第9話 料理

その日、私は新たな一歩を踏み出そうとしていた。


場所は館の厨房。

横には初日にドレスの着付けをしてくれたメイドの姿がある。

名をリンと言った。


「奥方様がそのような事をしなくても……」

「入隊した頃は料理番をやらされた事もある。問題ないだろう」


そう言いながら、包丁を握り締める。

私がしようとしているのは料理だ。


十数年ぶりとなるが、なんとかなるだろう。


「騎士団の料理番とは凄いですね!」

「ああ、殺気だったやつらの癒しだからな。マズければ剣が飛んでくる事もある」

「何年やられたのですか?」

「いや、一度だけだ。だから、楽しみなのだよ」


その言葉にリンは苦笑いを浮かべた。


私は包丁を構えると、まな板の上の野菜を見つめる。

まずそれを千切りにしていく。


ザクザク、ザクザク……。


心地よい音が響く中、リンの顔色が一層悪くなっていく。


「もう少し力加減をしないと……」

「うん?」

「あ、いえ、すみません!」


リンは慌てたように頭を下げると、そそくさと下がっていった。


「まあ、こんなものだな」


そう呟きながらも、水を張った鍋に入れると、塩を入れ、茹でる。

そして、少し凹凸のついたまな板に肉を乗せると厚く切っていく。


「奥方様、レシピは頭の中にあるのでしょうか?」

「何事も経験だろう?」


私は今、料理をしているのだ。

正直、今までこんな事を考えた事もなかった。


戦場では黙っていても完成された料理が運ばれてくる。

そうでない状況といえば、食べる事より生き残る事しか考えられない時だけなのだ。


「味付けはどうしようか」


さすが子爵邸とだけあって調味料には困らない。

適当に肉を鍋に放り込むと、気に入った味の調味料達を入れる。


そして、しばらく煮込めば出来上がりだ。


私は出来た料理を皿に乗せると、テーブルに運んだ。


「リンの分もあるぞ」

「……これもお仕事……これもお仕事」


彼女は小さく呟きながら、席につく。

私も向かいに座るとフォークを手にする。

 

そして、湯気を上げる肉を口に運ぶ。

口内に肉の旨味が広がった。


美味くできたのではないか?


そんな自画自賛に浸りながら、パンを手に取るとスープに浸しながら、頬張る。

様々な調味料を入れたせいか、味わい深いものとなっていた。


「どうだ?」


リンの反応を窺いつつ尋ねる。


「……個性的な味ですね」


そして、スープに浮かぶ小さな粒をスプーンで拾っては別の皿へと移していた。


「何か間違っていたか?」


私もそれに倣って、粒を拾ってみる。

これはもしや……。


「奥方様、次からはまな板を砕かない力加減でお願いします」

「ああ、すまなかった」


私は素直に謝る事にした。

料理とは楽しくも、なかなか力加減が難しいもののようだ。

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