第17話 お祭りの夜

 日が傾き始め、参道にはアセチレンガスの光がともり始めていた。

 既にそこそこの人出がある。


 金魚すくいしよう、たこ焼き食べようか? くだらないことを言いながら歩く。

 先輩はいつもよりかわいく見えた。


 それでも亮は、伊都美と歩ければよかったという気持ちが、心の隅にのこっていることを感じていた。まだ半月だ消し去るには時間が短すぎた。


「ねえ、何考えてるの? 伊都美ちゃんのこと」

 先輩が突然言った。

「私とじゃ楽しくない?」

 楽しいに決まっている、でも。


「あのお囃子聞こえます? 念仏踊りって言って」

 先輩の問いをはぐらかすように亮は話を変えた。見れば、先輩の目にうっすらと涙が浮かんでいる。

「帰ろ」

 先輩はいきなり亮の手を握ると、人ごみに逆らうように歩き出した。


 自転車の荷台に乗る先輩は、行きよりも、いっそうしがみついている、亮にはそんな気がした。


 国鉄東海道線の下をくぐる西国街道トンネル。下り坂にかかるところで先輩は荷台から飛び降りた。斜面だったからか、スピードが出ていたからか、躓いた先輩の裾が大きく割れた。


 自転車を止め慌てて駆け寄った亮の目に、白い脚の付け根まねでが見えた。

 先輩は履いていなかった。いつ脱いだんだ。


 先輩の家を出たときはピンクのパンティーがうっすら透けていた。愛ピンクかと思ったから確かだ。

 視線をずらし、亮は先輩に手を指し伸ばした。

「見てくれないの? 私そんなに魅力ない」

 先輩の叫び声が、トンネルの中に反響した。


 なんて言えばいいのかわからず、動きを止めた亮を、先輩はいきなりトンネルの壁に押し付け体を預けてきた。そして精一杯背伸びをし、亮を見上げるように顔を向けると目を閉じた。


 さすがにここまでされて、何もしないほど亮は我慢強くはない。

 唇を重ねると、先輩の体を抱きしめた。思っていたよりも先輩ばずっと線が細かった。

 浴衣を通して体温が、髪からは甘い匂いが亮の五感を刺激した。ここで……。


 人の足音が聞こえ、二人はあわてて離れた。まだ八時だ、まだまだ仕事帰りの人も多い。

「うちに来て、きょうは夜中までは親が帰ってこないから」


 先輩の家まではあとほんの五分。なのに頭の中の妄想が膨らむには十分の時間だった。自転車をこぐ股間が痛い。

「あれ? なんで、明かりついてる」


 先輩の声に、亮は急に現実にひき戻された。

「予定が変わったんじゃないですか?」

「それはないはず、もしかして」

 ドアにカギはかかっていない、泥棒じゃないみたいだ、まあ、泥棒なら電気は付けない。


「お、史乃。待ってたぞ腹減った、なんか食わせてくれ」

 亮たちの気配に気が付いたのか玄関ドアを開けられると、中から背の高い男性が現れた。

「お兄ちゃん、なんで」

「帰るって言ってなかったか、あれ、お前なんで浴衣」

 そこで先輩のお兄さんらしい人物は初めて亮に気がついた。

「あ、部活の後輩の住谷君、みんなでお祭り行ったんだ」


 お兄さんは、亮の全身をざっと目で追った。値踏みか?

「ふうーん、みんなでね。君カッコいいな、史乃の好みだ。帰り早くないか、もっといいことしてくればよかったのに、真面目だな」

 いや、今から不真面目なことをしようと思ったんですけれど。


「何言ってんのお兄ちゃん、分かったよ、着替えたらなんか作ってあげるから。住谷君、今日は楽しかったね、ありがとう……。また明日」

 先輩は玄関に入るとドアを閉めかけ、慌てたように何かを差し出した。

「これあげる、今日使ってくれたらうれしい」


 何か小さな布を手渡した、ハンカチ、じゃない。ピンク色の。

 先輩はペロッと舌を出すとドアを閉めた。


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