第51話 戦争であり、お祭りであり
『トルネード王子VSクールサブマリン』
新聞のスポーツ欄には、デカデカと見出しが
誰がトルネード王子だよ。
あの人、いつも無表情だし。
マウンド上では、すごく冷静だし。
新聞に俺の写真が載っていても、家族の反応は薄い。
父さんも母さんも兄さんも、野球にはあまり興味ないからなぁ。
試合を観に来てくれたことはない。
だけど、冷たいわけじゃない。
子供のやることに、極力干渉しない主義みたいだ。
進路選択や部活動についても、口出しされたことはない。
勉強でも野球でも、「頑張ってるみたいだな」とは言ってくれる。
野球というお金のかかるスポーツを、ずっと続けさせてくれたんだ。
静かに応援してくれているのは、感じている。
感謝している。
朝食を取りながら新聞を読んでいた父さんは、ひとことだけ声をかけてくれた。
「楽しんできなさい」と。
とても心が軽くなった状態で、俺は家を出た。
今日は県大会決勝日。
甲子園に行けるチームが決まる、運命の日。
○●○●○●○●○●○●○●○●○
藤川台県営野球場は、超満員だった。
対戦する両校とも、応援団は総力戦だ。
チアリーディング部が、すげえ気合入ってる。
プロスポーツのビッグゲーム並みに、華やかだ。
校長まで、ポンポンを振りながら踊っている。
微笑ましい。
観客席の一角に、メイドさんの集団が見えた。
金生さん達だ。
屋敷の使用人
金生さんには資金面をはじめとして、色々お世話になったからなぁ。
スポンサーの手前、負けられないぜ。
あそこは硬派なバンカラ応援団が有名なんだけど、今代の団長はすごい迫力の美女だ。
上半身は裸にサラシを巻いただけ。
ボロボロの学生帽。
そしてブラスバンド部の演奏よりもデカい声を張り上げて、応援している。
両校とは関係なさそうな、一般っぽいお客さんもたくさん入っている。
公立の進学校同士の決勝戦。
しかも左のトルネードVS左のサブマリンなんて、激レアなカードだからな。
プロのスカウトも、大勢観にきているはず。
夏の高校野球は、学校の金と威信をかけた戦争だ。
だけど同時に、みんなで楽しく大騒ぎするお祭りでもある。
球場全体が、激しい熱狂に包まれていた。
グラウンド上では、
この決勝戦は、女性監督同士の戦いということでも注目を集めていた。
優子にも
特に優子は、学生監督だからな。
サキの方も、ネット上では「可愛いロリ監督」と呼ばれて大人気らしい。
どうやら【認識阻害魔法】をかけられていたのは、俺ら
優子が打球を飛ばすたびに、歓声が上がる。
恐ろしく正確なノックだからだ。
試合前なので、野手に無理はさせない。
だけど軽く前後左右に走らせて、体を
その加減が絶妙だ。
ノックのシメにしてノッカー最大の腕の見せ所、キャッチャーフライの時間が来た。
優子が打ち上げた打球は、空高く舞い上がっていく。
青空を貫いて、高く。
どこまでも高く。
……いやいや、高過ぎだろう。
キャッチャーフライの練習は高く上げるもんだといっても、これは非常識。
あまりに落ちてこないから、観客席がどよめく。
優子の奴め。
【交合魔力循環】で、超人的身体能力も取り戻しつつあるのを計算に入れてなかったな?
暇そうにしていた憲正の元に、ようやくボールが落ちてきた。
キャッチャーボックスから1歩も出ることなく、フライをキャッチ。
正確かつあり得ない飛距離の打球に、大歓声が
盛り上げてくれちゃって。
まだ試合は、始まってないんだぜ?
○●○●○●○●○●○●○●○●○
1回表。
熊門高校の攻撃。
今日も俺が切込み隊長だ。
スキルやレベルの力が一部復活している今なら、打者としても仕事ができるはず。
バットをクルクルと回転させる打席ルーティンに、観客席が湧く。
マウンド上での鉄心さんは、相変わらず無表情だった。
ほんとクールだな。
見惚れてしまいそうなほどに美しいフォームから、第1球が放たれる。
「おっとっと……」
いきなり超スローボールが来た。
あれだけ腕を振っといて、なんでこんなに遅いんだ。
チェンジアップとも、また違った球だし。
【動体視力強化】スキルも少し復活しているのに、全然タイミングが合わなかった。
バットを止めるので精一杯だ。
当ててしまったら、ゴロで討ち取られる。
これを低めギリギリに、コントロールしてくるんだからなぁ。
2球目は剛速球がきた。
オーロラビジョンの球速表示によると、166km/h。
速いだけじゃなく、軌道があり得ない。
浮き上がり過ぎだ。
落ち着けよ、俺。
緩急が凄いのは、事前にわかっていたことだろう?
3球目。
「いいっ!?」
これは……?
シンカー……なのか?
俺の眼前まで来て、ボールは重力に逆らって浮き上がる。
そして重力を思い出したかのように、鋭く落ちた。
しかも大きく胸元に食い込みながら。
上がって、曲がって、落ちる。
魔球もいいところだ。
ボールをスイング
線ではなく、点で捉えないと打てない。
鉄心さんのシンカー。
春季大会では、ここまでエグい変化球じゃなかったんだけどな~。
たった3球で、俺はアウトになってしまった。
だけど絶望的な気持ちにはならない。
次打席ではどうやって攻略してやろうかと、ワクワクしている。
引き上げ
魔神サキが、ものっそいドヤ顔をしている。
あー、はいはい。
わかってますよ。
お前んところのエースは、凄いピッチャーだ。
だけどな、ウチのチームも最高なんだぜ?
澄んだ金属音が響いた。
続いて激しい破裂音。
2番打者の憲正が、バットを振り切った状態で静止している。
鉄心さんは、グラブを突き出していた。
とんでもない勢いのピッチャーライナーを、鉄心さんがキャッチしてアウトにしたんだ。
抜けていたら、フェンス直撃だったな。
さあ、鉄心さん。
試合はまだ、始まったばかりだ。
熱い1日にしようぜ。
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