潜入開始

「本当にこんな所が奴らのアジトなのか?とてもそうは見えないんだが」


 そこは山のふもとに建てられたホテルの廃墟だった。このあたりは昔はにぎやかな所だったらしいが、今はさびれて人気ひとけが全く無い。


「ボクと海斗かいとがしっかりと調べたんだし、何なら僕は実際に潜入して色々と見たんだから間違い。

 それに奴らにしたら絶好の隠れ家だよ。人気ひとけは無いし、ボロいけどしっかりとした建物だし、採掘場に最適な山は近いし、こんな優良物件は他にないよ」


「そう言われてみれば潜伏場所としてはもってこいの場所かもな。宇宙人って聞いてたから近未来的なのを想像してだけどそんな浪漫ロマンは現実ではないか」


「そんな表立って行動する馬鹿な相手ではないよ今回のは。中に関しては割りと君が期待していた様な光景だけどね。慎重なのか、大胆なのか良く分からない連中なんだよね。

 さてさて、ここからは先は会話は控えようか。君、一人と思わせた方が連中も油断するんだっけ?」


「あぁ、そうだ。その方が奇襲として成功する。作戦を立てた時に話しただろう?そんなに不満か?」


「いや、問題ないよ。寛太かんたの考えた作戦は文句のつけようが無かった。

 情けないがこれはこれはボクの覚悟の問題だ。済まない。余計ないかけだった」


「別に謝る必要は無いさ。俺の身を心配してくれたんだろう?それに前回の事を考えれば不安になるのも仕方ないさ。

 まぁ、だけどもう少しだけ俺を信用してくれ。確かに海斗かいとには及ばないが俺も中々やる奴みたいだからな」


「そうだね。うん、信頼しているよ寛太かんた。一年前の雪辱せつじょくを果たそう」


 正直なところ、俺も不安だらけであった。囚われている海人かいとの状態。良く分からない宇宙人の存在。もやのかかった自分自身の記憶。もうパンク寸前である。だが、美影みかげの前では情けない所を見せたくないという気持ちが俺をふるい立たせる。


 まったく、顔以外は似ても似つかないのに俺って奴はなんて単純な…


 俺自身も改めて覚悟を決め、ホテルに足を踏み入れる。入り口の自動ドアはまるで俺をさそうように開いていた。

 周囲を警戒しながらゆっくりと足を進める。


 ウィーン


 突如として背後の動くはずの無い自動ドアが閉まる。近づくが開く様子は無い。


「これはマジで誘い込まれているな」


 スマホを確認する。さっきまであった電波が無い。相手の手際の良さに感心すると共に恐怖する。とはいえもとより引き返すつもりは無い。少しだけ乱れた呼吸をととのえ更に内部へと進んでエレベーターの前に立ち、恐る恐るボタンを押した。


 チーン


 これまた動くはずの無いエレベーターが動き出し扉が開く。俺は重い足を何とか動かしてエレベーターに乗り込んだ。するとエレベーターは動き出して存在しないはずの地下に向かって降りていった。

 美影みかげから聞いてはいたが、どうしても驚いてしまう。話を聞くだけでは薄かった恐怖が今、実感を伴って襲ってくる。エレベーターが降りていく程に底のないの深淵しんえんの暗闇に沈んでいく気分だった。

 やがてエレベーターが止まってドアが開くとそこは廃墟となったおんぼろホテルの地下とは思えない異常な光景が広がっていた。楕円形だえんけいのトンネルの様な通路に先が見えない程の長いな白い廊下ろうかが続いており、壁にはいくつもの部屋のドアが並んでいる。俺はその不自然な程の綺麗きれいな白い空間に気持が悪くなった。

 早く目的を済ませよう。俺はあらかじ美影みかげに教えてもらっていた部屋に向かい出した。

 その時

 突如とつじょとして見たことが無い不気味な生物が前方から現れた。ソイツは体長が小柄な自分と同じくらいの大きさで鉤爪かぎづめの様な手足を複数持ち、全体的には甲殻類こうかくるいもしくは昆虫の様な姿をしていた。背中には大きな一対の蝙蝠こうもりの様な羽があってそれで飛んで移動しているようだ。宇宙人というよりはエイリアンである。


「邪魔だエイリアン。そこをどけー!」


 俺は持ってきていた未開封の缶珈琲かんコーヒーを現れた生物をめがけて勢いよく投擲とうてきした。放たれた缶はひ弱な少年が投げた物とは思えない、まるて弾丸のような猛スピードで標的であった謎の生物に的中した。


「久しぶりに使ったけど魔術の腕は落ちて無いみたいだな。悪いなエイリアン。こんな俺なんかでも身体能力を少し上げるぐらいの基礎的な魔術は使えるんだよ。って」


 しかし、エイリアンはダメージを受けてふらついてはいるが倒れはしなかった。しかもその近くの空間が歪み、そこから更に複数体のエイリアンが出現した。後を見ればそこにも同じ様に数体のエイリアンが出現していた。


「そりゃあそうだよなー。これで済むなら海人かいとが負けるわけが無いもんなー。まぁ、それでもそれなりに数を引き出せたから良い方だな。それじゃあ、こちらも奥の手だ」


 急いで肩にかけていた大きめのかばんから大量にき詰められたウォータータンクを取り出し、前後に軽く投げる。

 先程の缶とは違いゆっくりと宙に舞うソレをエイリアンはなんの躊躇ためらいも無く、鉤爪かぎづめで撃ち落とした。

 破壊されたウォータータンクから玉虫色たまむしいろの粘液が飛び散ったかと思うとその粘液が触手しょくしゅを形成して、謎の生物達を襲い、拘束こうそくしていく。そしてその粘液は拘束こうそくしたモノをゆっくりととかかすように飲み込んでいった。


 BiーBiー Biー…


 エイリアンが粘液の中で藻掻もがきながら不快なブザーの様な音を発する。悲鳴ひめいだろうか?エイリアンにも恐怖したりする感情とかあるのだろうか?と俺はどこか俯瞰的ふかんてきな心情でその光景を見ていた。

 不快な音が止まり、謎の生物達の姿が完全に粘液の中に消えるとその粘液が集まって人の形になっていった。


「ふーやっと開放された。狭い所に隠れるのは慣れているとはいえ、ウォータータンクの中は流石さすがに苦しかったなー」


 美影みかげは大きく伸びをしながらこちらに笑顔を向けた。


「悪かったな。俺が考えれる作戦はこんな子供騙こどもだましの様なのが限度た。海人かいと見たいに頭良くないからな。俺だって重いけど頑張ったんだ。苦労はお互いさまだ」



「あははは、悪かった。悪かった。そう卑屈ひくつになるもんじゃあない。君は良く考えて良くやっているよ。機転が利くところは海人かいとにだって負けて無いとボクは思うよ」


「そうか、ありがとう」


 あぁ、やっぱりヤバいな俺。本気でねて本気で照れている。これはいよいよマズイな。


「でもうるわしい乙女に向かって重いは失礼だぞ。訂正ていせいしなさい」


「そんなどうでもいい事よりも早く海人かいとを助けに行くぞ。大方は始末できたが、アレで全部じゃあ無いんだろ?

 相手が混乱しているだろうあいだに終わらせるぞ」


 気持ちを誤魔化ごまかす様に大きな声で叫んでしまった。だが、まだ終わっていないのは事実だ。熱に浮かされているている場合では無い。敵の拠点の中で俺は何を浮ついているのだろうか俺は。そもそも…いや、今は海人かいとの救出だけを考えよう。


「むっ、そんなどうでもいい事だって!まぁ、今はその通りか。でもあとでお説教だからね。こっちだよ寛太かんた


 美影みかげほおを膨らませながらも先導してくれる。美影みかげにとっても海人かいとが大切なのだろう。美影みかげとっては生みの親みたいな存在だし、そもそもそれが本来の目的でここに来ているんだのだから考えるまでもない。今更になって何故なぜかソレに向き合いたく無いと思ってしまう。

 少しだけモヤモヤする気持ちを抱えながら俺はその後を追った。

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