第4話 それぞれの利

 アステールはきっと瞳を吊り上げてスバルを突き飛ばした。青色の瞳で、冷たく彼を睨む。本来であれば不敬とされる行為。これでは関係を結ぶも何も無いが、先に無礼を働いたのはレアディス星の男だ。

「近づかないでいただけるかしら。断りも無く令嬢に触れるなど、礼儀がなっていないのではなくて?」

「あぁ……すっかり嫌われてしまったな」

 しかしスバルは慌てる素振りもない。そよ風が吹いただけと言わんばかりの爽やかさで、ただ肩をすくめている。

 この男、まさか揶揄っているだけではあるまいなと、アステールの警戒心はさらに高まっていく。

(……いや)

 寧ろ逆では無いか? 何か目的があって、目論見があってアステールに近づいているのだとしたら。きっとそうだ。そうでなければおかしい。こんな塩対応の女を、誰が好き好んで妃としたがるだろう。ましてやほぼ初対面で。

 ならば話は早い。

(それは言わば「何かレアディスに利があるが故、妃になってほしい」という利害関係から来る要求。私の得意分野ではないか)

 だとしたらこちらが確かめることは一つ。

「その話、私の方に利はありますの?」

 こちらが得る利益はあるのか、だ。

 利害関係の一致とは、対等な得を得ることで初めて成立する。そこにどちらか片方のみが負う損などあってはならない。

「あるよ」

(! やはり)

 迷わず頷いたスバルに、アステールはほっと安堵した。

 どうやら、ただの浮ついた頭を持つ男では無かったらしい。流石は長年孤立星の立場を取っていた星の伯爵だ。婚姻の話は正直まだ頂けないが、その他の方法で活路を見出すことが出来れば……

「貴女が愛される」

「……はい?」

「貴女が私から愛される。それが、アステール様に与えられる最大の利です」

 頭が痛くなってきた。

 一体何を言っているのだ、この男は。

 まさかとは思うが。

「……私を妃にして、貴方が得る利点というのは」

「もちろん、私にアステール様という素敵な妻が出来る、その一つに尽きるに決まっているだろう!!」

 気が遠くなってきた。

(……見込み違いだ)

 やはりこの男、ただの阿呆なのではないのか。

 今すぐシンラを呼び寄せて安心したい。このような人種とは付き合っていける気がしない。

 しかしこのアステールという星に生まれた令嬢。星の巫女として祝福され、生まれ星と同じ名を授かった者として、どんな者とも上手くやっていかなければ。それが国のためになるのならば。

「揶揄っているのならどうぞお帰りください。真面目に言っているのでしたらお断りします。しかしレアディスとは、こちらとしても友好的な関係を築きたい所存でございます。そう、貴方の星の科学力には目を瞠るものがあると思いますの。ぜひそちらの技術を提供していただく代わりに、私共は……」

「それ、私が断ったらどうするつもりなんだい?」

「断る……それは」

「貴女は勝手だ。私の要求を無碍にするというのに、アステール様からの要求は飲め、と仰る?」

 初めて、二人の間に冷たい空気が流れた。

 す、と。スバルの細められるオッドアイ。そこには冷めた温度が滲んでいる。

 アステールははっとする。

「そ、そんなつもりは……!! アステール星からもレアディス星の利になる力を提供する、故にそちらにも悪い話ではないと、そう言っているのです!!」

「力が何ですか。確かに私はレアディス星を愛しているし守りたい。けれどそれは、もう間に合っているのです。自給自足の生活に発達した科学。なぜレアディスが長年、他の星の力も借りずにやっていけたと思う?」

 口を噤む。

 スバルの言うことは最もだ。レアディスが長年孤立星としてやっていけた。それ即ち、「他の星の力など要らない」ということ。

(こちらの手札が通用しない……)

 ではなぜ、彼はアステールの前に姿を見せたのか。

 まさか本当に、妃にする、それだけのために?

(訳が分からない)

 しかし今はひとまず、この場を切り抜けなければならない。どうする。どうすればスバルを納得させることが出来る?

 これで機嫌を損ね、レアディスとの関係を絶たれてはたまったものではない。星の巫女としての力が弱まってしまう。そうなれば、アステール星を守ることは出来ない。さらに他星に見返りとして与えている星の巫女の力が枯渇してしまう。

(いっそ私が本当にこの男と婚姻を結んでしまえば……)

 アステールがそう思ったその時だった。

「……なんて、ね! すみません。少し、意地悪を申し上げましたね」

 パンッ! と手を叩き。

 スバルがそう言って笑いかけた。

 あまりの変容ぶりに戸惑ってしまう。何だかこの男には、振り回されてばかりだ。

「……では、こちらの要求を通してくださる、と?」

 恐る恐る尋ねる。

 けれど返ってきたのは、首を横に振る仕草だった。

「いいえ。それはまだ保留ということで。アステール様にも私の言ったことを考えていただきたいのでね。現時点では進展も後退も無し。文句はないでしょう?」

「……えぇ」

 進展は無いが後退も無い。

 その言葉には安心せざるを得ない。だが。

「私は何度考えても、貴方の……婚姻を、受け入れることはないと思いますが」

「手厳しいですね。けれど私は諦めませんよ」

 スバルは微笑み、部屋の出口へ爪先を向ける。

 あぁそうそう、と一度立ち止まった。

「今夜の立食パーティ。私も参加します。また後でお会いしましょう」

 そう言い残して、スバルは立ち去った。

 後には、ぽつんと立ち尽くすだけのアステールが残された。

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