第二十四話 悪は善後策で右往左往する

 太陽が見放した黒い空はどろどろととぐろを巻く。時折雷が白光をまき散らすもすぐに黒く洗い流されていく。

 世界のどこかにある不気味な城は黒い夜に暗くそびえる。

 巨大な門を通り過ぎ、直立不動の衛士の横を抜け、薄暗い廊下の奥に行くと大広間があった。

 大きな楕円形のテーブルには燭台があり、ろうそくの炎が周囲をゆらゆらと照らしている。

 テーブルには椅子が四つあり、そのうち三つに人影があった。

 そのうちの一つの影が、ろうそくの炎にあわせて長い髪を揺らす。


「魔王軍だけど……ここのところ停滞しているわね」


 普段はもっと明るく凛としているであろう声が、今は少し沈んでいた。

 魔王軍四天王が紅一点、お尻から出る風は茶色いモンティノである。


「王国軍より数で上回っているんスけど、背後から繰り返し奇襲を食らっているッス」


 小柄な影が一生懸命に説明している。

 いつまでたっても新人っぽい、魔王軍四天王が一人、ふんばる大地の大いなるベンである。


「……奇襲している連中の素性はわかっているのか?」


 夜の闇よりも暗く沈んだ声が、部屋の大気を震わせる。

 疲労感漂う魔王軍四天王筆頭、終わらない黒き仕事のヒラである。

 暗く不気味な城に集まるは、魔王軍の幹部四天王。世界を滅ぼすため、今日も智謀をめぐらせる。


「よくわかんないッスけど、廃墟テーマパークという所に集まった連中みたいッス」

「……なにそれ」


 本当によくわからなかった。

 四天王筆頭はわずかに顔を上げる。背負う何かの重さに歯向かうように。


「……その廃墟は潰せないのか」

「討伐隊を組織して向かわせてるんスけど、罠だらけの上にどこから襲われるかもわからない状態で毎回ボロボロッス」

「そうやって戦力分けてたら王国軍に押されてるって感じね」


 そこで言葉は途切れ、大広間の壁でゆらゆらと影が揺れている。

 青白い閃光は窓から室内を照らし、四天王筆頭の顔色をさらに青ざめさせた。


「……この状況を打開するため、魔王様より新たな四天王が任命された」

「へえ……」

「ッス……」


 二人の顔に微妙な色が浮かぶ。


「入ってくるがいい……漂う霧は銀色のオズワルド」

「チッ」

「チッ」


 二人の口から割とはっきりした舌打ちが聞こえた。

 少しだけ硬直した雰囲気の中、一人の男が大広間に足を踏み入れる。全体的に細くひょろ長い体、名前の通り銀色の髪は後ろに撫で付け、窪んだ眼には怪しい光が宿る。


「皆様初めまして。この度四天王を拝命した、漂う霧は銀色のオズワルドでございます」

「そう、よく来たわね格好いい名前」

「歓迎するッス格好いい名前」

「歓迎されてない……?」


 潤滑油が不足している空気をかき分けるようにヒラが口を開いた。


「オズワルドには魔王軍を指揮して王国軍を撃破してほしい」

「承知いたしました……それでは現状について説明をお願いしたい」

「よかろう……ふんばるベン、説明を」

「次それ言ったら戦争ッス」


 錆びつき始めてキーキーいいそうな雰囲気の中、ベンはテーブルに地図を広げる。


「えーと、現在魔王軍はリルミナ平原で王国軍と対峙中ッス」

「彼我の戦力についてお伺いしても?」

「大体魔王軍七十万、王国軍五十万くらいッス」

「大軍でございますな。兵站の維持はさぞや大変でございましょう」

「ないッス」

「は?」


 燃料の切れた機械のようにオズワルドは停止した。少しの時間をおいて再起動した後、あえぐように口を開く。


「ないので……ございますか?」

「びっくりするくらいないッス」

「理由を、お伺いしても?」


 青ざめたオズワルドの発した質問に、さらに青白い顔のヒラが答えた。


「魔王様は、全員で突撃すれば勝てる、と仰せだ」

「いや、あの、軍は行動するために食料や武器が必要でございまして」

「それについては、顧客からのありがとうがあれば頑張れる、だからそれで代替せよとのことだ」

「……軍の顧客とは一体?」


 常識的な疑問が非常識に支配された大広間をふらふらと漂う。


「……敵じゃない?」


 面倒くさそうにモンティノが呟いた。


「敵のありがとうを糧に活動する軍隊……意味が分かりませぬ!」


 確かに意味がわからなかった。

 己に課せられる義務のトンチキさを理解し始めたオズワルドは、深い紺色のハンカチで額の汗をぬぐっている。


「し、しかしそれでも戦線を維持しているのはさすがでございますね」

「まあ、維持してるっていうか……」


 呆れと諦めをあわせたようなベンの声はどこか他人事のようだった。


「最初は魔王軍二百万と王国軍五十万だったんスけど、戦場にたどり着く前に脱落したり、戦場についても脱落したりで」

「さ、再編を! 軍の再編をお願いしたい! 最優先で補給部隊を!」

「魔王様にお伝えしておこう」


 四天王筆頭の重々しくもどこか空虚な声が、哀れな子羊の要望を受け流す。

 ヒラはどこかから書類を取り出し、冷たい汗が止まらないオズワルドの前に置いた。


「魔王様からの辞令だ」

「はっ、謹んでお受けいたし……」


 オズワルドの目に映る書類には、部隊長に任命するという文字が並んでいた。


「部隊長、でございますか」

「そうだ」

「参謀かと思っておりましたが」

「参謀なんて最初からいないわよ」


 モンティノは頬杖をついたまま、細かく震えだしたオズワルドの方を見ている。


「あと、あなた以外全員兵隊だから」

「……七十万で一つの部隊、ということでございますか」

「そう」

「旅団とか師団とか……」

「大隊も中隊もないわね」

「そ、それでどのような指揮を」

「突撃―って号令してみんなバラバラに」

「さささ再編を! 軍の再編をお願いしたい!」

「魔王様にお伝えしておこう」


 四天王筆頭の重々しくもどこか空虚な声が、新しい生贄の要望を受け流す。

 辞令の紙を両手で強く握りしめて汗をダラダラ流してる可哀そうな人へ、ヒラはそのどんよりとした瞳を向けて口を開いた。


「それではリルミナ平原へ赴任してくれ」

「あの、一つよろしいですか」

「何だ」

「魔王様の回答は何時ぐらいに……」


 ヒラは長い年月を経た石像のように微動だにせず、残りの二人はそっと目をそらした。


「頑張れ、格好いい名前」

「ファイトッス、格好いい名前」

「は……」


 こうして漂う霧は銀色のオズワルドは結構無茶な使命を持ってリルミナ平原へと向かった。

 その後は大体案の定、もしくはそれはそうなるよね的なイベント目白押しでフィーバー。

 魔王軍が五十万切ったところで辞表を提出したが普通に握りつぶされた。


「何故でございますかー!!」


 どんまい。

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