32.屋台は一日にして成る(Ⅴ)
というわけで備品の用意は完了だ。
「さっきの魔導具治ったわよ……って、何してんのアンタら……」
おっとディスペンサーも修理完了か。
ありがとな、早速動作を確認させてもらおう。
「いや……だから、何をしてるの、それ」
俺がだいしゅきホールド×2されているのは冤罪なので落ち着いてほしい。
ジーナに対抗したエウリィが背後から抱き着いてきたのが発端である。
美少女サンドイッチだ。具材の俺はそのまま屋台の準備をするしかなかったんだ。
「どいつもこいつも男の趣味が悪いわね……本当に……」
バレッタちゃんも抱き着いてくるかい?
今なら無料サービスでハグしてやるぜ。
「お兄ちゃんには二人しか抱き着けないからダメだよ!」
「だんなさまにあきスペースはありませんよ!」
「いらないわよ別に……」
素っ気ない態度だ。だがそれがいい。
いつかデレがほしいんだぜ。
*
ディスペンサーも正常稼働を確認した。必要な物は全て揃ってしまったな……。
これは……もう始めてしまうか! 屋台!
「やろうやろうっ! お兄ちゃんっ!」
「なーちゃんがいるのでひゃくにんりきですよ! だんなさまっ!」
美少女二人の賛同も得られた。
俺を止めるものは何もないぜっ。
というわけで屋台を黒猫亭の真ん前に運び出し、各種機材をセットする。
メニューはホルモン焼き単品だ。
キモやらアブラやら種類はあるが、全部ごちゃまぜで一品だ。分かりやすい方がいい。
そしてドリンクは安酒をベースに、果実のフレーバーと炭酸水を混ぜたサワーっぽいのを数種用意した。
メニュー表の作成と値段設定はエウリィに頼んだ。
エウリィは金勘定が中々に上手い。
宿の帳簿も勝手に付けてくれているし、計算の類はお手の物である。
「お兄ちゃん、これくらいでどうかな?」
ホルモン一人前五十銅貨、酒類はジョッキ一杯ALL三百銅貨か。
うむ、いいと思う。ここの住人にも十分手を出せる値段だろう。
原価率だけ考えればぼったくりに近いが、色々とサービス費用は掛かっているのでトントンというところか。
提供メニューの原材料は、モツ、調味料、酒、果実フレーバー、炭酸水だ。
この中で購入費用が掛かったのは酒だけだ。
調味料の類はインベントリに大量に保管してあるので、当分の在庫は問題ない。無くなっても自作できるしな。
炭酸水は仕入れたものではなく、自作だ。炭酸メーカーがあるからな。
もちろん魔導具であり、風の魔法により水にガスを注入することで炭酸水を簡単に生成できる優れものである。
この炭酸メーカーは、遥か昔にユーザーたちが自作したユニークアイテムの一つだ。
今の世界ではそうそう見かけない遺物なので、恐らく値段が付けられないほど高価なものだ。
俺の私物であり、インベントリの中に入ってるアイテムの内でもかなり重要なアイテムである。
そして果実フレーバーの原材料は、迷宮で採取した果実類。ホルモンのモツも迷宮で狩ったので同様。
これらはタダで手に入れた素材なので原価はゼロだ。
迷宮に潜って素材を集めるという労働コストが掛かっているが、依頼を受けて達成することで金も貰える。
俺がここらの低レベル迷宮で苦戦することなど皆無なので、実質タダみたいなものである。
忘れちゃならない人件費だが……俺はどうでもいいが、美少女の労働力はお高いぞ。
そう考えたら値段を二倍にしてもいいかもしれん。うーむ……。
少し悩み、酒の値段は二百銅貨プラスした。
ホルモン焼きの十倍の値段という強気設定だが、それでもそこらの酒場で提供される酒よりは安い。
いけるはずだ、うん。
「分かった。じゃあこの値段で書くね、お兄ちゃん」
エウリィがスラスラっと可愛い字でメニューを書き上げていく。
この年で読み書き算数が十分以上にできるというのは、この世界の子供たちの中では非常に珍しいことだ。
なんせ学校という教育システムすら整っていないので、学が無い子の方が圧倒的多数だろう。
エウリィは母親であるエカーテさんから読み書き算術の全てを教わったのだという。
本当に凄い人だ、エカーテさんは……。
「なーちゃんはなにをすればいいですか?」
ジーナは調理担当だ。焼いて焼いて焼きまくってくれ。
美少女ってだけで間違いなく客の目を引くからな。接客の方はエウリィに任せる。
そして俺は裏方で材料の補給やら酒を用意する係だ。
客が問題を起こせば裏から出てくる怖いお兄さんの係でもあるぞ。
淡々と準備を行っていく。屋台の設営が完了する頃には、良い感じに日も傾いて来ていた。
物珍し気にちらちらと屋台を見ている人もいるな。
……よし、黒猫亭派出屋台の開店と行こうか!
「がんばろー!」
「おー!」
***
「お兄ちゃん! レモンサワーに梅サワー、それとグレープフルーツサワーね!」
「だんなさま! タレがすくなくなってきてますよ! ほじゅうをおねがいします!」
あわわ、あわわわわ。
えらいこっちゃえらいこっちゃえらいこっちゃ。
酒の追加が全く追いつかねぇ。あんだけあった店のジョッキが足りないんだが!
なんかめっちゃ忙しいんですけど!
「な、なんでアタシまで働かされなくちゃいけないのよぉ……!」
猫の手も借りたい状況だったので、部屋でくつろいでいた魔女っ娘も動員させていた……!
──俺の想像を遥かに超えて、僅か一時間足らずで大繁盛になってしまっていた。
屋台の真ん前に長蛇の列というか人溜りができている。
まだ夕方だってのに、こんなに人が集まるとは思ってなかったんだぜ……。
ホルモン焼きの香ばしい匂いによる集客効果は凄まじいの一言だ。
最初の方は、見慣れない食べ物故に遠巻きに見ているだけの人が多かったのだ。
が、物は試しとばかりに注文した最初の一人のリアクションが良かった。
ホルモンを食べ始めるとその美味さに叫んだのだ。
「うめぇ!? なんだこれっ!? なんだこの味っ! やべぇっ! ウマっ!」
彼はグルメリポーターとして大成すると思う。
そしてその様子を見た周囲の人たちが興味を引かれて次々に注文し始めた。
評判は瞬く間に広がっていき──気付けば屋台の前には長~い行列ができていたのだった。
ちなみに酒の評判もすこぶる良い。一度酒を口にすると、皆次々とお代わりを求めてきた。
炭酸サワーはまだこの世界では珍しい方だからな。その上そこらの酒よりも安いともなれば人気が出るのも当然だろう。
しかし……この繁盛ぶりは予想外すぎるんだぜ……!
「お兄ちゃん、この人難癖付けてお金払わないんだけど!」
オラァッ! 有り金全部出せコラァッ!
「だんなさま! ざいりょうがないですよ! ほじゅうをおねがいします!」
ちょっと待ってよう!
んああもうっ、忙しすぎて身体が幾つあっても足りないんだぜ!
「ディスペンサーの氷が無くなったわよ……! こっちも補充しといてよ……!」
あばばばばっ、あばばばっ。
分身するような高速移動で動き回っているのに全く追いつかない。
浅はかな考えで屋台を始めてしまったことを後悔し始めたが、もう遅かった……。
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