第11話 爆発

 そうだ。このお茶会で良い雰囲気を作って、最終的には婚姻の話を進めようという魂胆ではないか。或いは星の巫女としての力か。スバルの「星の巫女の力を必要としていない」という話もどうにも怪しい。あの言葉が真実と決まったわけではないからだ。

 でなければ、こんな女と心から婚約したいなどと。思うはずがないから。

 自分の価値は、生まれた時から星の巫女であることのみだから。

 とくとくとく。目の前では若葉色をした、綺麗な緑茶がスバルによって注がれている。

(あの茶に睡眠薬や毒薬でも混ぜたなら、こちらを傷物にして、既成事実を作ってしまうことも可能……か)

 アステールは目を細め、密かに祈る。私的な利用は気が引けるが、この時ばかりは許してほしかった。瞬きの隙間に星へと語りかける。この茶に、何か混じっているものはないか──。

 しかし星の導きは、「何もない」という結果を示すのみだった。

(何も……ない)

「どうかされましたか?」

「っ、いいえ」

 慌てて首を横に振る。この疑念も空振りだったか。

 きょとんとこちらを見ているスバル。疑ってしまったことには人並みに決まりの悪さを感じ、視線を改めて花園へ向ける。

 ……真実、だ。アステールと一緒にいたいと言ってくれたことも。この服装の素敵さも。この花園の美しさも。そうしてこの紅茶や茶菓子の味も、真に美味しいものに違いない。

 それでもアステールには信じられなかった。心からの情で人と接したことなど、ある日を境に無くなった。自分の価値は星の巫女としての力と言われ育ってきた。何も分からない。

(どうして……どうしてこんなことに……? どうして私が、こんなことで頭を悩ませなければならない)

 スバルを見る。この男は本当に、アステールをどうしたいのだろう。共に時間を過ごしたいなど。アステールにはスバルを楽しませる話題も方法も持ち合わせていないというのに。

 青い瞳からの視線に気づいたのか、スバルはにこっと微笑んだ。

「どうされましたか、アステール様。私の家の茶は美味しいことで有名なのです。ぜひ一口。毒などは入っておりませんよ」

「え、えぇ……」

 それは調べたので分かっている、とは言えなかった。カップへ口付ける。確かに美味しい。美味しいけれど、こんな状況でもなければもっと味を感じられただろうに。

 そのまま、静寂が落ちる。気まずさに茶菓子へも手を出したが、こちらも美味だった。咀嚼音も無く、透明な時間ばかりが過ぎていく。スバルも必要以上に話しかけてくる訳でなく、純粋にこの一時を、肌で楽しんでいる風だった。

(私も楽しむべき……なのだろうか)

 この、ただ流れていく時を。疑わずに、受け入れるべきなのだろうか。

「……この星の風景は、素晴らしい。この花園もそうですが、ここに来るまでの道のりも素晴らしいものでしたわ。私の国には、あれほどの自然派ありませんもの」

 最終的に口をついて出たのは、そんな世間話で。

 しかしそれでもスバルはぱっと目を輝かせた。自分の星が褒められたことが嬉しいらしい。

「ありがとうございます! 科学が発展した星ですから、都市部に行けば少し緑は少なくなるのですが……仰ってくださった『自然』の保護にも、力を入れているのですよ。とても嬉しいです」

「それは……良かったですわ」

「レアディスの風景を気に入っていただけたなら、これまでの復興の努力も報われるというものです」

「復興?」

「えぇ。……レアディスは、数十年前に起こった戦争によって荒れましたから」

 そこで、スバルの顔に影が落ちる。

 初めて見る表情だ。どきり、と一瞬胸が大きく鳴る。記憶の中の知識と照らし合わせた……そうだ、レアディスはかつて起きた星間での戦争で大きな損害を被ったと言われている。他星との交友を絶ったのも同時期からで、戦争が原因ではないかと囁かれていた。

「無神経なことをお聞きしました。申し訳ありません」

「いえいえ! アステール様が謝られることではありませんよ。……お優しいのですね」

 その言葉は分からないが。

 表情には柔らかい微笑が戻っていて、心のどこかが安堵した。

 その落ち着きのまま、さくり。用意されたクッキーを齧る。

 程よい砂糖の味付けと、やさしいバターの甘味。花の香りを肺いっぱいに吸い込みながら食べる茶菓子の味は、また格別だった。

「美味しい」

 思わず呟く。その声は小さかったが、スバルの耳には届いたらしい。心から嬉しそうに微笑んだ。

「貴女と楽しい時間を過ごせることが、私にとって何よりの『お返し』ですよ」

「本当にこれだけで良いのですか?」

「もちろん。こう見えて私は、穏やかに関係を育むことが好きですから」

「……出会って早々、人にプロポーズをしておいてそんなことを仰る」

「あれは、気持ちが抑えられなかったのです」

 そんなことを言うスバルの口ぶりは、真実か冗談か判別しかねた。

 一目ぼれでしたから、と。

 オッドアイを細める。瞳には、アステールでも分かる程の慈愛が込められていて。居心地が悪かったけれど、今度は真っ直ぐ目を逸らさなかった。少しはこの男の愚直さを受け止めてみようという気になったのである。

 あくまで「受け止める」だけ。「受け入れる」かどうかは別として。

(……私に恋は出来ないもの)

 しかし胸の内に、慣れない温かさが芽生えている気がするのだから不思議だ。スバルは、どうしてこうも自分の中を変えてしまうのだろう。

 その答えを囁くように、草花が風に揺れる。

 穏やかな時間が、二人の中で流れていた。


 ──ドォォォォン!!!!


 その時だ。

 平穏なひとときに見合わない、大きな爆発音が響いたのは。

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