第11話 デート

翌日。


「レヴィン、デートに行くぞ」

「……え?」


早朝から彼を見つけた私は、開口一番そう言った。

戸惑う彼の手を掴むと、無理やり引っ張るようにして外へと連れ出す。


こうでもしないと、この主人は逃げてしまいそうだからだ。


「あの……」

「レヴィン、私の事は好きか?」

「ええ、もちろんです」

「ならば、デートだ」


そう言って、私達は貴族街の外へと向かうのだった。


「ちなみに私はデートというものは、初めてだ。エスコートするが良い」

「……エルナ様。僕も初めてですよ」


レヴィンの呆れたような声が返ってきた。

だが、そんな様子とは裏腹に、彼はどこか楽しそうだ。


「ならば、街を歩くとするか」

「お供します」

「なんだ?その態度は」

「新兵のように扱って欲しいと言ったでしょう?」


そういえばそんな事もあったかもしれない。

そして、私達の散歩が始まった。


「はあはあ」


しばらく歩くと彼が息を乱す。


「鍛え方が足りないな」

「すみません」

「そこの広場で休むか」


ちょうど噴水がある公園のような場所だ。

二人でベンチに座ると彼が大きく深呼吸を繰り返す。


今日は良い天気だ。

青い空には白い雲が浮かぶ。

鳥達が囀り、風は心地よい冷たさを運んできた。


親子連れの笑い声、そして子供達が元気に走る姿をぼんやりと眺める。


「……平和だな」

「貴方が守った平和ですよ」


ぽつりと呟いた言葉に、隣のレヴィンが答える。


「ふっ、それは違うな」

「エルナ様?」

「丁度良い機会だ。案内しよう」


そう言って、彼の手を取り立ち上がらせる。

向かう先は、懐かしき故郷だ。

 

むさ苦しい男達の住処。

そこは街外れに位置する騎士団の演習場だった。


「やっているな」


私は煙草に火を点けると、それを口に咥える。


演習場には鎧を纏った騎士達の姿がある。

そして、何人か見覚えがあった。

私の部下だった者達だ。


「あの紋章旗は第三だな」

「旗でわかるなんて、凄いですね」

「はは、何年いたと思っているんだ」


演習の様子を見渡して彼に向き直る。


「今日までの平和は彼らのおかげでもある」

「……ええ、そうですね」


レヴィンは遠い昔を思い出すかのように目を細めていた。

その表情からは哀愁すら感じられる。

私はそれ以上声をかける事を躊躇った。


その時だった。

騎士の一人がこちらに気がついたようで、歩み寄ってきた。

そして、私の前で立ち止まると敬礼をする。


「団長!お久しぶりでございます!」

「ああ、懐かしいな」


あの地獄を生き抜いた私の可愛い部下だ。

いや、可愛いなどと形容できる体格ではないのだが。

しかし、彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。


そして、そんな彼の姿を目にした者達が、こちらへと駆け寄って来た。

皆、口々に団長!と叫びながら敬礼をしてくる。


私は彼らの前に立つと小さく手を挙げ、敬礼を止めるように言う。


「私はもう団長ではない。今のおまえ達の団長への不敬に当たるぞ」

「しかし…」

「口答えは許さぬ。内心の自由は認めるが、その忠誠は国に捧げよ。良いな?」

「「ハッ!」」


彼らが揃って返事をしたのを見て満足そうに頷くと、今度は後ろで静かに見守っていたレヴィンの方を向く。


「どうだ?新兵君。これが歴戦の騎士だ」

「何というか、凄いですね……」


良く仕込まれた犬を見るような視線を向けられた気がするが、気にしない事にしよう。


「ところで、その方は弟さんでしょうか?」

「……夫だ」

「おっと?」


騎士達の表情が固まったように見えたが、気のせいだろう。


「またまたご冗談を」

「団長の軽口は今に始まった事ではないだろ?」


そんな喧騒を他所にレヴィンは真剣な表情で、


「エルナ様と婚姻を結ばせて頂きました、レヴィンと申します」


そんな挨拶をすると恭しく頭を下げる。


「「おおお!?」」


すると、騎士達から感嘆の声があがった。


「団長、どこから拐って来たんですか?こんな美男子」

「おまえら私がさっき言った事を忘れているだろう……」

「いえ、これは敬愛の意図がまったくない愛称ですよ、団長ぉ」


相変わらず失礼な奴らだ。


「楽しそうですね」

「はは、馬鹿しかいないからな」


そう言うと彼らは笑い出した。

ああ、こいつらは本当に変わらないな……。


そんな和やかな雰囲気が流れていた時であった。

遠くから鐘の音が鳴り響いたのだ。

私は空を見上げると眉間を寄せる。


その音の意味するもの……それは緊急召集の合図だ。


「何かあったのか?」

「また魔物が集結しているようでしてね」


一瞬で騎士の顔に切り替わる男達。


「まあ、任せて下さいよ。団長達の日常は今度は俺達が守りますから」


そう言い残し、彼らは立ち去って行くのだった。


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