第二十二話 多分何かを防ぐ盾(前編)

 ――これまでのあらすじ――

 魔王の脅威により危機に陥った世界を救うべく召喚された啓太。

 いろいろあって、チキチキ武闘レースどこまでできるかな大会に出場したら大変な事になった。

 啓太の明日はどっちだ。


 ~~これからのあらすじ~~

 大会の傷を癒した啓太に新たな試練が立ちはだかる。

 神剣の他に勇者の証となる装備が存在しているという。

 世界を救うため、魔王を倒すため、妖精に導かれた勇者は冒険へと旅立つ。

 啓太の明日はどっちだ。



「旅立ちたくないなあ」


 けだるげに啓太はまず否定から入ってきた。

 薄暗い冒険者ギルドの内部、いつもの場所にいつもの二人。

 啓太と妖精は依頼が所狭しと並べてある掲示板の前にいた。

 いつもの掃除系の仕事を見ていた啓太に、重々しく荘厳な妖精の声が響く。


『勇者よ……盾を手に入れるのです……』

「盾?」

『そうです、神の加護と祝福を受けた武具の一つ……あの神剣と対になる光の盾です』

「神剣? ああ、雑草刈ろうとして振ったら折れたアレね」

『全てを切り裂く神剣と、全てを防ぐ光の盾……伝説の勇者の武具です』

「ふーん……神剣がイボだったから盾は魚の目とか?」

『それは兜です。盾はかさぶたです』

「伝説の武具ってフレーズに、真摯な謝罪が必要だね」


 掲示板の前でいつものように談笑している二人の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。


「光の盾を手に入れたぞ!」


 二人が視線を向けると、そこにいるのはなんかボロボロの円形の物体を振り回しているジョージ。

 盾っぽい物体は、振り回されるたびに破片を周囲にばらまいてその面積を減少させていた。


「えっ? あれが光の盾?」

『確かに光の盾ですね。しかしどうやって手に入れたのか……深淵の迷宮の奥深くにいるダークドラゴンを倒さないと手に入らないのに』

「そんなことさせようとしてたの? 無理だからね」

『勇者の武具を集めて魔王倒さないと元の世界に帰れませんよ』

「むー」


 二人が見つめる先で、ジョージがぶんぶん振り回していた光の盾は全部破片になって床に散らばった。

 その様子を見ていたギルドの受付の男はのんびりと口を開く。


「じゃあ掃除しといてねジョージ」

「まかせろ!」

「あ、ちょっと待って」


 啓太はほうきとちり取りを取りに行こうと、今まさに駈け出そうとしているジョージを呼び止めた。


「どうした我がライバル!」

「そのゴ……盾どこで手に入れたの?」

「深淵の迷宮の入り口にたくさん落ちていたぞ!」

「そうなんだ。ありがとう」

「どういたしまして!」


 掃除道具を求める旅に出てすっころんだジョージを残し、埃舞い散る部屋を足早に駆け抜けて二人は深淵の迷宮にむかうのだった。



 セミテの街から西に小一時間、小さな丘をこえた向こうにある薄暗い森の奥。深淵の迷宮の巨大な入り口は湿度高めにその存在を主張している。

 あと入り口のわきに円形の物体が山のように積まれていて、ところどころ白いカビみたいなのが生えてた。

 啓太は汚いものを触るように、円形のものを持ち上げる。


「これでいいか」

『ダメです』

「なんで」

『とれたて新鮮なものでないとダメです』

「盾に新鮮って形容詞は聞いたことがないなあ」

『なので深淵の迷宮を踏破して、最奥にいるダークドラゴンを倒すのです』

「ええー」


 啓太は露骨に嫌そうな顔をした。


「じゃあなんかスキル頂戴スキル。強いやつ」

『やりがいを授けましょう。やりがいは全てを解決します』

「人間にはできる事とできない事があると思うんだ」

『できない病にかかっていますね。どうやったらできるかを考えるのが勇者の仕事です』

「妖精さんはモチベーション下げるのホント上手いよね……はあ、帰りたいなあ」

『勇者の武具を集めて魔王を倒せばすぐ帰れますよ!』


 妖精は鼻息荒く世迷い事を宣い、それを聞いた啓太はやる気のない表情のまま顔を上げる。


「それなら魔法とかない? 魔法。強いやつ」

『何を夢みたいなこと言ってるんですか』

「……本当に夢ならよかったのにねえ」


 頬をつねりながら啓太はつぶやく。


「痛いなあ、そうだよなあ……じゃあ戻ろうか」

『光の盾はどうするのです』

「また今度ね」

『ダラダラしてると魔王が世界征服しちゃいますよ』

「……」

『そうなったら元の世界にはもう帰れません』

「うぎぎぎぎ」


 啓太は頭を抱えながら面白い声を出した。そしてばらく頭をかきむしった後ぽつりと呟く。


「……じゃあこっそり行ってひっそり取ろうかな」

『勇者よ……正々堂々正面から必殺剣でダークドラゴンを倒すのです』

「必殺剣ってどんな?」

『私はビジョンを示したので、実現は現場でやってください』

「クソみたいなプレゼンテーションはパワーポイントでブン殴られたらいいと思うんだ」


 表情が死んでいる啓太と必殺剣に胸を踊らせる妖精は、深淵の迷宮に足を踏み入れる。数多の困難、幾多の試練を予感させる迷宮のじめっとした空気。

 十歩ほど歩いた所で二人の足は止まった。なんかすごい短い通路の先に大きな空間が広がっている。


「大広間かな?」

『ここが深淵の迷宮の最奥……ダークドラゴンのいる最果ての間です』


 啓太は妖精を見たあと広大な空間を見て、それからもう一度妖精を見た。


「深淵の迷宮なのに深淵でも迷宮でもないけど。あと最果て近すぎない?」

『人間にとってはそうかもしれません。しかし細菌にとっては宇宙に匹敵する広さなのです』

「えっ、これ細菌用なの?」

『汎用性を重視した設計です』

「汎用性の対象に細菌を組み込んだのは斬新だと思うよ。まあこっちは助かるけど」


 啓太は慎重に内部を観察した後、忍び足でゆっくりと歩を進める。奥に進むにつれて黴臭い空気が鼻腔を刺激して、うっかりくしゃみが出そうになるがなんとかこらえた。


「ふー、危ない危ない」


 そんな啓太の横を、いつもより輝き130%増しの妖精が通り過ぎる。


『勇者のお出ましである! ダークドラゴン! 大人しく出てくるがいい!』

「よーし台無しだ! そうだ今のうちにくしゃみしておこう! ぶえっくしょん! ぶえっくしょん!」


 派手に光るゲーミング妖精と、豪快にくしゃみを続ける啓太。

 一気に騒がしくなった広間に彩りをそえるように、さらにずしんと大地は鳴動して大気が揺れる。


「今度は何!」

『ダークドラゴンです!』

「なるほど! 俺逃げるからあとよろしく!」

(騒ガシイ何事カ)

『待ちなさい勇者! 必殺剣、必殺剣を出すのです!』

「ありません! さようなら!」

(人間ヨ竜ノ眠リヲ邪魔スルトハ)

『じゃあ卍〇! 〇解しましょう!』

「できませんバーカ! 訴えられろ!」

(トリアエズ我ノ言葉ヲ聞ケ)

『ならば特別に魔法を授けましょう! 勇者よメガ〇テと唱えt』

「妖精さんが爆発した!」

(ネエ聞イテ)

『死ぬかと思いました』

「生きてる!」

(オーイ)

『さあ次は勇者の番です』

「絶対嫌だ! こっち来ないで!」

(テステスマイクノテスト中)

『安心するのです勇者、ここにメ〇ザルというぐふっ』

「妖精さんが死んだ!」

「えーと、ちょっといいですか?」

『つまり! 勇者がメガ〇テで死んでも私がメ〇ザルをぐふっ』

「復活した妖精さんが死にながら爆発した!」

「あの! すみません!!」

『えっ?』

「えっ?」


 突然の大声に驚いた二人がそちらの方を見ると、一人の青年が薄ぼんやりと立っていた。

 啓太より頭一つ高い身長、腰まで届く長い黒髪、髪の間から覗くどんよりとした瞳の下にはくまが色濃く主張している。

 呆気にとられる二人に、簡素なズボンとシャツを着た痩せぎすの体がふらふらと近づいてきた。


「あの……誰?」

「ダークドラゴンです……あの、うるさいので出ていってください……」

「えっ、人間……?」

「いや、竜体だと認識できないのかなって思ったんで人型で」

「あ、そうなんですか。わざわざすみません」


 伏し目のまま斜め下を見続けるダークドラゴンの前で、頭を下げて一礼する啓太。

 その様子を見ていた七色に輝くサイケデリック妖精は鼻息荒く叫ぶ。


『勇者よ! 今こそ必殺剣でダークドラゴンを討伐するのです!』

「……あー、そうだ、魔法を習得したいから外で手本見せ続けてて」

『いいでしょう、よく見ておくのです勇者よ』


 妖精はそう言うと、鱗粉みたいなのをまき散らしながら出口の向こうに消えていった。


「騒がしくてすみません」

「ああ……いや、出て行ってくれればいいから」


 外からは散発的な爆発音が聞こえてくる。

 ふらふらと青年に見える何かは背を向けて歩き出した。


「あの、ちょっと待ってください!」


 啓太の言葉に、どんよりとした雰囲気をまとう何かは足を止めた。


「え……何?」

「あのう、できれば光の盾をいただければ、その、助かります」

「……光の盾?」


 暗い竜の疑問符を擬人化したような表情を見て、啓太の背中に冷たい汗が流れる。

 もしや妖精は何も考えずテキトーな事を言っただけなのでは……そんな疑問が浮かんできたが、今さら妖精に問いただした所で事態が好転する事は無いだろうという確信があった。全く、完璧に、徹底的にあった。

 かくなる上は目的のものをとりあえず手に入れるしかない。


「あの……あなたの……かさぶたです」

「かさぶた」


 辞書の“何言ってんだこいつ”の項目にイラスト付きで載せたい表情が啓太を見つめている。すごい見つめている。


「あの、あなたのかさぶたが全てを防ぐ光の盾だそうで……」

「何言ってんの?」


 表情はついに言語となって局地的に大気を震わせた。


「いや、その、あの妖精みたいなのがそう言ってて」

「妖精……」


 全体的に暗い竜は、未だに爆発音がしている外をちらりと見てからため息をついた。


「……いいよ、持っていって」


 人型をした暗き竜は、ひじに出来てたかさぶたを剥がそうと手を伸ばす。

 啓太は少し焦りながら暗い竜を止めた。


「あっ、自然に剥がれたやつでいいです。痛そうなので」

「……そうか」

「また改めて取りにきます」

「……明日来るといい」

「あ、はい、それじゃ」


 暗い竜は出口に向かって歩いていく啓太を見送った後、闇の向こうにある天井を見上げて呟いた。


「面倒くさいことになった……!」



 一仕事終えた感じで洞窟から出てきた啓太が周囲を見渡すと、うっそうと茂っていた木々は大分すっきりして日当たりが良好、あと地面もところどころ穴が開いてて戦場跡みたいになってた。


「自然破壊……!」

『どうですか勇者! 魔法は習得できましたか!』


 大自然の破壊者は鼻息荒く近づいてきた。


「ああうん、奥の手にするよ。もう手が届かないくらい奥の手」

『そうですか、それならMPを大量消費した甲斐があるというものです』


 一仕事終えた感じの妖精が、ふーやれやれと出てもいない汗を拭う。

 外の空気を吸いながら背伸びをした啓太は、ふーやれやれという感じで歩き出した。


「それじゃ街に戻ろうか」

『光の盾はどうしました』

「明日くれるって」

『決戦は明日という事ですね……盛り上がるBGMを準備しましょう。リクエストはありますか』

「4分33秒をリピートしてくれると嬉しいな」


 二人は少しずつ傾きゆっくりずり落ちてゆく太陽を背に街へと戻る。

 こうして神に祝福された勇者の武具を集めるという盛り上がりポイントは佳境へと陥った。

 次回「武具に賞味期限って何? えっ食べるの? 馬鹿なの?」お楽しみに。

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