第30話 走る札束の狂宴

 5月半ば。


 俺は車を買ったメガディーラーへとやってきていた。


 ポルシェ911GT3RSのオイル交換をするためだ。




「いらっしゃいませ、かなおい様」


 輝く笑顔で出迎えてくれたのは、かつて俺らに失礼な態度をかましてくれた女性営業さんだ。


「お……おひさしぶりです。研修は、無事に終わったんですね」


 店長さんは研修じゃなくて再教育って言ってたけど、本人の名誉のためにあえて研修ということにしておく。




「いつぞやは大変失礼いたしました。なんとお詫びを申し上げればよいか……」


「もう過ぎたことですし……」


「いえ! 私の罪は、『ジュデッカ』に収監されたぐらいでは消えません!」


 ……収監?

 『ジュデッカ』は研修施設と聞いたが?

 まるで刑務所みたいな言い方じゃないか。



 女性営業さんは、突然お店の床に這いつくばってしまった。


「愚かなメスブタであるこの私に、罪を償う機会をお与えください! 激しくののしってください! 靴の裏で踏んづけて下さい! キツく縛り上げてください! ブヒーッ!」




 ……どうしよう? これ。




 困っていたら、別の女性店員さんがやってきた。

 以前手刀で、女性営業さんを昏倒させた達人だ。


 あの時と同じように手刀を叩きこまれ、気絶した女性営業さんは連行されていった。


 おっ。

 今回は俺にも、手刀が2発確認できたぞ。




 連行されていく女性営業さんと入れ違いに、店長さんがやってくる。




「申し訳ありません。どうやら『ジュデッカ』での調整に、失敗したようです」


「俺は何も見なかったし、聞かなかったことにします」


「そうしていただけると助かります。……ところで金生様。GT3RSも、そろそろ慣らし運転が終わります。せっかくの高性能車ですし、アクセル全開で走らせてみたくはありませんか?」


「いえ、全然」


「そうですか。金生様からは、匂いがすると思っていたのですが」


「えっ? 加齢臭かな? すみません、毎日風呂には入っているのですが」


「これは言葉足らずで申しわけありません。金生様からは、スーパーカーを購入するお客様特有の匂いがするのです。スピードを追い求める人間の匂いが……」


「……俺はいつも、安全運転ですよ」


「それは大変結構なことです。しかし世の中には、安全にスピードを出せる場所というのもございまして」




 店長さんは、1枚のチラシを差し出してきた。




「このイベントに、参加しろってことですか?」


「無理に……とは申しません。しかし九州のスーパーカーオーナーが、一堂に会するイベントです。希少車であるGT3RSでご参加いただければ、大変盛り上がることでしょう」


 たぶん参加はしないだろう。


 そう思いながらも一応チラシを受け取り、俺は帰路についた。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






「『第3回スーパーカーグランドツーリング』? なにコレ? 面白そうなイベントじゃない!」


 リビングのテーブルに置いていたチラシを、ゆめが発見してしまった。




「へえ~。あのメガディーラーにスーパーカー乗りがいっぱい集まって、ツーリングに出かけるのね。集まってくる車、総額いくらになるかしら?」


 夢花の奴、車は価格がすべてだと思っているふしがあるよな。




「あっ! このイベント、ツーリング後はサーキットに行って走行会があるんですって。サーキットって、どれだけ飛ばしてもいいんでしょ? 面白そうじゃない。ご主人様、あたしも連れて行ってよ。仮免取ったし」


「お前、俺の911に『仮免許練習中』の札を貼って走る気か?」


「問題ないわ。知らないの? ドイツの自動車教習所には、ポルシェ911の教習車があるのよ」


 噓だろうと思いスマホで検索したら、本当に出てきてビックリした。

 くそ……。変な前例作りやがって。




「とにかく俺は、こんなイベントに参加するつもりはないぞ。ひとりでゆっくり運転を楽しみたい」


「ご主人様、やっぱりぼっち好きなのね。参加しないの? つまんなーい」


 夢花は唇を尖らせるが、参加するつもりは毛頭ない。

 ツーリングはともかく、サーキットなんて……。




「旦那様、参加された方がよろしいかと」


 夕食後のデザートを用意しながら、アレクセイが落ち着きのある声で意見を述べてきた。

 ちなみに今夜のデザートは、最高級抹茶プリン「おこい」。

 1個7650円だ。




「どうして参加した方がいいんだ?」


「スーパーカーを所有しているのは、多くが大企業の社長や資産家、成功している投資家です。そういった方々とコネクションを築くのも、有益なことでしょう」


「それは……確かにな」


「ご主人様。もうひとつ、参加した方がいい理由があるわ。こういうイベントを動画に撮ってサイトにアップしたら、人気出るんじゃない? YouTuberとして、再生回数稼げそうな動画撮影のチャンスを逃しちゃダメよ」


「うーむ」




 悩んでいたら、夢花がスマホをいじり始めた。




「はい、送信。店長さんに、LINEで参加を表明しといたわ」


「お前、いつの間に店長さんとLINE交換を……。いや、それより勝手にイベント参加を決めたりしてだな……」


「あー。どんな格好で行こうかな? メイド服が1番のお気に入りだけど、ご主人様が外で着るなって言うからな」


 イベント参加だけじゃなく、自分が一緒に行くことまで勝手に決めてやがる。


 まあいいか。

 アレクセイが言うことも、夢花が言うことももっともだ。


 参加すると決まった以上、イベントを楽しんでやろう。


 サーキットは走らずに、ツーリングだけの参加だがな。






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 イベント当日の早朝。


 俺はメガディーラーへと向かった。

 助手席に乗っているのは、私服姿の夢花だ。


 のりタン先生も来たがったが、ジャンケンで夢花に負けてしまった。

 この車は2人乗りだから、助手席争奪戦になるのは仕方ない。


「先生も718スパイダーを運転して、ついてくればいいじゃない」


 なんて夢花は言ったが、


「あの車はマニュアルミッションなので、運転疲れます~。それに金生さんと同じ車に乗れないなんて、面白くありません~」


 と、拒否されてしまった。

 彼女は現在、屋敷でフテ寝中だ。




 メガディーラーの駐車場に入っていくと、すでに多くの人と車が集まっていた。


「わあ~! すご~い! スーパーカーだらけよ! ホンダNSX、2497万円。レクサスLFA、3750万円。アストンマーチンDBS、3827万円……」


「価格憶えている、夢花もすごいけどな」


 こいつはスーパーカーのことを、走る札束ぐらいにしか考えていないんだろう。

 ロマンがない。




「ねえ、ご主人様。みんなあたし達に、すっごく注目しているみたいなんだけど」


「まあこの911GT3RSは、珍しい車だからな」


 こういう集まりでポルシェ911という車種はそう珍しくないが、GT3RSというグレードは激レアだ。


 参加者達から、歓声が上がる。

 どうやらみんな、喜んでくれているみたいだ。





 参加して、よかったな。





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