第7話 揉める人間と焦る白虎
「いや、だからさっさと動いたほうがいいに決まってんじゃん!」
「どっちにしろ助けを呼ばなきゃどうにもならないってば!」
「森を移動していれば、他の冒険者さんに会えるかもしれないしさぁ……」
全然上手くいってねぇ。
あれから1時間ほど経ったが、人間たちの話し合いは紛糾していた。
まるで好転しない。むしろ悪くなる一方だ。
聞こえた限りの経緯をまとめよう。
俺という脅威が去り、風魔法で血のニオイを隠して魔獣対策ができ、一息つくことができた冒険者たちは、ひとまず負傷者の治療から始めることにした。
どうやら、「ですます」口調のレイシアはかなり腕の立つ回復魔法使いだったようで、杖を見つけると小一時間も掛けずに200人全員を治療していった。
ただ、年齢や体力にバラつきがあるせいで、魔法の効きも人それぞれだ。一度の魔法で元気になる奴もいればそうでない奴もいる。
レイシアの魔力も無限じゃあないらしく、当然、全員をしっかり治すには休憩を挟み、時間をかけなければならないわけだ。
それが分かって騒ぎだしたのが、元気になった村娘たちだった。
「怪我や衰弱が酷い者を見捨てて脱出するべきだ」、というのが彼女らの言い分だ。
……別に、騒いでいる奴らが間違ったことを言っているとは思わねぇ。
平時は皆で協力しよう。でも、本当にヤバい時こそ一人でも多く生き残るべき。
辺境じゃ割と常識的な考え方だと思う。
だが、冒険者たちは……というより、回復魔法を使えるレイシアがこだわった。
「私は残って治療を続けます!」
そう言うレイシアへ村娘たちは説得を重ねる。
森を歩くのに、回復魔法使いが居るのと居ないのとでは雲泥の差だからな。傷を癒やすだけじゃなくて、体力や疲労も回復できる。単純に進む速度と時間が違う。
靴でさえゴブリンの死体から剥ぎ取った物しかない現状では、レイシアを欠いて脱出など考えられないだろう。
「時間さえあれば、今動けない方も確実に助かるんです! 人神様に仕える者として、見捨てられません!」
その最重要人物であるレイシアは、どこぞの宗教に所属する神官らしい。
この状況で人を見捨てるのは教義に反するようだ。
それに同調する意見も出た。
「お姉ちゃんの腕は神殿でも一番。わたしとは血が繋がっているから、魔力の共有もできる。みんなを助けられるのは本当。だから、お願い」
「……本来なら、怪しい神を信仰する者の言葉に同調したくはない。が……! 私も騎士として、助かる市民を置いて行くというのは反対だ。大体、貴様らは、自分が置いていかれる立場でも同じことを言えるのか!?」
フラシアとローラだ。
神官の姉妹に騎士。彼女たちは冒険者でも開拓者でもなかった。
恐らく都会から来たんだろう。彼女たちにとって、辺境の常識は異常なのだ。
「どうかお願いします。治療を続けさせてください!」
文句をたれてる連中も、自分たちを回復してくれた恩人に頭を下げられちゃあ強く出られない。
その上、現時点で魔獣に襲われていないのは、フラシアが風の魔法で血の臭いを抑えているからだということになっている。
レイシアだけでなく、フラシアの魔法も明らかに生存の鍵だった。
辺境じゃ常識とはいえ、自分たちの正論を振りかざして神官姉妹の機嫌を損ねたいとは誰も思わないだろう。
俺の位置からでは見えないが、回復しきっていない者たちの目だってあるだろうしな。
結局、村娘たちが説得する声は聞こえてこなくなった。
困ったのが、戦える5人の内、残りの2人。
ドミスとスゥンリャだ。
「……どうすんのよ、ドミス」
「どうって?」
「こういう時は一人でも多く助かるように動くのが冒険者の鉄則でしょ?」
「まあ、そうだねぇ」
「そうだねぇじゃないでしょ。ここに留まったんじゃ、いつ魔獣の襲撃があるか分からないわよ? あたしは……助かる確率が高い方をとるべきだと思う」
「つまり?」
「今動きだした方が、最終的に助かる人数は多くなるはずよ。あたしたちでレイシアたちを説得するべきだと思わない?」
「確かにそうなんだけどね。つってもねぇ……」
この2人は普通に冒険者だったみたいだな。
俺には丸聞こえだが、2人は周りを気にしてかなりの小声で話していた。
辺境の常識に従って即座に動く案を推すスゥンリャに対して、ドミスの声色は煮え切らない様子だ。
「レイシア、フラシア、ローラ。ちょっといいかい?」
5人は、村娘たちから少し離れた場所へ移動したようだ。
「仮に、仮にだよ。アタシとスゥンリャが今動ける人たちを連れて動くって言ったら、アンタたちはやっぱり反対かい?」
「……なんだと?」
「聞いて、ローラ。冒険領域で活動するプロとして言わせてもらうけど、この場所に留まるのはものっっ凄く危険よ。いくら風で血の臭いを抑えていても完璧じゃないし、森の中にこれだけの人間がいれば、熱とか魔力とかが漏れてどうしても目立つの。こうしている今、魔獣の襲撃が無いのは奇跡みたいな偶然でしかない。一秒でも早く行動すべきだわ」
「残る人間と動く人間にばらけていれば、その分だけ魔獣どもの狙いも散る。残る側もそのぶん見つかりにくくなるし、結果的に助かる人数は多くなるはずなんだ」
「馬鹿な……何を言っているのだ。貴様らは冒険者だろう、錯乱した市民と同じようなことを言ってどうする! 魔獣の狙いが散るだと? それはここに残して行く者を囮に使うということではないか!」
「……動くってのはそれだけ目立つってことでもある。危険は全員同じ、平等さ」
「同じように危険なら、尚更ここに残って市民を守るべきだろう! 全員を救う、なぜその気概が持てんのだ!? 魔獣など我らで斬り捨てればいい! それが騎士や冒険者の役目だろうが!」
「今は理想像の話をしている場合じゃないでしょ! 現実を見なさいよ!」
「ふざけるな! こういう時だからこそ我々の真価が問われるのだ。市民の血税を貪って生きる者には、職責というものがある! 冒険者も同じではないのか! 開拓村の貴重な食料を食わせてもらって、恥ずかしくないのか!」
「騎士サマのご立派な精神論なんて今、聞いてないのよ! まともな装備も無いのにどうするっての!? ここは冒険領域の内側! あんたら騎士団がポケーっと警備している森との境界線とはワケが違うのよ!」
「貴様っ、今騎士を愚弄したか!?」
「そっちが突っかかって来たんでしょ!?」
「ちょっと、やめな! でかい声で。向こうの皆が不安がるじゃないか!」
貴族の命令で開拓村や開拓者を守護する騎士と、日銭を稼ぐために開墾予定地の魔獣を狩る冒険者。
魔獣と戦って人を助けるってのは同じなんだが……。
価値観の違いがこういう時は厄介だな。
「ドミスさん……」
「……レイシアとフラシアはやっぱり反対かい?」
「はい」
「お姉ちゃんといっしょ」
「そうかい……やっぱり神官ってのは頑固だねぇ」
「人神様にお仕えする者として、だけではありません。一人の回復魔法使いとして、ドミスさん達が行かれることも反対します」
「どういう意味だい?」
「今、元気な人たちも、ちゃんと元気なわけじゃない」
「回復魔法というのは、治すのに本人の魔力も消耗するんです。年齢の幼い子はもちろんですが、他の方でも無理をすれば途中で動けなくなってしまいます。自覚しているよりも早く限界が来るんです」
「森を進んでいる最中にも誰かを見捨てなきゃならない。最悪」
「なるほどねぇ……そんな事になったら士気が保たない。たしかにまずいね」
「本当に、一日あればいいんです。待っていただけませんか?」
「どうしてもダメなら、わたしとお姉ちゃんはここに残る」
「私もだっ! 弱っているものを捨て置くなどありえん! オタムの騎士は腰抜けの冒険者とは違う!」
「あ、あたしだってこんなこと言いたくないわよ! でも実際どうしろっていうのよ!」
「いい加減にしな、二人とも! 止めないとぶん殴って終わらせるよ!」
うお、すげぇ怒鳴り声だ。
なんかのスキルを使ったな。スゥンリャとローラは一瞬で大人しくなった。
「まったく……」
「ドミスさん、お願いします。何とか一日、時間を稼ぐ方法を考えていただけませんか」
「……わかったよ。どのみち、魔法使い無しで森を抜けるのなんか不可能なんだ。レイシアとフラシアがそう言うんなら仕方ない。言い争っているよりマシだしねぇ……」
ああ、くそ。
もどかしい。教えてやりてぇ。
その場所はもう安全なんだ。
この1時間で周辺の魔獣はとっくに掃除し終わってる。
皆殺しにしたわけじゃない。連中は森の異常に敏感だった。
俺が派手に暴れた影響だろう、大半はゴブリンを殲滅した時点で逃げ去っていたのだ。直接始末したのは、それでもお構いなしに寄ってくるようなヤバい奴だけだった。
今では、俺の鼻や耳で探れる範囲にねずみ一匹いやしない。
10キロ離れたゴブリンたちを見つけられた嗅覚だ。それに引っかからないってことは、相当離れた場所へ逃げたんだろう。
だから魔獣に怯えて散り散りになる必要なんてない。
腰をすえて治療すりゃあいい。
体調が万全になってから、ゆっくり帰り道を探せばいいんだ。
さっきからその事を何とか伝える方法がねぇかと色々試しているんだが、全然ダメだ。
口で喋るのはやっぱり無理。
地面に字を書いて筆談ができないかと思ったが、これも上手くいかない。白虎の体は器用って言葉からかけ離れた性能をしていやがるんだ。俺の手足じゃどうしても一文字が5メートルぐらいのサイズになっちまう。こんなもん空でも飛ばない限り読めやしねぇ。
ああ、くそ。
何か方法は無ぇのか?
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