第6話 【結婚甲冑】新婚の姉

 客席の喧騒が聞こえる闘技場控室で、俺は闘技場に相応しくない格好をして待機している。


 俺の格好は……身を守るための革鎧ではない。


 この辺りの風習でタキシードのような礼服を着用、ソワソワしながらおねえちゃんの着替えを待っている。


 俺達の目的は闘技場の興行に演者として参加する事、傭兵ギルドからの正式な依頼だ。


 この興行が特殊でレベルの高すぎない若い男女が求められていて、なぜか受付の人に直近の戦闘を聞き取りされた結果、この依頼を回された。


 結婚披露宴風に模様替えした闘技場で、新郎新婦に扮した演者へ捕まえておいた魔物を差し向け、ばっさばっさと倒してもらって観客の目前でレベルアップさせたいらしい。


 とんでもないことを考える興行師がいると思ったら、この街で成功している総合商店と呼ばれる巨大商店の会頭が、普段のご愛顧の感謝を示す興行で、闘技場への多額の献金で行われるらしい。

 更に、危険の多い新郎新婦役への謝罪も込めて、このレベルではありえない報酬を用意されている。


 おねえちゃんの事を見世物にするのは気が乗らないけど、おねえちゃんは結婚披露宴と聞いてとても乗り気だ。


 しかも、報酬が俺に……俺の相棒にとっては、必須の物だったんだ。


 それもズバリ! マイホームだ!

 傭兵ギルドへ徒歩5分、さらには総合商会も近いのでお買い物も楽だ。


 おねえちゃんとの同居一日目にして、俺の鋼の理性は満身創痍だ。

 せめてマイホームが有れば、その生活は村にいた時と同じになるはず!


 おねえちゃんとのスキンシップが嫌な訳が無い。


 だけど俺の相棒が苦しんでいて、それを救うことが出来るのは俺だけだ。


 俺は俺だけのために存在する相棒を救うために、自らに苦行を課すことを決めた。


 俺はこの苦行で悟ることが出来るだろうか?


「クロ~、これかわいいよ~!」


 更衣室からおねえちゃんが出てきたようだ。


 振り返ると。


 そこには戦乙女なおねえちゃんが居た。


 綺麗に切りそろえられたピンクのショートカットは、いつもの黒リボンではなく花の意匠が散りばめられた、白い額当てに守られていて、そこから続く純白のヴェールは、今は持ち上げられているので、おねえちゃんのレベルアップ直後で輝く桃色の髪を際立たせている。


 顔も薄く化粧をしたのか、嬉しそうに輝く緑の目を強調していて、元々端正な顔がさらに見栄え良くされている。


 ここまでは俺の想像出来る新婦だったけど、ここからは想像外の物だった。


 村の結婚式はたまにお祝いしたけど、こんな新婦は見たことが無い……。


「おねえちゃん、とてもかわいくて素敵だね!」

 そして強そうだ。


 端的に言うならウェディング甲冑だ。


 俺は明らかに普通の新郎なのに。


 なんで、おねえちゃんはウェディング甲冑なの?


 直近の戦闘から、役割が割り振られている!?


 総合商会から装備が支給されるって聞いてたけど、どういう品揃えなんだろう?


 俺も気になってしまったぞ!?


 宣伝する演者が宣伝されてしまった!?


「でしょ~? 結婚式が出来なかったのは気になってたんだ~!」


 おねえちゃんと、ウェディング甲冑で結婚式か。


 こんな事になるなんて前まで全然想像できなかったけど、この強すぎるおねえちゃんと一緒の未来は想像できないような出来事が起こるに違いない。


 だったら、立ち止まっているのは終わりにしよう!


 未来へ駆けていくおねえちゃんに、置いて行かれないようにその手を取らないと。


「チェルシー、俺と結婚してください」


 内心で止め続けてきたプロポーズを口に出す、もう十年も待たせていたというのに情けない俺は、こんな機会が無ければズルズルと先延ばしにしていただろう。


「んん~? もう結婚してるよ~? でも今日披露宴だから新婚さんだ!」

「お仕事に行かないとね? 新郎君?」

 情けない俺を見ないふりしてくれるおねえちゃん。


「行こう! 新婦さん!」


 なけなしの勇気を振り絞って、美しい新婦に返す。


「もちろん! いくよ~!」


 ウェディング甲冑の新婦が笑って俺の手を取り控室から鉄の落とし戸の先、結婚披露宴会場へ駆けていく。


 って……走りのピッチについていけない? 体が持ち上がって!?


 そのまま、物理的に振り回されて入場してしまった……!


「新婦が新郎を持ってエントリィ! 今回の演者は傭兵ギルドのレベルアップ直後の新進気鋭、姉弟である姉の立士チェルシーと、弟の立士クロです!」


 司会者が俺とおねえちゃんの紹介をする間に俺を段差の上、ステージの中心に着地させて、その隣に立つおねえちゃん。


 めちゃくちゃ豪華な会場で結婚披露宴だ。


 招待客は観客と司会者さんだけど。


 おねえちゃんが俺の腕に笑顔で抱き着いてくる。


 ウェディング甲冑で硬いけど、こういうのは気持ちだから……。


 俺も笑顔を返すと体は痛いけど、なんだか幸せな気持ちになってくる。


「皆様、立士チェルシーの装備が気になったのではありませんか?」


 おねえちゃんのウェディング甲冑の紹介をしながら、新たなる招待客が出てくる。


 俺たちが出てきたのと、反対側の落とし戸から来た招待客は3体の小鬼だ!


 拓けた場所で3体の敵!

 危険だ!

 1体は絶対に、俺が受け持たないと!


 昔の失態とおねえちゃんに救われたことを思い出して、覚悟を決める。


 これはこれからを生きていくための戦いだ。


 今、身を守る皮鎧は無いけれど、俺の心は覚悟で固まっている。


 大丈夫だ!


 おねえちゃんと一緒なら、俺は絶対に大丈夫!

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