第二十六話 真実はだいたい一つ

 大惨事の後片付けを手伝ってクタクタの啓太達は、村長のご厚意で冒険者ギルドを兼ねている村長の家で一晩の宿を借りることとなった。

 朝日が静かに昇り始め、溶けるように夜は消えていく。

 そして……新しい朝が来た。


 ベッドの上の啓太に差し込む朝日。まぶしそうに薄っすらと目を開く。


「んん、朝かあ……」

『朝ですよ勇者! 目覚めるのです!』


 寝ぼけまなこの啓太に妖精のモーニングコールが衝突する。


「……ああ、おはよう妖精さん」

『目覚めましたか勇者よ。ついでに真の力にも目覚めるのです』

「んー、またの機会にお願いします」

『何を言っているのです勇者よ! ビジネスは即断即決! 巧遅は拙速に如かず!』

「ビジネスなら利益ちょうだい」

『利益は度外視とします』

「……ボランティア?」

『これは義務です』

「懲役?」

『誰が看守ですか』

「自覚あったんだ」


 5分以内に着替えた啓太と妖精が応接間兼ギルドの受付に行くと、村長兼ギルドマスターが慣れた動きで朝の支度をしているところだった。

 柔和な笑顔が印象的な白髪と白い髭の村長は受付にやってきた啓太を見て口を開く。


「ああ、おはよう。昨日はよく眠れたかい?」

「はい、おはようございます」


 清々しい朝に爽やかなやり取り。

 啓太の心中に清涼な風が吹いたよう。

 村長は優し気な瞳を啓太に向けた。


「君は冒険者だったね……朝食が終わったら相談したいことがあるんだけど、いいかな?」

「ええ、大丈夫です」


 昨日の惨事に対して少し後ろめたい気持ちを持っている啓太は安請け合いをした。




「それで相談なんだが、近ごろ村で覗きの被害が出ていてね」

「そうなんですか」


 朝食を終えた啓太はギルド受付の奥にあるソファに座り、対面にいる村長の話を真剣な面持ちで聞いている。


「犯人を捜して捕まえてほしいんだ」

「うーん、そういうのは経験ないんですよね」

『勇者よ、推理して解決するのです……そう、安楽死探偵と名乗りましょう』

「迷宮じゃなくて冥界入りしてるし。それをいうなら安楽椅子でしょ」


 村長は鱗粉をまき散らす冥界への誘いを無視して頭を下げる。


「そこをなんとか頼むよ」

「うーん……じゃあ、やれるだけやってはみます」


 責任はないけど少し後ろめたい気持ちを持っている啓太はつい受けてしまった。

 村長が少しほっとした表情を見せる。


「ありがとう、助かるよ」

「がんばります」

『謎は全て解けた……』

「早い早い」


 うっかり解決しかけた妖精をよそに、村長と啓太は真剣な表情で事件に立ち向かう。


「それで、覗きというのは?」

「うむ、村のハドソン夫婦が被害にあっていてね、落ち着いて風呂に入れないらしい」


 村長は眉間にしわをよせて苦虫を嚙み潰したような顔で続けた。


「村長として、ギルドマスターとして放置はできない。なんとか解決してほしい」

「うーん、犯人の心当たりはありますか」


 とりあえず啓太は情報を集めることにした。真っ暗闇に漕ぎ出した捜査には情報という灯台が必要なのだ。


「心当たり、か。いや、確証もなしに言うのはよそう」

「そうですか……」


 渋い表情の村長と困り顔の啓太。


「ただ……」

「ただ?」


 灯台の明りを求めて啓太は身を乗り出す。村長はその様子を見ながらゆっくりと口を開いた。


「善意でハドソン家の風呂を見張っているテッドがいうには白い太ももしか見えないそうだ」

「そいつが犯人ですね」

「もう一人善意で見張っているキャリーは引き締まったお尻と証言している」

「そいつも犯人ですね」

「しかし私は控えめな胸が素晴らしいと主張したい」

「あなたも犯人ですね」


 灯台は乱立、捜査はよく晴れた真昼間の様相を呈してきた。

 村長は真剣な表情で啓太に向き直り、真摯な口調で啓太に尋ねる。


「これからどうすべきだろうか」

「みんなで謝罪してみては」

『勇者よ、事件は現場で起きているのです……』

「もう解決してない?」

『彼らが最後の犯人だとは思えません』

「……」


 妖精の言葉に何か不穏なものを感じた啓太は、この期に及んでシリアスを維持したままの村長に尋ねた。


「あの、犯人は何人いるか分かりますか」

「見当もつかん」

「見当もつきませんか」


 啓太の頭に、もしかして村全部犯人なんじゃないかという恐ろしいイメージが浮かんだ。

 まさかそんなことはないだろう常識的に考えて、と思い直す。


『さあ勇者よ、証拠を集めて裁判所でハンマーを叩くのです』

「証拠、ねえ。とりあえず現場に行こうかな」

『異議あり!』

「ありません」


 なかった。


「それじゃあハドソンの家まで案内するよ」

「ありがとうございます。あとちゃんと被害者に謝罪してください」


 二人は立ち上がりギルドを出て現場へと歩き出す。

 事件は解決に向けて動き出した。坂道を転がるように。




「ここがハドソンの家だ」

「ここですか」


 啓太と村長は村の中心から少し離れた場所にぽつんとたたずむ家の前に来ていた。

 閑静で落ち着いた雰囲気は事件の臭いを感じさせない。


「お風呂はどこですか」

「ああ、こっちだ」


 村長は家の裏手に周る。啓太が後を付いていくと勝手口の近くに小さな小屋があった。


「この小屋の中にお風呂が?」

「ああ。そこの窓が私の担当だ」

「担当とか言っちゃった」


 村長は小屋の周囲をなめるように歩く。


「そこの窓がテッドの担当だ」

「はあ」


 村長が指さした先にはノッポで痩せた男が、かぶりつきで窓を覗いていた。

 汚いものを見るような目の啓太がその横を通り過ぎて角を曲がると、ふくよかな男が壁に空いた小さな穴を覗き込んでいる。


「その壁はキャリー担当だ」

「みなさん暇なんですか?」


 冷たい目をした啓太が尋ねると、村長が熱のこもった目を向けて口を開いた。


「暇ではない。それぞれの予定にあわせてローテーションを組んでまわしている」

「ローテーションは予想外だなあ。全部で何人いるんですか」

「名簿はマイクが持っているので細かいことは分からない」

「名簿作る時に誰か正気に戻らなかったんですか」

「ああ、みんな犯人を捕まえようと一生懸命なんだ」

「微妙に話が通じてない」


 ため息をついた啓太が空を見上げる。


「もういいや。それじゃあハドソンさんは今入浴中なんですね」

「いや、今は出かけているはずだ」

「……じゃああの人たち何見てるんですか」

「思い出だ」

「どうしようかなこれもう手に負えないよ」


 啓太はいよいよ匙を投げる態勢にはいった。

 事件は迷宮入りというゴールに向けて加速し、その途上で妖精は鱗粉をまき散らす。


『勇者よ、証拠を突き付けて矛盾を暴くのです……』

「矛盾っていうか矛しかないじゃん。誰かガードくらいしろよって思うんだけど」

『安心しなさい勇者よ……ここで新たな証言者の登場です』

「証言者?」


 いぶかし気な顔をした啓太が、妖精の指さす方を見ると二人の人影が見えた。


「おお、ハドソン夫妻が帰って来たな」

「あの人たちが……」


 啓太の視線の先には仲睦まじげに並んで歩く姿。

 胸の大きい褐色の肌をした長身の女性と、色白でややうつむき気味の多分男性。


「……んん?」


 啓太の中で微妙な違和感が騒いでいる。


「おや村長、どうしたんだい?」


 啓太が首をひねっていると、褐色の肌をした闊達そうな女性が話しかけてきた。

 村長は咳ばらいを一つすると啓太にむけて口を開く。


「紹介しよう。こちらがエリザ・ハドソン。エリザ、彼は今回の事件を捜査してもらう冒険者だ」

「事件って何さ」


 啓太がさらに首をひねっていると、村長はもう一人の方に向き直った。


「そしてこちらがレイ・ハドソンだ。レイ、監視体制は万全だ、安心してくれ」

「はあ、あの、その……」


 色白で線の細い印象のある男性は、何かを言いよどんでいる。

 身長は啓太と同じくらいで、どこか少女のような雰囲気があった。

 その姿を見ている啓太の脳裏に、村長宅での会話が再生される。



(善意でハドソン家の風呂を見張っているテッドがいうには白い太ももしか見えないそうだ)

(もう一人善意で見張っているキャリーは引き締まったお尻と証言している)

(しかし私は控えめな胸が素晴らしいと主張したい)



「あの、ちょっといいですか」

「何だい?」


 啓太には村長に聞かなければならないことがあった。


「みなさんが覗いているのは旦那さんの方なんですか?」

「我々が監視しているのは確かにレイの方だが」

「あの、奥さんの方は?」

「なにが?」

「なんでもないです」


 啓太は深入りを避けた。


「えーと、事態を整理すると、旦那さんであるレイさんが覗かれて困っているからみなさんがローテーションで覗いてて、おかしいな整理してるのに混乱してきたぞ」

「えっ、覗かれてるの?」


 エルザが驚いたように声を上げた。


「そして奥さんはこのことを知らない。どうなってるの」

「あの、その、あの……」


 レイは何かを言いたそうにしている。


「レイさんも言いたいことがあったらビシッと言った方がいいですよ本当に」


 啓太の言葉に、レイは一瞬驚いたような表情を見せた。村長はうんうんと頷く。


「うむ、レイはもうちょっと自己主張した方がいいな」

「……」


 啓太はあえて口を閉ざしておいた。

 しばらく黙っていたレイは、何かを決心したような表情でエルザの前に立ち顔を見上げた。


「あの、あの、エルザ……」

「ん、何だい?」

「お風呂覗くの止めて……」

「夫婦なんだしいいじゃん」


 頬を赤く染めるレイと、あっけらかんとしたエルザ。

 膝から崩れ落ちそうになる衝動と闘いながら、啓太は現状を整理する。


「……つまり、奥さんが旦那さんを覗いていたのが真相、と……村長?」

「……知らなかった」

「知らなかったんかい」


 村長の目にも驚きの色があふれていた。


「レイが覗かれてるどうしよう、という独り言を言っていたから、てっきり変態に狙われているのかと」

「現状そんな感じですけど。それより本人に確認しましょうよ」

「デリケートな事だからな。そうもいくまい」

「その結果が集団覗きとか、デリカシーの使いどころ間違ってますよ」


 村長と啓太が真相に衝撃を受けていると、いつのまにかレイとエルザが手をつないで風呂のある小屋に向かって歩いていた。


「じゃあ今日は一緒に風呂はいろうか」

「……うん」


 取り残された村長と啓太は、傾きだした太陽の下で影を長く伸ばしている。


「……我々はこれからどうすべきだろうか」


 村長の声に力がない。


「馬にでも蹴られてみては」


 啓太の声にも力がない。


「村に馬はいないんだ」

「じゃあおひねりでも投げてみては」


 茜色に染まる空の下、村長は目を細める。


「おひねり……村の予算から出すべきだろうか」

「……好きに生きてください」


 啓太は静かに匙を置いた。



 こうして事件は解決した。

 この後、ハドソン夫婦は村でも評判のおしどり夫婦となったという。

 一方、人生で1、2を争うレベルの無駄な時間を過ごした啓太は、部屋に戻ってふて寝した。

 無駄な時間は人生の肥やしとなる。肥料過多で根腐れ。

 次回「おじいさんの名にかけて」

 お楽しみに。

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