第18話 遠藤夢花の戦い

 どうの社会的抹殺を、アレクセイに指示した翌日。




 朝早く起きた俺は、ベッドの上でストレッチをしていた。

 キングサイズなので、充分なスペースがある。


 こんなに大きなベッドは要らないと言ったのに、ゆめとのりタン先生が勝手に購入を決めてしまった。


 2人は「将来のために」とか言ってたが、何が将来のためになのか分からない。

 なんか嫌な予感がする。


 ストレッチで体を温めた後、トレーニングウェアに着替えた。

 屋敷の庭を早朝ランニングするのが、最近の日課だ。




 玄関から外に出ると、朝もやの中に2つの影があった。


 俺と同じようにトレーニングウェアを着込んだ、遠藤親子だ。


 2人はピリピリとした緊張感を漂わせながら、向かい合っている。


 夢花はトントンとステップを刻む、空手の中段構え。


 アレクセイは両手をダラリと下げてステップを刻まない、無構え。


 いきなり芝生を蹴って、夢花が動いた。


 前に出ている手で放つ、刻み突き。

 反対の手で放つ、逆突き。


 弾丸みたいな突きのコンビネーションだったが、アレクセイはフットワークだけでかわしてみせる。




「ご主人様に、乗馬鞭を渡した恨み!」




 夢花が宙を舞う。

 大技、胴回し回転蹴りだ。


 下段を攻めて、意識を下に向けさせてからの奇襲。


 しかし、アレクセイには通用しない。

 夢花の足首を掴み、芝生に引き倒してしまう。


 起き上がろうとした彼女の顔面に、正拳突きを寸止め。


 拳圧だけで、夢花の髪が揺れる。


 勝負あったな。




「夢花、また腕を上げたな。敏捷性や反応速度では、もう私より上だろう」


「ちぇーっ。総合力ではまだまだ、お父さんに敵わないな」


 アレクセイに手を貸され、夢花は立ち上がる。

 負けたのに、その表情は晴れやかだ。


 俺は拍手しながら、2人に近づいていった。




「おはようアレクセイ、夢花。朝から格闘技修行とは、精が出るな」


「おはようございます、旦那様。これも執事やメイドのたしなみでございます」


「本当か? そんな嗜み、聞いたことないが……。まあ、心強いよ。俺も中学までは空手部だったんだが、2人と比べたら弱くてな」


「それじゃ、あたしがシゴいてあげようか?」


「足腰立たなくされそうだから、お前とはやらない」


「ちゃんと手加減するわよ。しつこく援助交際迫ってきた変質者をやっつけた時も、怪我しないように投げ飛ばしたんだから」


 そう言って夢花は、上段後ろ回し蹴りを披露。

 足を高く上げた状態で、ピタリと静止。

 技のキレも、柔軟性も素晴らしい。


 オッサンかつ空手ブランクのある俺じゃ、あんなに高く足上がらないからな。


 変質者を「投げ飛ばした」ということは、柔道も心得があるんだろう。




「少し、元気が出たか?」


「少し……は……ね……」


 そう言って夢花は、自分の巻き髪を摘まみ上げる。

 むりやり染められた、似合っていない黒髪。


 早くヘアカラーが落ちるようにと、昨晩シャンプーやトリートメントでパックしたらしい。


 夢花が本当に元気になるのは、ストロベリーブロンドを取り戻した時か。




「アレクセイとも相談したんだが、全部片付くまでは学校なんて行かなくていい」


「はぁ? 何を言ってるのよ、ご主人様! あたし何も、悪いことしてないもん! 四堂の方が、学校こないのがすじってもんじゃない?」


 俺とアレクセイは、顔を見合わせた。


 てっきり、学校には行きたがらないと思っていたからだ。


「そりゃ、学校行くのは嫌よ。クラスメイトにも四堂の息がかかっている連中がいて、嫌がらせしてくるし……。でも、そんな連中に屈するのは、もっと嫌!」


「……危険だぞ? お前が登校することで神経を逆撫でして、さらに乱暴なことをしてくるかもしれない」


「上等よ! 暴行や脅迫の証拠を掴んで、訴えてやるんだから!」




 ……この子、強いな。


 そう感心していたが、気付いてしまった。


 夢花の肩が、小さく震えていることを。




「……何かあったら、すぐ連絡するんだぞ。俺とアレクセイが、高校まで乗り込んでやる」


「えっ、やだ。ご主人様を、学校の女子達に見せたくないし」


 なんだそれ? 冴えないオッサンだからか?

 単なる雇い主なんだから、冴えなくても別に問題ないだろ?


 アレクセイみたいにカッコイイおじさまじゃなくて、悪かったな。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 1週間後。




 俺達は、高校の廊下を早足で歩いていた。




『遠藤~。お前最近またカラーが落ちて、髪色が校則違反になってきているぞ? せっかく俺が黒く染めてやったのに、台無しだ』


『あたしの髪は地毛だと、何度言ったらわかるんですか! それにウチの学校では、頭髪の染色が禁止されています。黒く染める方が、よっぽど校則違反です』


『うるせえ! 生徒が教師に口答えするんじゃねえよ!』


『キャッ!』


 耳に装着したワイヤレスイヤホンから、夢花と四堂教諭の声が響いてくる。

 ガタンという、机が動いたような音も聞こえてきた。


 一刻の猶予もない。




『髪色も問題だが、そのパーマも校則違反だな』


『この巻き毛も地毛だって、ちゃんと証明書を提出して……』


『ダメだろぉ。学校提出の書類を、偽造なんてしちゃあ。これは指導が必要だな』


『い……嫌! 何するの! やめてぇ!』




 俺は生徒指導室のドアを、勢いよく開け放った。


 中にいたのは、神経質そうな中年の男性教諭。

 こいつが四堂だ。


 そして机に押さえつけられた、うつ伏せの夢花がいた。




「ご主人様! お父さん! のりタン先生!」


「……四堂先生、夢花に何をするつもりだったんですか? ハサミなんか突き付けて」


 四堂の手には、かなり大きいハサミが握られていた。




「なんだぁ? あんたら? 部外者が校内うろつくなよ! 警察呼ぶぞ!」


「警察呼ばれたら、困るのはあなたではありませんか? 暴行の現行犯ですよ?」


「何を言ってるんだ? これは指導だ! 指導! 校則違反でパーマかけてる問題児の髪を、代わりに切ってやるんだよ!」


「……と四堂先生はおっしゃっていますが、どうなるんですか? 弁護士のりつ先生」


 眼鏡を光らせながら、のりタン先生が1歩前に出る。


「むりやり切った場合、暴行罪は免れませんね。2年以下の懲役、もしくは30万円以下の罰金です。そのハサミでちょっとでも夢花ちゃんに怪我をさせたり、髪を切ったショックでノイローゼに追い込めば、傷害罪も成立する可能性が高いでしょう」


「あ? 法律なんて知るかよ? ここは学校だぜ? 校則違反の方が問題だろうが?」






 ……こいつ、よくこれで教師になれたな。


 いまにも怒りを爆発させて飛び掛かりそうだったアレクセイも、四堂があまりにアホ過ぎて呆れてしまったようだった。





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