30.屋台は一日にして成る(Ⅲ)

「そのどうぐ、しゅうりのあてがあるんですか?」

「たまーに宿に泊まりに来る魔術士のお客さんがいるんだけど、その子、滅茶苦茶魔導具に詳しいんだよ」

「なるほど。そのきゃくにしゅうりさせようというこんたんですね」


その通りであった。

身銭の都合で仕方なく……といった理由で泊まりに来る古参客の魔女っ娘だ。

彼女には宿の魔導具の整備をしてもらうことを条件に、無料で宿泊させている。


「……もしかしてそいつもだんなさまを?」

「うーーーん……。わたしが見る限りじゃ、バレッタちゃんはそういうのじゃないと思ってるんだけど……」

「あやしいですね……」


ジロリとした目線が突き刺さる。ドラゴンアイには浮気を見抜く力でもあるのだろうか。

だがしかし! 魔女っ娘に関しては未だ攻略中であると言っておこう!

なんせ彼女はギークだからな。色恋方面に関しては全く興味が無いのである。

であるからこそ毎回努力をしているんだぜ。


「あっ。噂をすれば」


エウリィがつい、と指差した先に、正に今話題に上がっていた人物がいた。


古風な魔女帽子に黒いローブを纏い、手に杖を持ったいかにもな魔女っ子。

いっそノスタルジックさすら感じる出で立ちだ。

そんな少女が何かの店先のウィンドウにかぶりつき、食い入るように見つめている。

俺とエウリィは顔を見合わせてニヤリと笑い、背後に忍び寄っていった。


「?」


ジーナは何やら分かっていない様子だが、とりあえず黙って付いて来ていた。



「あうぅ……た、高い……! 何でこんな高いのよ……! いくら最新型の魔導具とは言っても、これは流石にぼったくりすぎでしょ……! あぁ~……うぅ~っ……! お金……今月の宿代も危ないのに……でも欲しいぃ~っ……!」


もしかしたら最後の一つかもしれないよ。

この機を逃したらもう二度と買えないかもね。


「そんな……!? うぅ……でもお金が……! 今月の宿代が……でも……でも……!」

「宿なら黒猫亭に来れば安心だよバレッタちゃん。美味しい料理にふかふかのベッドに、お風呂だってあるからね」

「黒猫亭……。でもあそこはスラムだし……できるならあんまり利用したくないし……」


大丈夫さ。ちゃあんとスラムを出るまでの送り迎えも完備されてるからね。

さ、早く購入を済ませてしまおう。他の人に買われちゃうかもしれないよ?


「……そうね。そうよね、ここで買わなきゃ次いつ手に入るか分かんないもの……。き、決めたわ……!」


フンス! と勇ましく息巻きながら、魔女っ娘は入店していった。

そして待つこと数分。有り金をはたいて何やらの魔導具を購入したホクホク顔の魔女っ娘が出てきた。

俺とエウリィは再び顔を見合わせ、ニヤリと笑う。


「お買い上げありがとうございましたー」


ではお客様こちらへー。


「にゃっ!? く、黒猫亭の!? いつの間にっ……!」

「いやいやいや、おかしいでしょう。ずっとはなしてたじゃないですか」


ジーナの常識的なツッコミが入った。

常識の無い奴に言われるのは相当だぞ、魔女っ娘よ。


「し、知らないわよ……!? アンタたちがいきなり現れたんじゃないの……!」

「おまえ、ずっとだんなさまやエウリィとブツブツはなしてたじゃないですか」


ああ、うん。

この子はね、ちょっと集中しちゃうと周りが見えなくなるタイプなの。

話してるようで実は独り言だったりするんだよ。


「なんですかそれ……なにかのじょうたいいじょうですか……?」

「し、失礼ねコイツ……! 何よ、アンタらの新しい仲間なの……!?」


まぁまぁ落ち着きなさい、有り金全部使っちゃって懐事情がヤバい魔女っ娘よ。

いつも通りうちに泊まっていきなさい。

料金はいつも通り魔導具の修理ね。まずはこいつから見てくれ。


ぽいっとコンロの魔晶珠を手渡した。


「なによこれ…………ふぅん……火の魔術制御式ね。経年劣化で式の一部が破損しかかってる……。簡単よこんなの、すぐに直せるわ……」


モノクルを掛けて手元をカチャカチャやり出したので、後はもう俺たちのおもちゃです。

こうなったこやつは周りが見えなくなっているので、何をしてもいい。

例えスカートを捲っても気付きません。そして中身は大体ドロワーズなので面白みがない。


はーどっこらしょ。俺は魔女っ娘をおんぶした。

さて、宿に帰ることにしようか。


「そうね……今ならもっといい制御方式があるし、全部組み替えてやるわ……。アタシのオリジナルで効率を三倍は引き上げてあげる……フヒヒッ……」

「……にんげんって、へんなやつばっかりですね」

「ジーナも十分変な奴だからね?」


その通りであった。



「で、できたわ……! 完成よ……!」


はいお疲れさん。そしてようこそ黒猫亭へ。

ゆっくりしていってね。


「にゃっ!? い、いつの間におんぶなんかしてるのよ……! お、降ろしなさい……!」


ようやく気付いてもたもたと暴れ出した魔女っ娘。

何もかもが遅いんだよなぁ……。


「はいはい、こっちに来て宿泊手続きしてねバレッタちゃん」

「なんなのよもう……」


ふぅー、さて。修理後の魔晶珠の具合は……おぉっ、バッチリだ。

なんなら火力が出過ぎなくらいにキレッキレに仕上がってるぜ。


「あのにんげん、ほんとうにはこばれてることにきづかなかったんですね……。あんなのでいきていけるんですか?」


まぁ……今まで生きてるぐらいだから何とかなってるんじゃないか?

あれで結構強い魔術士でもあるし。ポンコツ感は否めないが。


「全く……またここに泊まることになるなんて……。もう絶対来ないって決めてたのに……!」

「バレッタちゃん、そんなにここに泊まるのが嫌だったの?」

「この宿じゃなくて……スラムなのが嫌なの……! アタシにだって世間体はあるんだから……」

「後先考えずお金を使い切っちゃうようなバレッタちゃんなのに、世間体とか気にするんだね?」

「あ、相変わらず口の悪い小娘ね……!」


はいはいお客様、手続きが済んだらお部屋にご案内いたしますよ。

ささ、お荷物を預かりましょう。


重そうな杖と鞄を預かり、古風な魔女帽子も取り上げると、深い緑色を宿した三つ編みが現れた。

そばかすと前髪で隠れがちな瞳がキュートで垢抜けない容姿のギーク少女、バレッタちゃんである。

うーん、やはり可愛いな。ぺろぺろしたくなる。


「か、勝手に人の持ち物に触らないでって何度も言ってるでしょう……! 全く、これだからこの宿の人間は……!」


プリプリ怒ってるが、いつものやり取りなので気にしない。

さぁお部屋へご案内いたしましょう。



「……なんか、だんなさま、いきいきしてません?」

「ああいうつれない反応する子の方がお兄ちゃんの好みなんだよ……」

「……なーちゃんもレーヴェみたいにツンツンしたほうがいいですかね?」

「ダメだよ。付け焼き刃でやっても本家には敵わないからね。わたしたちは別路線で勝負するしかないんだよ」

「……ヒトにすきになってもらうのって、むずかしいんですね……」

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