第19話 逃げる者、助ける者

 キョウジは他のダンジョンであれば、地下四階程度で苦戦をするようなことは決してない。


 ある程度の万能な強さを持ち、ルックスやスタイルはトップクラス。更には女子ウケを狙った爽やかなトークスキルで配信界のロケットスタートをきった男である。


 そんな彼が、謎の魔物に追いかけられてひたすらに逃げている。


 演技でもなく、本気の逃亡だった。しかし、黒い何かは逃げ道を巧妙に塞ぎながら、キョウジと瓜二つの剣で切りつけてくる。


 切りつけられる度に、キョウジの体から血が跳ねていた。


:あれ? キョウジじゃね

:キョウチャンネルだ!

:めっちゃビビってる

:魔物つよそー

:これやばいんじゃ


『ボスモンスターの一体を確認。ミラーモンスター・クローンである模様。探索者のこれまでの行動を観察、コピーして戦うことが可能です』


 アイラの説明を聞いて、フウガはなんとなくだが事態を察した。と同時に背後から衝撃が迫り、彼は振り向いて剣を振る。


 向かって来たのはフウガがよく使用する風の刃であり、魔剣の一振りで霧散していった。黒い何かは、やはり自分と同じ剣を持って、同じ顔をして、同じ体つきで存在している。


「そうか。つまりここでは、一人の探索者につき必ず一体はボスモンスターがつくようになってるのか」


 全身に影をまとった自分が、微笑を浮かべながら少しずつ歩いてくる。クローンとは言い得て妙だと、危機迫るはずの状況で彼は考えずにはいられない。


:え? 待ってここ上層にあたる場所だよね

:上層にボス、しかもめっちゃ強い

:これが六本木ダンジョンか

:引くぐらいやばいんだけど

:逃げたほうがいい

:予想以上に怖い場所だった


「た、た、助けてくれえええー!」


 フウガは横目でキョウジを確認すると、まさに生きるか死ぬかの瀬戸際。今までの爽やかさなどどこかに吹っ飛び、必死になって自分に助けを求めている。一人と一体は剣を合わせて鍔迫り合いをしているようだ。


 冷静に考えると二体のコピーモンスターに囲まれている時点で、自分の身も危ないと感じる場面だが、フウガはあまり変わっていないようだった。


 あろうことか彼は、全く無防備な様子で自分の分身に背を向けたのである。


「キョウジさん。そのままの姿勢でお願いします」

「は、はあ!?」


 しかし、明らかな隙を魔物が見逃すはずはない。すぐさま風の刃を放ってくる。今度は先ほどよりも距離が近い。


 フウガの腰付近に放たれた刃は、彼の上半身と下半身を真っ二つにお別れさせるはずだった。しかし、被害を被ったのは別の存在である。


 黒き魔物が放った斬撃が、鍔迫り合いに夢中になっていたもう一体の黒き魔物を切り裂いた。フウガは身を翻し、ジャンプにより攻撃を回避している。


:飛んだ!?

:はえーーー!

:人間じゃない

:やばいやばいやばい!

:え? これジャンプ!?

:すげええええ

:うお!?

:視界がわけわからんてー!

:ぎゃー!


「アッーーーー!?」


 しかし、若干の貫通をしてキョウジの服が破れてしまう。フウガにとってみれば、ダンジョンで服が破けるのは被害のうちには入らなかった。彼は最初の一撃を防いだ時、どこまでの被害を受けるかを正確に見抜いていた。


 だが、キョウジがここまで狼狽えてしまうのは想定外だった。影は刃を受けてもまだ存命であり、大きく弱ってはいるがキョウジを殺害しようと迫る。


 フウガの予想ではここでキョウジが逆転勝利すると考えていたが、パニックに陥っているのか、相変わらず逃げの一手だった。


 空中に舞い上がったオリジナルの少年に向かって、影の男は笑いながら剣を構える。もう一度風の刃をお見舞いしようと身構えていた。


「ここは魔剣ダークバフソードでいきます」


:え!?

:な、何だって?

:ダークバフ

:ダークパフパフソードってなに?

:視界が回ってるうう

:今天井?

:パフパフじゃなくてバフだw


 フウガの体は天井に到達していた。一回転して天井に蹴りを入れつつ、体から黒い光を発生させた。すると剣が真っ黒に変化し、彼自身も黒炎を纏ったような姿になる。


 猛烈な加速を手にした体が真っ直ぐに影のフウガへと迫る。偽物は動きを読んでいたのか、正確にオリジナルに向かって渾身の風の刃を飛ばした。


 放たれた万物を切り裂く風を、少年はそのまま受け入れた。視聴者は一瞬で同じ視点を味わいながら、自分達までもが切断されてしまったような錯覚を味わう。


 だが、風の刃はあまりにも弱々しく、まるでなかったものであるかのように消え失せ、少年はそのまま急降下していく。


:消えた!?

:あれ

:ん

:おおおおおお!?

:もしかしてノーダメ??

:はああああ!?


 この時、フウガは少々迷っていた。いかに影とはいえ、自分と同じ姿の敵を切ることに、なんとなく抵抗が芽生える。


(切るのはやめておこうか)


 影のフウガが驚きのあまり動きを止めた。正確にはどう避けるべきか、迎え撃つべきか、判断を下す一瞬すらもらえなかったのだ。


 再び一回転したフウガは、あらゆる物理的な力と魔法的な力が集約した蹴りを、偽物の額へとお見舞いした。黒い怪物は、何事かも分からないまま吹き飛ばされ、壁に衝突してバラバラに霧散していった。


:うおおおおおおお!

:すげええええ

:飛び蹴りきもちいー!

:どこの○面ライダーですか

:ああああああ!

:超速い蹴り!

:やったー!

:勝ったぁあああ


「あ、なんか人っぽいので、切るのはやめておきます」


 着地してから、フウガはすぐにキョウジの元へと駆け寄り、彼が苦戦し続けている偽物にも飛び蹴りを喰らわせた。同じく吹っ飛んで霧散したことを確認した上で、息も絶え絶えのキョウジに声をかける。


「大丈夫ですか」

「え、あ、ああ……。アンタ、切られてなかった?」

「全身にバフをかけたので、大丈夫でした」

「ば、ばふ……はああああ!?」


 ビビり散らかしているキョウジは、まだ錯乱状態にあるようだった。


「無事で良かった。大きな怪我はなかったと思いますが、一度地上に戻ったほうが良いと思います。それじゃ」


 呆然とする彼とこのままいても仕方がないので、フウガはさっさと階段を降りていく。キョウジがこの時、屈辱に顔を歪めていることには気づかなかった。


 そんな鈍い彼ではあったが、階段を降りながら、チャットの反応がないことには気がついた。


「あれ? どうしたんだろ」


 もしかして、何かまずいことでもしたのだろうか。そう思っていると、ようやくチャットが打ち込まれ始めた。フウガの予想とは違う方向に。


:やべえええええ!

:フウガーー! 強すぎだろ!

:偽キョウジも一撃か!

:うおー!!!

:次も頑張ってくれ!

:ぎぃやあああああ

:ノーダメージっておかしくない!?

:おかしい。いろいろとおかしい

:バフったとはいえ防御力高すぎんか!?

:絶対欲しい! ウチのチームにきて!

:応援してますー

:さっきの蹴りもう一回見たい

:今日の予定キャンセルしてこの配信みよ

:スッゲー!

:アツい! アツい!


(な、なんかめちゃくちゃ騒がれてる!? いやでも、魔剣の効果なんだけどなぁ……)


 魔物にはビビらなかったが、彼は視聴者達の反応には驚愕していた。


「さて、次は……あれ? ど、同接が……」


 更には同接が十一万を超えている。そして配信はここからが本番だった。

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