第21話 パパみたいに経済観念の破綻した男とは、絶対結婚したくない

「ほ……ほう? ワシが無能だと、証明する? 一体何をする気だ?」


「試合をするんですよ。しょう監督率いる8人のチームと、ゆうが率いる俺達2人で」


「何だと!? 8人対2人で、試合になると思っているのか? 守備はバッテリーだけという意味だろう? 打たれたら、ボールはどこまでも転がるぞ?」


 そもそも9人揃わなかったら、負けになってしまうのが野球。

 でもこれは、公式戦じゃないからな。


「普通なら、試合にならないでしょうね。でも将野監督が足を引っ張るので、俺達は2人でも楽勝です」




 将野の顔面が紅潮する。


 いいぞ。

 もっと怒れ。


 俺の挑発に乗って来い。




「2人しかいないなら攻撃時、2人とも塁上に出てしまった場合はどうするつもりだ?」


「チームメンバーではない役を、打席に立たせます。バットを持たせなければ、打てないでしょう。俺達は、盗塁するぐらいしかできなくなる」


 圧倒的に、有利な条件。

 さらにダメ押しだ。




「そちらは助っ人を呼んできて、9人にしても構いませんよ? どうせ俺達には勝てないんです」


「舐められたもんだな。お前のチームの2人目は誰だ?」


ひじりゆう選手兼監督プレイングマネージャーとして……」


「ダメだ。女がグラウンドに入ることは許さん。監督としてベンチに入ることだけは、見逃してやる」


 こいつ、まだそんなことを……。




「じゃあ僕が、しのぶのチームに入ります」


「待てノッポ。勝手なことを……」


「いやあ。正直僕も、将野監督にはついていけないなって思ってたんです。いない方がマシ級の監督って、本当に存在するんですね。ハッハッハッ……」


 ……けんせいの奴も、なかなか性格悪いよな。


 捕手キャッチャーとしては、これぐらい性格悪い方が頼もしい。




「ふざけおって! だいたいノッポまでいなくなったら、ワシらのチームにはキャッチャーをできる奴が……いや。おいチビ! 助っ人を呼んでもいいと言っていたな?」


「ええ。何人呼んでも構いませんよ」


「ぐふふふ……。ワシの人脈を、甘く見るなよ? この勝負、受けて立つ! 負けたらもう2度と、ワシの方針に逆らうなよ?」


「わかりました。勝負は2日後。またグラウンドが使える日で」




 2人対9人の超ハンディキャップマッチが決まった。


 その瞬間に優子は泣き止み、ニヤリと唇を吊り上げる。


 バックネット裏で練習を見ていた生徒達に向かって、意味ありげなくばせもしていた。


 こいつ、何かたくらんでやがるな。


 俺もなんだけど。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






 ハンディキャップマッチの日がやってきた。


 俺達側のベンチには、監督としてユニフォームをまとった優子。

 そしてワイシャツ姿に野球帽を被った、かん先生が座っている。




 マウンド上では、将野が呼んできた助っ人が投球練習をしていた。




「デカいな……。すめらぎより、さらにデカい」




 この巨人はすな

 現在は社会人。

 高校時代には、甲子園出場経験もある投手だ。


 身長は220cm。

 日本プロ野球やメジャーリーグを探しても、ここまでの大型投手は存在しなかった。


 右のオーバースローから、ストレートを投げおろしてくる。


 リリースポイントが、めちゃくちゃ高いな。

 あり得ないぐらい、ボールに角度がついている。


 それを受け止めるキャッチャーは、同じく助っ人のれき

 こちらも身長223cmという巨漢だ。

 強肩でもあるけど、それ以上にバッティングの飛距離が凄いらしい。


 この2人は高校時代にバッテリーを組んで、甲子園出場を果たした。

 当時は「砂砂コンビ」と呼ばれ、全国区で有名人だったらしい。

 その時に、監督を務めていたのが将野だ。


 甲子園出場は、将野の采配によるものじゃない。

 規格外の身長という素質に恵まれた、バッテリーによってなされたものだったんだ。




「どうだ! ビビッたか! 今さら外部の助っ人はダメだと言っても、聞き入れないからな!」


 将野が超ドヤってる。


 「砂砂コンビはワシが育てた」とか、思ってるんだろうな。

 あんたが指導してなきゃ、今頃2人ともプロ野球選手になってるよ。




「おい! チビ! お前が用意すると言っていた、案山子役はどうした?」


「もうすぐ来ると思いますよ」




 俺の台詞が聞こえていたかのように、爆音が響いた。


 V8ツインターボエンジンの排気音だ。


 グラウンド横の道路を、ベッタベタに車高の低い車が走ってくる。

 ケーニグセグのアゲーラRSRという、メチャクチャ高級なスーパーカー。

 お値段なんと、2億6000万円。


 家族に黙ってこの車を買った時は、奥さんから12時間説教されたそうだ。


 娘からは、「パパみたいに経済観念の破綻した男とは、絶対結婚したくない」と言われて泣いたらしい。




 アゲーラRSRは、学校の駐車場に停まった。


 独特な開き方をするドアから、大柄なオッサンが降りてくる。


 年齢の割に、若々しいファッション。


 顔にはド派手な、一眼レンズタイプのサングラス。




 オッサンはのっしのっしと歩き、グラウンドに近づいてくる。


 野球部員達が、ざわざわし始めた。


 将野の顔が強張る。




「よぉ~。愛する娘とまな弟子ども。2人対9人で試合をするなんざ、面白そうじゃねえか」


きゅうさん。プロアマ規定があるんで、今も弟子みたいな言い方はマズいです」


こまけえことを気にすんなよ、しのぶ。チ〇コも細けえ男だと思われんぞ? 技術指導は中学までで、高校生になってからは一切やっていない。今日も試合でプレーするわけじゃねえ。ほら、なーんにもプロアマ規定に違反してねえだろうが? 前みたいに、師匠って呼んでくれよ」


 ああもう、この人は。

 優子がシモい台詞を吐くのは、間違いなく父親の影響だ。


 日本プロ野球NPBに、数々の伝説を残した守護神クローザー

 5年連続セーブ王。


 元プロ野球選手のひじり球也が、目の前に立っていた。


 俺と憲正が2人とも塁上に出てしまった場合、このオッサンが案山子役としてバッターボックスに立つ。




「ば……馬鹿な! 元プロ野球選手が打席に立つなんて、反則だ!」


「じーさん、いちいちカッカすんなよ。打席に立つっつっても、バットも持たずに突っ立ってるだけだ。俺ぁデカいから、ストライクゾーンもひれェぜ?」


「む……むぅ……」




 問答していると、禿げたオッサンが校舎から走ってきた。


 熊門高校ウチの校長先生だ。




「よぉ~、校長センセ。ウチの娘が、色々とお世話になってまっす」


「いやぁ。元プロ野球選手の聖さんが、我が校へ遊びにきてくださるとは感無量です!」


 汗をハンカチで拭いながら、何度もヘコヘコと礼をする校長。


 この人、権威とか有名人とかお金持ちに弱いんだよなぁ。




「校長センセも、試合見て行かないっスか? 2人対9人の超ハンディキャップマッチをやるんだと」


「2人対9人? ワタシ野球のことはよくわかりませんが、それで試合になるのですかな?」


「普通はならないっスね。これだけ人数差があって負けたら、人数多い方の指揮官は無能もいいところっスよ。ワッハッハッハッ!」


 将野が頬をピクピクさせている。




 有名人に逆らえない校長は、俺達側のベンチへと引きずり込まれた。






 よし。


 ここまでは予定通り。








 

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