しました①

 私立弥美雲やみくも学園、体育館。


 窓からの陽光がカーテンのように降り注ぐ中、春の入学式が行われている。


 ――こっくり、こっくり……。


(志望理由は……家から一番近いから……じゃない、校風の素晴らしいこの学園で学びたいと思ったからです……むにゃむにゃ)


 家族から危ぶまれた受験をどうにかこうにかクリアして、無事に晴れの日を迎えた日暮ひぐらし公花きみかは、新入生席のパイプ椅子にちょこんと腰かけて、ウトウトと居眠りをこいていた。


 わざとではない。最初はシュッと背筋を伸ばし、どんぐりのような瞳を希望に輝かせて臨んでいたのに――。


 退屈な校長先生の長話と、幸せムード溢れるこの陽気に、綿毛のような柔な理性が勝てなかった――ただ、それだけのこと。まさしく春眠暁を覚えず、朝でなくとも一日中寝ていたい心地よさだ。


『新入生代表の挨拶。一年一組、蛇ノ目じゃのめつるぎくん』


「はい」


 キリッとした男の子の声が耳に届き、公花はふっと目を覚ました。

 頭を上げ、寝ぼけ眼でふんわりと前方を眺める。


 ステージに上がった男子生徒を見て、公花は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

 ガタンと椅子を揺らしてしまい、隣の生徒から迷惑そうな視線を向けられる。


 代表の男の子は演壇について一礼すると、マイクに向かって口上を述べた。


「新緑が鮮やかに映るこの季節、僕たちは今日、この学園の門をくぐりました。真新しい制服に身を包み……」


 さらりとした黒髪、すっと整った鼻筋に、理知的な雰囲気を醸し出す目元。

 新旧含めた生徒らの心境は、男子ならば一目置き、女子ならば憧れ一色に染まったことだろう。


 凛とした美声に自然と集中せざるをえない空気の中、公花は別の意味で全集中するはめになっていた。


(あ、あ、あの人、どうして、なんでここにいるの!?)


 実は公花には、前世の記憶がある。


 遠い昔、西暦一六〇〇年、安土桃山時代と呼ばれたあの頃。

 公花は、野山を駆け回る小さなハムスターとして生きていた。


 当時、ハムスターは世界でもまだ認知されていなくて、船荷に紛れて日本にやってきた公花は、自分も周囲からも、色違いのねずみの仲間だと思われていたのだが……って、そんなこと今はどうでもいい。

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